今回は、一新塾卒塾生の市来広一郎さんの志を生きるチャレンジをご紹介
させていただきます。

 市来さんは熱海生まれ熱海育ち。「新しい熱海に再生させたい!」との
思いで2006年東京で会社員をしていた時に一新塾生となり、1年後、
サラリーマン生活を辞めて地元熱海に戻りまちづくりに身を投じ10年余り。
その熱い志の歩みを書籍『人生と社会を変える「根っこ力」』で語って
いただきました。
 
「熱海に帰ってきてから諦めるっていう発想をもったことがないです。
一瞬たりとも。どんなに苦しいときでも」と語る市来さん。「それは僕に
とって一新塾の一年というのが、とてつもなく大きいです。一新塾に入って
『100年後も豊かな暮らしをできる熱海をつくる。人生をかけてそれをする』
とのミッションを見つけ、完全に腑に落ちたんですね」と市来さん。

 さらに、市来さんは、2018年6月に著書『熱海の奇跡』(東洋経済)を
出版され、ますます志を生きる道を邁進されていらっしゃいます。

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塾生活動レポート

『100年後も豊かな暮らしができる熱海をつくる』
 〜たった一人の思いから、地域は変わる〜

               NPO法人atamista 代表理事
             株式会社machimori 代表取締役
                一新塾18・20期東京本科
                      市来広一郎
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●課題先進地「熱海」

 高度成長期、熱海は団体客誘致によって、年間530万人の宿泊客が訪
れる全国有数の温泉地でした。しかし、2011年には246万人と激減。熱
海の人口は、1965年のピークの5万4千人から、現在は3万8千人となっ
ています。加えて「高齢化率」は45%(全国平均26%)。「空家率」は全
国の市で最も高い50.7%(全国平均13.5%)。「生活保護者率」「出生率」
「未婚率」いずれも、静岡県内ワースト1位の課題先進地で、50年後の
日本の姿とも言えます。

 しかし、「衰退しているから、以前のように、たくさんの観光客を呼
ばなくては」とは思いません。過去の延長線でなく、新しい熱海へと再
生させていくことが必要だと思っています。


●生まれ育った熱海への愛着と違和感

 私は、1979年に熱海で生まれ育ちました。親は、熱海駅裏の企業の保
養所の管理人でした。かつての熱海は団体旅行や宴会で賑わい、人があ
ふれていた熱海銀座でした。しかし1990年代には、誰も歩いていなくて、
海岸沿いはさびれ、廃墟のような街並みです。高校時代は「何とかした
いなあ!」と思いつつも、それが仕事になるとは思ってもいませんでした。

 大学時代は、バックパッカーで世界各地を見て回ると「やっぱり熱海
を何とかしたい。熱海って意外にいけてるんじゃないか。潜在的に可能
性秘めているのにもったいない!」と思っていました。

 生まれ育った熱海の自然、商店街が残る街並み、歴史文化の積み重ね
など、可能性はずっと感じていました。さらに、首都圏からの近さは、
暮らす場、訪れる場としてこれほどの潜在的な魅力を持った「まち」は
ないのではないかと思っていました。

 反面、日本社会に対して感じてきた違和感がありました。旅先のイン
ドから帰ったとき、日本に漂っている閉塞的な空気に、衝撃を受けました。
人の目が死んでいるように見えて、「おれはこんな国で生きてきたのか、
そしてこれからこんな国で生きていくのか」と怖くなりました。

 仕事はビジネスコンサルタントに就いて、やりがいは感じていましたが、
顧客企業には貢献できても、社会を良くしているという実感が伴わなかっ
たのです。都会では、大きなストレスを抱えながら必死で努力している
人々がいて、周りを見渡すと、どの企業でも心身を病み、脱落していく
人々は少なくありませんでした。

 2006年、こうした違和感が、私に一新塾への入塾を促しました。


●会社を辞めて熱海に帰る決意

 一新塾では、同じように社会に対する違和感を感じている人、そして、
何か行動をしたいと思っている仲間がたくさんいました。そして、既に
多くの先輩たちが社会を変える行動を起こしてきていることを知り、狭
い社会の中で生きてきた自分に気付かされました。

 さらに、一新塾で得たものは、自らの根っこにある想いをさらけ出し、
その上でアクションを起こしていくことの大切さでした。それは「たっ
た一人の小さな思い、小さなアクションが大きな変化を起こす」のです。
自分自身の行動を通じて、多くの塾生の行動を見て実感していきました。
そして「自分がやるべきことは熱海にある」そう確信したとき、会社を
辞めて熱海に帰ることを決意しました。

