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一新塾講師に金沢市長で一新塾OBの山野之義さん!

 1月24日は一新塾講師に、金沢市長で一新塾OBの山野之義さんをお迎えし
「自立した市民によって新しい金沢を切り拓く」をテーマにご講義いただきました。


「常にチャレンジせよ」がモットーの山野市長。
黎明期のソフトバンクに勤め、孫正義社長が、リスクを背負いながらも数々の
経営判断をしていく、そんな現場で地を這う営業を体験されました。
市議会議員になる時も、自らの足で歩き、市民一人一人に想いを伝えました。
2010年11月、「大好きなまち金沢のためにまた一つ大きなチャレンジを」と
市長選に挑み初当選。マニフェストで掲げた「まちの磁力を高め、多くの人が
行き交うまち」「自立した市民による自発的なまちづくり」「おかげさんという
感謝の心が溢れるまち」とのビジョン実現に向け金沢市政改革に奮闘されています。

「リスクを覚悟しながらもチャレンジしていくことによってこそ未来が開かれる」
歴史の中でご自身の使命を認識し、リスクテイクし、スピードをもって、パッションで突き進む姿勢。時に過去の自分を客観的に振り返る姿勢。これまでの人生の歩みを何一つ無駄なことなく一つに結実させる生き様に大きく胸を揺さぶられました。
また、金沢市改革のための塾生の政策提言に対して親身のコメントいただき議論が
できましたことに心より感謝いたします。

| 森嶋伸夫 | 講義 | - | - | | ログピに投稿する |
一新塾講師に南相馬市長の桜井勝延氏

 
1月19日は、一新塾講師に南相馬市長の桜井勝延氏をお迎えしての
震災復興特別講座「3.11を乗り越えるために私たちができること」
でした。


2011年3月11日、東日本大震災。
そして、福島第一原発の原子炉建屋が相次いで爆発。


南相馬市は、原発から半径20キロ、30キロで市域が分断され物流が断絶。
市内にとどまっていた2万人の市民に救援物資も届かない状況になりました。


この危機的状況が報じられないことに業を煮やし、桜井氏は動画投稿
サイト「YouTube」で窮状を訴えました。反響は大きく、世界各国から
物資が送られました。そして、米国タイム誌から2011年版の「世界で最も
影響力のある100人」にも選ばれました。


現場主義で揺るがぬ信念で地域住民のために力を尽くされている桜井市長
のリーダーシップを学ばせていただくと共に、後半は、南相馬市の現実を
しっかり受けとめ、復旧・復興に向け、私たちに何ができるかじっくりと
向き合う機会とさせていただきました。


切実な厳しい現実と試練、難しい判断を迫られる中で、地域住民のために
随所随所で徹底して現場感覚を貫き、揺るがぬ信念で奮闘されている桜井市長
の姿勢に現場主義の真髄に触れさせていただき身の引き締まる思いでした。


同じ時代を生きる者として、私たちはこの試練の現実をどこまで受けとめられ
るのか。被災された皆さまに癒しが訪れ生活を再建するために私たちは何が
できるのか。地域の復旧・復興のために私たちは何をすべきであるのか。


私たちはいかに生きるべきか?
まっすぐ突き付けられた講義でした。


さらに、


いのちを守るとは何か?
政治的使命とは何か?
エネルギーをつくるとは何か?
この出来事は、宇宙からはどういう風に見えるのか?


本質に徹底アクセスする深い哲学に深く染み入りました。


お金はなくなっても心はつぶれない。
恥をかくことを恐れない。
自信を持って批判を受ける。


農業、産廃問題の市民活動、市政、そして、3.11後の対応、
どの局面においても、ぶれることなく現場主義を貫いたリーダーシップに
触れ、塾生一同、志を新たにさせていただきました。

| 森嶋伸夫 | 講義 | - | - | | ログピに投稿する |
「C世代 駆ける」〜被災地で立ち向かう 次代が担う「課題先進国」

  一新塾第15期・21期・24期本科の卒塾生で医師の武藤真祐さんが
本日1月12日(木)の『日本経済新聞」朝刊1面の連載記事
「C世代駆ける」にて紹介されました。


 武藤さんは、2002年東京大学院医学系研究科博士課程修了後、東京大学
医学部附属病院、三井記念病院にて循環器内科、救急医療に従事。2004年
より2年半、宮内庁で侍医を務められます。2010年1月、東京都文京区に
祐ホームクリニックを開業。そして、昨年9月に祐ホームクリニック石巻
を開業されました。