 卒塾式の直前、働いていた会社を辞めて、東京から地元熱海に帰って
地域づくりに取り組むことにしました。そして、NPO法人atamista を設
立し、熱海の魅力を体験する交流型プログラム「熱海温泉玉手箱(オン
たま)」のプロデュースを通した地域づくり、地域の人財づくりへの挑
戦がスタートしました。


●体験プログラム「熱海温泉玉手箱」

 これまで、熱海の中で見過ごされてきたものは少なくありません。農
地は商業地・住宅地になり、自然は開発され破壊されてきました。さら
に、農家や漁師、小さな商店、さまざまな市民活動などもです。

 そういった中にこそ、もっと地域をよくしていきたい、という思い
を持って行動しようとしている、かっこいい「おじちゃん」や「おば
ちゃん」がたくさんいました。 熱海温泉玉手箱「オンたま」を通じて、
彼らを発掘し、思いを引き出し、地域の体験ツアーとして形づくること
をやっていきました。

 他に多くのプログラム「地域の食文化を知る」「温泉に生活文化を知
る」「地域のお店の技術を学ぶ」「村での収穫体験」「港町の生活文化を
知る」…を開催しました。

 「農業体験のツアー」では、農家のおじちゃんの思いのつまった美し
い農園に触れると、参加した人たちは感動します。そして、農家のおじ
ちゃんのファンになり、行動で応援する人も出てきました。すると農家
のおじちゃんも、ますますやる気になって、自分の隠れていた思いにも
気付き、さらにアクションを起こしていく、そんな現実も生まれていま
す。スゴいのは、そういった事実に周りも感染することです。それまで、
放って荒れ放題だった隣りの農家さんも、誰も何も言わなくても、見違
えるほどのきれいな畑に生まれ変わらせました。思いが行動の連鎖を生
んだのです。

 熱海ではこのような、たった一人の思いから始まる行動が少しずつ生まれ、
それが次々に連鎖して大きく広がっています。
「たった一人の小さな思い、小さなアクションが、地域に大きな変化を起こした!」
のです。さらに、移住してきたシニア夫婦は、「熱海に移り住んできてよかった、
本当に毎日が楽しい!」と熱海の熱烈なファンも出てきました。


●家庭でも職場でもない、第3の居場所「CAFE RoCA」

 シャッター街となっている熱海の町なかを再生するために「株式会社
machimori」を立ち上げ、その第1弾として、熱海銀座商店街の空き店舗を
リノベーションして、CAFE RoCA (Renovation of Central Atami の略)という
カフェをオープンしました。かつて証券会社だった50坪の空き店舗を、オー
ナーが「君らが熱海のためにやるなら安く貸すよ」との言葉からスター
トしたのです。

 なぜ、カフェか? あるとき偶然入ったカフェがとても居心地がよ
かったのです。サラリーマンから、音楽好きな人、外国人……多種多様
な人が集まってくる。初対面でも気軽にお互い話すことができて、旅先
のゲストハウスのようでした。

 私は、この社会に足りないのは、家庭でも職場でもない「第3の居場
所」だと思うようになりました。イタリアのバールやフランスのカフェ、
イギリスのパブのような、そして旅先のゲストハウスのような、人と出
会い語らう場所なのです。熱海でもそうした場所を作りたい、と思いま
した。

 熱海で暮らす人、訪れる人が出会い交流し、熱海という町そのものが、
都会の人々にとっての「第3の居場所」となるようにしていきたい。し
かも、クリエイティブな30歳代に選ばれる町にしていきたい。そして、
この閉塞感漂う日本の空気を地方から変えていきたいと思っています。

●ゲストハウス「マルヤ」

 熱海銀座商店街の空き店舗のピークは、2011年には30店舗中10店でした。
熱海の町の再生第2弾は、10年空き店舗だった100坪の元パチンコ屋のリノベー
ション。観光と定住の間の多様な暮らし方をつくることを目指し、2015年
ゲストハウス「マルヤ」をオープン。ターゲットは、20代、30代の東京
近郊に住む人たち。熱海に通ってほしい、2拠点居住。泊まると熱海が癖
になり、20%は外国人です。「かつて、旅館、客を囲い込んで観光産業が
衰退した。だから、僕らは逆をやる。積極的に町へ出てもらう」と宿泊客
を魅力ある地域のお店にどんどん紹介します。

 現在は、空き店舗数は10から3店舗に減りました。そして、熱海の宿泊
客数もV字回復。246万人(2011年)から307万人(2015年)へと、60万
人増えました。そして、熱海の町なかの再生第3弾は、57年間一度も使
われていなかった空間をリノベーションしてのコワーキング&シェアオ
フィス「naedoco」です。