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2012年1月12日『日本経済新聞』より


「C世代 駆ける」
 (10)被災地で立ち向かう 次代が担う「課題先進国」


 地域医療の崩壊、孤立する高齢者、行政の限界……。東日本大震災と
津波に襲われた被災地に、あしたの日本の難題が押し寄せた。東京で診
療所を営んでいた武藤真祐(40)が宮城県石巻市にプレハブの訪問診療
所を開いたのは昨年の9月。


■医師が生活支援


 壊れた自宅に住み続ける市民は約1万人。65歳以上が7割を占め、多
くは自力で病院にも買い物にも行けない。医療機関は被災でフル稼働せ
ず、行政の手も津々浦々まで届かない。武藤は医師仲間と高齢者の家を
巡る。「10年、15年後の日本の姿がここにある。僕がやっているのは
超高齢社会に備えた実証実験」


 小売業者やIT(情報技術)大手、ボランティア団体と組み、高齢者
の生活支援も始めた。訪問メンバーが生活状況やニーズを聞き取り、ネッ
ト上で情報を共有し、商品購入から法律相談まで手配する。


 20年後、日本の高齢化率は3割に達し、単身世帯は4割に近づく。国や
地方の財政は火の車で、行政サービスも衰える。「民が公を補う芽をしっ
かり育てるとき。それができれば、日本を打ちのめした震災は。日本を
救う出発点になる」


(以下略)

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| 森嶋伸夫 | 社会起業 | - | - | | ログピに投稿する |
岐阜新聞「支える手」〜『可児ー東松島「白川郷」構想』

 一新塾第12期・22期「名古屋」地域科卒塾生の宮田久司さんは、
震災直後から宮城県東松島市に入り、被災地支援に取り組まれてきました。
昨年11月には美濃加茂市役所を退職し、独立。引き続き、被災地支援の
活動に尽力されています。
このたび、宮田久司さんの取り組みが、元旦の『岐阜新聞』朝刊の特集記事
「支える手」にて紹介をされました。


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2012年1月1日『岐阜新聞』朝刊より


■新年特集「支える手」
         『可児ー東松島「白川郷」構想』


 大津波で市街地の多くが浸水した宮城県東松島市の仮設住宅。大みそかの
夜、美濃加茂市役所を辞め、年末年始を被災地で過ごす宮田久司さん(29)
=可児市=の姿があった。「この町を自分たちの手でどう再建したいと思い
ますか」。被災者が自らの手で復興に向かおうとする動きを応援しようと、
彼らの声にじっくり耳を傾けていた。
 震災発生から2週間後に市職員として初めて被災地入り。市民から集めた
救援物資を東松島市に届けた。立場や利害を超え、長期的な支援が必要にな
ると、直感した。
 その後も仕事の休みを利用して、市職員有志や可児市NPO協会などと
連携し、炊き出し、物資の提供、地場産業に関する調査など何度も足を運んだ。
 在職中に進めた中国・大連市との経済交流を図る取り組みを具体化させる
ため昨年11月末、市役所を退職。引き続き、被災地での活動に力を入れて
いる。今回は12月28日から1月8日まで滞在の予定。(以下省略)


★写真入りの新聞記事はこちらのブログでご覧いただけます
 →http://onoekimae.exblog.jp/14305712/
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| 森嶋伸夫 | 市民プロジェクト | - | - | | ログピに投稿する |
2012年最初の一新塾講義に“発明起業家”の藤村靖之氏

 今年も2012年最初の一新塾講義に“発明起業家”の藤村靖之氏にお越しいただきました。
一新塾でのご講義は今年で10回目になりますが、今年も藤村氏の深い哲学に触れさせていただき、塾生一同、自らの哲学を問い直すかけがえのない機会をいただきました。
さらに「いよいよ新しい社会創造に市民から行動を起こす時!」との熱きエールをいただきました。


藤村氏は1984年に(株)カンキョーを設立。
発明した電子式空気清浄機クリアベールは、世界記録となる累積200万台を販売しました。
最近は、「発明工房」「非電化工房」を設立し、電気に依存しない新しいライフスタイルを
実現する発明に尽力されてきました。


今回のテーマは「ローカル・アントレプレナー〜いいことで愉しく稼ぐ!」です。
3.11を経て、これまでの社会の在り方を根底から見つめなおす時間となりました。


藤村氏は、非電化のテーパークを創ろうということで、2007年より活動拠点を葉山から那須に
移されましたが、3.11によって、活動拠点の那須町が放射能の影響を受け、子どもたちが生活
する上で厳しい状況を私たち大人が生み出してしまったことに対し「打ちのめされた」との苦悩を
語っていただけました。また、「打ちのめされるわけにはいかない」と奮起し、地域の人たちに
本当に大切なものに気づいてもらい、希望を示され、一緒に行動しています。


市場の拡大、市場の独占をよしとするグローバリゼーションの浸透した現代社会にあって、
「危機を引き起こした同じマインドセットのままで問題解決はできない」とのお言葉は
目を開かせていただくものでした。


いま、私たちはこの試練に直面し、マインドセットから決別できるのか、突き付けられた講義でした。

 

 

| 森嶋伸夫 | 講義 | - | - | | ログピに投稿する |
みなさまと共に挑戦する年とさせてください!

 今年は、まず自分から変わらねばなりません。
私たち市民が本当の意味で目覚めねばなりません。
自分の生き方、社会の在り方を根底から見直し、行動せねばなりません。


政治が迷走する中、TPPや消費税などは断片的な議論に終始し、
どういう日本を創りたいのか、日本のビジョンは一向に見えてきません。


何のための誰のための政策なのか?
その“ビジョン”を鮮明にするために、今ほど、市民が声を上げること、
行動することが求められる時代はありません。


世界的に経済危機が叫ばれる中、日本の財政再建の道をどうつけるのか?
日本の成長戦略をどのように描いていくのか?
被災地復興の青写真はどのように描くのか?
原発事故の教訓を今後のエネルギー政策にどう反映していくのか?
少子化・高齢化社会へ激変するなか、どんな税制、どんな社会保障としていくのか?
中央から地域への権限移譲をどうしていくのか?
さらに、日本をどんな統治機構とすべきなのか?


政策の目的となる“ビジョン”が見えてこなければ上記の検討もできません。


試練の時代だからこそ、しがらみのない市民だからこそ、いまこそ、
私たちが、ゼロべースで、自ら理想の“ビジョン”を描き、世論を喚起し、
政治を突き上げていきたいと思います。人や地域の可能性を存分に
発揮し合う、生活者主権の国づくりに向けて、行動してまいりたいと
決意を新たにさせていただきました。

ビジョン実現に向け、政治参加で志を生きる。
ビジョン実現に向け、地域で志を生きる。
ビジョン実現に向け、ビジネスで志を生きる。


みなさまと共に挑戦する年とさせてください。

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『療育から両育を広げて』

  2010年11月に一新塾第27期に入塾された重光喬之さん。2011年2月に5名の
 一新塾の仲間と共に「療育は両育」プロジェクトを立ち上げました。
 チーム全員で現場に何度も足を運び、プロジェクトは着々と前進してきました。
 プロジェクトにかける熱き重光さんの思い、ぜひ、じっくりお読みください。


■■■■■□─────────────────────────────
■■■■  塾生活動レポート
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■■           『療育から両育を広げて』
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■■■■                     一新塾第27期本科
■■■■■□                        重光 喬之


■私がこのテーマに取り組むきっかけ


“療育は両育プロジェクト”一新塾27期の重光喬之(32歳)と申します。
30歳までIT企業に勤めつつ、曲作りやクラブでのライブ活動を行っていました。
20代半ばまでは、どちらかと言えば自分本位な日々を過ごし、反面、自己防衛
のため接する人全てに気を遣い、感情を抑えながら生きていました。仕事では、
特に目的意識も持たずパターン化して過ごし、人との付き合いも表面的なもの
でした。音楽イベントでは、収支や集客に目が行き「なぜ、スタッフは動いて
くれないのだろう」と感じていました。