 私が目指すのは、2022年までに熱海のリイノベーションの実現です。
売上1億円以上を100社創出し、地域が外貨を稼ぎ、また地域で稼いだ
外貨が、地域内に循環するようなビジネスを生み出すことです。


【市来広一郎さんプロフィール】

NPO 法人atamista 代表理事
株式会社machimori 代表取締役
一新塾18・20 期東京本科

1979 年熱海生まれ熱海育ち/ IBM ビジネスコンサルティング サービスに勤務/
2006 年に一新塾入塾/ 2007年に熱海にUターン/ 2009年より「熱海温泉玉手箱
(オンたま)」をプロデュース/2008年atamistaを設立/ 2011年、補助金に
頼らないまちづくり&中心市街地再生を目指して株式会社machimoriを設立/
2012年空き店舗をリノベーションしCAFE RoCA オープン/ 2015年には
Guesthouse MARUYA を2016年にはコワーキングスペース& シェアオフィス

 

 

■誰もが志を生きられる一新塾(2018年11月4日開講)

<東京・大阪・名古屋・仙台>

体験セミナー&説明会は残りわずか!

ご予約はこちらへ

10月17日(水)19:30〜21:45

10月20日(土)15:00〜17:45

http://www.isshinjuku.com/


「naedoco」をオープン/2018年6月著書『熱海の奇跡』(東洋経済)を出版/
一新塾講師。

10月14日投開票の岩国市議会議員選挙で一新塾12期生の姫野敦子さんがトップ当選を果たされました。

 

●岩国市議会議員一般選挙確定開票結果(PDF)岩国市HPより
https://www.city.iwakuni.lg.jp/uploaded/attachment/22670.pdf

 

姫野さんにおかれましては、岩国市の改革への挑戦に志をますます邁進されますことを願っております。

 

 

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 今回は、一新塾39・41期生の山北千束さんのメッセージをお届けいたします。
 山北さんは、お仕事では、外資系の法人でウエディングプランナーとして
ご活躍をしながら、仕事の傍ら、都内の児童養護施設で遊びや学びの
ボランティアとして10年間携わってこられました。

 2017年10月に、今を生きる子ども達に寄り添いながら、社会全体で子ども達を
応援し、必要なサポートを考えていく団体『シャイニング・キッズ・ファミリー』
をスタートさせました。

 山北さんの志を生きる挑戦をお伝えさせていただきます。

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塾生活動レポート

     『シャイニング・キッズ・ファミリー』

                一新塾39・41期東京本科
                       山北千束
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 生まれや育ちの環境の格差で子どもが未来を諦めてしまう現状を打破したい。
どんな子どもも自分なりの幸せを感じて前を向いて人生を歩めるように。


●注目が集まった目黒の虐待事件(社会の現状)

 目黒の幼児虐待死を受け、虐待の問題に人々の注目が集まりました。
悲しいニュースのその陰で、全国で約3万6千人の子ども達が、育児放棄を含む、
虐待、親の病気、貧困、親の服役などの理由で、親と離れ、社会的養護を受け
ながら暮らしています。

 その子ども達は、どの様な気持ちで、どこに向かいどうやって育っていくのか?
社会的養護の“社会”にいる私達に何ができるでしょうか?


●私の生い立ち

 仕事は、外資系の法人でウエディングプランナーとして、たくさんの新しい
家族の誕生を見届けています。国や文化、習慣や宗教も越えて家族になって
いく人々のドラマを受け止める事は私にとって深い学びに繋がっています。

 私自身は、愛に溢れた家族の中で育ちました。家族と過ごす時間が何よりも
大好きでした。末っ子ので人に甘えてばかりの幼少期。しかし、アメリカで
過ごした学生時代にステップファミリーや、フォスターファミリーなど、家族
には様々な複雑な形があり、それが機能している事を知りました。

 日本に帰国後、しばらくして母を突然の病気で亡くしました。太陽のような
母に照らされていた家族が、暗闇に包まれたようでした。心にどう折り合いを
つけて暮らしていけばいいのか、わからなくなりました。


●児童養護施設との関わり

 そんな時、親と暮らせない子ども達が生活する、児童養護施設の存在を知りました。
社会貢献に興味があった訳ではなく、子ども達がどんな理由でそこ来なくてはなら
なかったのか、どんな気持ちで日々を過ごしているのか、育っていく過程やその後
を知りたくなり、仕事の傍ら遊びや学びのボランティアとして、関わるようになりました。

 元気に走り回る子ども達の澄んだ目の奥には、隠した寂しさが透けて見えました。
ふとした時の言動に、背負わなくてもいい、たくさんの問題を抱えながら生きている
現実が浮き彫りになっていました。

“この子達に本当に必要な支援は何か?
一時的に笑顔にする、絆創膏のような支援ではなく、もっと深いところで子ども達の
長い人生に関わっていかないと、解決には繋がらないのではないか?”と思い始め
ました。しかしながら社会の問題が複雑に絡み合っており、私なんかには、到底解決
できないと、子ども達を前にして自分の無力さに歯がゆい思いを募らせていました。

 じっくりと10年携わると、子ども達ひとりひとりの特性や困りごとも見えてきました。
ただの『ボランティアさん』ではなく、家族ではないけれど『いつもそばにいる人』と
認識されるようになりました。また施設との信頼関係も強まり、相談事を打ち明けて
下さるようになりました。


●子ども達に教えられた事

 家族の始まりを見せる気持ちで、子ども達を招き、児童養護施設内で
自分のささやかな結婚式を挙げさせて頂きました。子ども達が内緒で練習した
『君は愛されるために生まれた♪』という歌を披露してくれました。
私は、はっとしました。子ども達への支援をする事ばかりを考えていましたが、
彼らはすでに大切なものが見えていたのです。辛くても前を向き、人を想い人を
愛する、子ども達はそんな強さも兼ね備えているのです。
子ども達の持つ魅力、エネルギーを社会の人に伝えていこうと決心しました。
そして、一人でも多くの人が社会の子ども達を皆で応援し、育ち合っていく意識
を持てるような、活動に繋げていきたいと思っています。


●一新塾が気づきをくれた

 ライフワークの活動では、簡単には解決できない問題を小さな子どもが抱えて
生きているという現実に直面しました。一方、仕事では、人生の大きな節目「結婚」
に関わり、人が人を想う温かい気持ちに触れてきました。結婚する時に実感する
幸せをほんの少し必要とするところに「シェア」出来る仕組みを作りたいと思い、
一新塾の門を叩きました。

 一新塾に入り、自分の覚悟を試しながら、直球だけではなく多方面からの
アプローチの必要性を知り、活躍している講師・先輩方からのアドバイスや、
同志からの叱咤激励が、背中を押してくれています。仕事をしながらの活動は、
なかなか進まなこともあります。
そこで、仕事、家庭、一新塾、シャイニング・キッズ・ファミリーをバランス
よく分けて考えるのではなく、自分の人生の中に、マルっと全てを繋げて活動する
ことを意識しています。視野がグンと広がって新しい発想が生まれるようになりました。


●『シャイニング・キッズ・ファミリー』をスタート

 私は、今を生きる子ども達に寄り添いながら、社会全体で子ども達を応援し、
必要なサポートを考えていく団体『シャイニング・キッズ・ファミリー』を
スタートさせました。

 施設にいる子どもたちが生まれた場所はそれぞれです。
しかし、子どもによっては16年も施設のある地域で生活をしていくことになります。
子ども達のふるさとになる地域の皆で、子ども達を守り育てていく事が当たり前
になるように。そんな想いで『心のファミリー』を増やす活動をしています。

 施設を退園すると社会的養護の枠から外れ、子ども達は自立の道を歩みます。
退園後も、心配事があれば気兼ねなく『心のファミリー』にSOSを出せるような
距離感を保ちながら、進学、就労、生活、プライベートに関しても相談できるよう、
長いスパンで見守っていく事を私達は目指しています。


●子どもの“ふるさと”には愛がある

 施設のある赤羽の人たちは、自分達の大好きな街を皆で一緒に魅力ある場所に
しようという動きが活発です。

 施設の子ども達の存在を知って貰う為、地域の皆さんに向けたイベントを
開催したところ、『施設の存在や子どもの現状を知らなかった。』
『我らの地域の子ども達を応援しよう!』とたくさんの方に賛同頂きました。
今までは、なんとなく触れづらい、閉鎖的な場所であった児童養護施設に人々が
注目し始め、何が今必要なのかを皆で一緒に考える、そんな風が吹いてきました。

・商店街のお店や病院にパンフレット募金箱
・北マルシェにPRブース
・街の人が児童養護施設に足を運んで頂けるイベント開催
・シャイニング合唱団を結成し、子どもの澄んだ歌声を披露
などを実施してきました。

また今後は、
・地域のお母さん達のネットワークと一緒に子どもの未来を考える
・地元の商品を活用した寄附商品の開発
などさらに人々からの理解がより増える事を目指します。