そんな私ですが、バンドの相方に誘われ調布市内の知的障がい児者療育施設と
関わり13年になります。当初、私は“ボランティア≒偽善ぽい”という先入観
を持っていました。


ところが、この施設で知的障がい児と向き合ううち、障がいの有無に関わらず
人は各々さほど変わらず、私自身が“ボランティア”と“彼ら”に対し、無関
心や無理解からくるイメージに惑わされていたと気づきました。


知的障がい児者と向き合あったことは、「私の人生観」や「私の人との接し方」
の転換のきっかけになりました。彼らと試行錯誤しつつやりとりするうち、
他者との関わりにも積極的になり、人の成長に喜びを見出すようになり、なに
より人に関心が持てるようになりました。また、当プロジェクトの対象となる
療育施設の施設長との出会いも、私の人生観に幅をもたらしました。このことが、
私がこのテーマに取り組むきっかけとなりました。


■療育とは


私の考える療育とは、知的障がい児の自立への後押し・支援の取り組みのこと
をいいます。具体的には、彼らが社会の中で共生し、少しでも生き易いように、
基本的生活習慣の獲得から始まります。社会性を身に着けるために、彼らなり
の意思表示の芽生えや表出、言語の習得を目指します。実践では、マニュアル化
されたスキル・ノウハウよりも、信頼関係を築きながら一人ひとりの状態に応
じた適切な課題をステップアップし、“できること、褒められること”への
自信や喜びに繋げていきます。


多くの方は、知的障がい者との関わりにおいて、「彼らはできないだろう、
わからないだろう」と決めつけてはいないでしょうか。言い換えれば「彼らから
与えてもらうことはないだろう」と。この状態が続くと私たちは、彼らを
“できない人・してもらうだけの人”へと追いやり、成長や自主性の芽を摘んで
しまいます。


■声無き抗議の頭突きを受けて


特別支援学校に通うA君、通所当時は褒められても喜びを感じず、喜怒哀楽
よりも快不快の判断に基づいて生きてきたように思えます。彼は、療育の
場で年々成長し集団を意識し、他者とのやりとりが行えるようになってき
ました。


そんな時、私は気ままに行動しているように見えた彼に「世の中には思い
通りにならないこともあるんだよ」と少し怖いお兄さんを演じ、接してい
ました。この時の私は、彼の行動の背景を読み取り、推測するという発想
がありませんでした。自発的な言葉を持ち合わせていない彼が、表現に
苦労しつつ、私と向き合っていることに思い至りませんでした。彼と出会っ
てから数年が経過し、やりとりはテクニック的になっていました。


ある時、彼と一緒に新宿駅で他の学童を待つ場面がありました。自閉症の彼は、
私達と違い、耳に入ってくる音の取捨選択ができません。頭の中は、きっと
音が騒音のように溢れていたのではないでしょうか。そんな彼に対し私は、
「待ちなさい」と半ば強制していました。彼は、慣れない多くの刺激から
逃れるため常同行動(同じ動作や行為を逃避や遊び等のため何度も繰り返し
行うこと)を始めました。再度私は、「お兄さんでしょ!しっかり立って
待ちなさい」と追い打ちをかけました。そんなやりとりの後、彼は刺激に
耐えられず、苦痛を表出できず、我慢を強いた私に、突然、抗議の頭突き
をしました。


その時は、痛みと彼を抑えることで精一杯でしたが、振り返ると「なぜ僕
の行動を勝手に止めるの。苦しいからこうしているんだよ」と彼が伝えて
いるように感じられ、パターン化した対応を押し付けていたことに気が付
きました。


今では、彼らの不安を探り、少しでも安心できる存在でありたいと心掛け
るようになりました。後日、彼が常同行動にふけっているのに向き合う
機会があり、その時は寄り添うことで落ち着きを取り戻すことができました。


■療育から生まれた両育観


彼らの自立のための療育が、実はこちらにも学びの機会を与えてくれたと
私は感じています。これを実感ベースの造語として“両育”と呼んでいます。
施設長の言葉を借りると、「彼らとの関わりには、人と人の向き合いの原点がある。」
私自身の両育変化を表すと、「“気遣い”から“気配り”」と「“パターン化・
マニュアル化”から“個別対応”」になります。結果的に、不要な緊張や警戒が
薄れ、気持ちが楽に生きられるようになりました。この両育観から健常者同士でも、
真摯に向き合えば立場や価値観を超え相互理解ができると確信しています。