●子ども達が傷ついた心を癒し回復するための『サローネ』再建設プロジェクト

 老朽化の為、建て壊しの決まった児童養護施設の『サローネ』というホールの
再建設を目指しています。

 イタリア語で集う場という意味のサローネ。ここでは、歌ったり、音楽を
奏でたり、踊ったり、アートに触れたり、スポーツをしたり、伸び伸びとした
自分なりの表現が発揮でき、自己肯定感を上げる大切な場所として、施設に
併設されています。

 クリスマスには、全子ども達、全職員スタッフが一丸となって、生誕劇を
300名の前で上演します。オーディションを受けて配役が決まり、学校が終わる
とサローネに集まり、何度も何度もセリフや動作を練習します。高校生になると、
大道具や照明、音響などの裏方に回って劇を盛り上げます。

 その他、退園した子ども達が、年に1度集まるサローネは、懐かしい仲間に
会える、子ども達のふるさとの役目をはたしています。余談ですが、生前の
マイケル・ジャクソンもこの赤羽にある『サローネ』を訪れ、子ども達に愛を
伝えてくれました!

 サローネは、生活の場所ではないため、公的な資金で賄えず、寄附を募って
います。一定の寄附を頂く方には、お名前やメッセージをプレートにして、
サローネに刻んでいく事を考えています。


●地域を越えた活動

 児童福祉問題を多角的に見ながら、海外の方と議論をする事も、新しい発見に
繋がります。現在は、広尾にある、西町インターナショナルの社会貢献の授業
の中に、児童養護施設の子ども達との触れ合いを組み込んで頂くことになりました。

 また、寄附を募る際に、使用目的を明確にすることで、支援者が増え
『子ども達の夏の合宿』を実現する事が出来ました。今後も大使館や外資企業
の皆様との交流をしながら、子ども達への支援の質を上げることに繋げています。

 公的な資金内で、特性の違うこどもひとりひとりのケアをすることには限界が
あります。注目度が上がり、たくさんの人の理解と人手、モノ、資金的な支援が
入ることでその一人一人に、適切で丁寧な対応ができるようになります。
それは、子ども達が大人になった後にも大きな影響を与える程大切な基盤となります。


●時代と共に子どもの成長に寄り添う

 子どもを取り巻く環境は年々複雑さを増しています。
 シャイニング・キッズ・ファミリーは、いつも子どもと寄り添い、子どもを
いつも真ん中に置く事を意識しています。厚生労働省の新しい養育ビジョンへの
議論も活発化しています。私達はたくさんの『心のファミリー』と手を組みながら、
どんな育ちの子ども達も、自分なりの幸せを感じて生きていけるような、
愛のある社会を広げていきます。

 

 

■誰もが志を生きる一新塾(2018年11月4日開講)

<東京・大阪・名古屋・仙台>

体験セミナー&説明会開催中!

ご予約はこちらへ

http://www.isshinjuku.com/

 

 

「ふるさと納税」政策提言の始まりの物語を、説明会の冒頭でお伝えします。

「ふるさと納税」の体験が「市民」ができる限界と可能性を赤裸々に教えてくれたのです。

市民が主役の地域づくり、国づくりの歴史、それが一新塾の歩みです。

主役になって動いて初めてそのリアリティがあるのです。

誰もが「志」をもって市民の顔で動くことが未来を切り拓きます。

 

一新塾43期は2018年11月4日開講。

東京の説明会は、あと3回です。10月13日(土)、17日(水)、20日(土)。
名古屋は先日台風だったため10月14日(日)に特別に説明会を追加しました。

この機会に、「志」が拓く新しい時代の息吹をお伝えいたします。


【説明会ご予約はこちら!】
https://www.isshinjuku.com/03bosu/b2_sietumei.html

 

ふるさと納税についてですが、返礼品という仕組みまで政策提言していたわけではなく、
このような過熱した返礼品競争が起こるとは当時は思いもよりませんでした。

また、住んでいなかったところへ納税、
しかも複数の自治体へ納税できるようになることも想定外でした。
 
「自分を育ててくれたふるさとへの恩返し」は骨抜きとなり、
政策提言において着地点までの理念を貫くことの難しさを痛感した出来事でした。
     

<一新塾「体験セミナー&説明会」開催中>
ご予約 https://www.isshinjuku.com/
●東京 : 10月13日(土),17日(水),20日(土)最終回
●名古屋:10月14日(日)最終回

※大阪・仙台・通信の方は直接お問合せを。