■療育を取り巻く社会の現状


日本では、療育手帳所持者は、5年間で30万から40万へと増加しました(判定
基準・予算等で未所持者多数)最新の研究では、日本人の10人に1人が発達
障害と言われています。調布特別支援学校では、5年間で生徒数が140人から
200人に増えました。文科省発表では、全就学児童の8%(精神遅滞のない発達
障がい児6.4%及び手帳所持児1%強)が発達障害に該当するとされています。


しかし、障害者自立支援法による助成金の減少により、人件費と手間の掛る
療育は敬遠されています。また、福祉施設自体収入の大半を助成金に依存し
ており、国の方針次第で経営が左右されるという問題があります。


人手の必要な療育の場での療育者の確保・維持はとても困難になっています。
調布市内では、療育として位置づけ知的障がい児向けに個別・集団指導を提供
する6団体が、現在は1つのみとなりました。このままでは、一時預かり的な
施設が増え、子供たちは“お客さんのまま”成人してしまいます。


■療育を取り巻く社会のビジョン


社会に療育が普及し、療育者の質と数が向上し、個別・集団指導を提供できる
場・団体が増え、知的障がい児の自立の可能性が広がって欲しいと願います。
また、彼らは、“人との向き合い方”を見つめ直す機会を私たちに与えてくれ
ます。彼らは社会が円滑に回るカギを持っていると、私は感じています。
彼らが生き易い社会は、多くの人にとっても生き易い社会であると確信しています。


■今後の私たちの挑戦


“療育は両育”プロジェクトでは、来年早々に療育普及の社団法人を立ち上げます。
活動内容は下記4点です。


1、療育者の質の向上のため、施設長による先生や保育士、他施設職員、療育者
   を目指す学生や親御さんへのスーパーバイズ活動(≒療育の実践の知恵の
   手本を示す)の支援。
2、療育実務書や事例集の作成。後進育成のため、職人芸的な療育を動画や文章
   により学べるように。
3、療育白書の継続的な発行。療育や知的障がい・発達障がいへの、社会の関心
   を高め、支援の仕組みが形作られ、政策に繋がるように。
4、療育者の数の向上のため、国や助成金に依存せず療育を提供できるよう療育者
   育成基金の設立。


基金により療育者を養成し、療育活動の場が確保できれば、それに比例し子供たち
の自立や成長の可能性が広がります。子供のうちに人手とお金を掛けることで、
成人後の自立を促し、結果的に社会保障費抑制にも繋がります。


■踏ん張っている療育の場の支援


私たちは上記のプロジェクト活動と合わせ、今では数少ない療育施設が現状を打開
する支援もしています。私が長年お付き合いしてきた施設で、職員の自己犠牲や
周囲の温かい支援のもとなんとか成り立っている民間の療育施設です。春からの
制度移行に伴い、新たな重荷を抱えています。下記対応完了の後、施設長は施設
を後進に託し、療育スーパーバイズに専念します。
〇放課後等デイサービス”への移行:書類上の手続き
〇制度の建物要件変更に伴う施設移転:調布市内で新しい借地を探し、市の助成金を利用した建築全般の折衝
〇施設の継続性ある運営の仕組みの実現:職人芸や自己犠牲を必要としない健全な運営とサービスの提供


■療育から両育をつなげて

これらの活動を通し、知的障がい児の可能性が広がり、また、健常者と障がい者が
分け隔てない社会が実現できればと願います。
私たちの取り組みをfacebookで発信し始めました。http://www.facebook.com/ryouiku

 

| 森嶋伸夫 | 社会起業 | - | - | | ログピに投稿する |
『突破力ある主体的市民が社会を制作する!』〜映画による循環型地域創造・産業変革 NPO法人ワップフィルムの活動〜

  大田区で「地域密着型広告代理店」として合同会社VALNを起業し、
「再発見」「繋げる」「発信する」をキーワードに活躍されている
 一新塾21期生の菊地真紀子さん。 菊地さんは、大田区を舞台にした
 映画「商店街な人」を通じての「まちづくり・ ひとづくり」にも奮闘
 されています。今回は、その挑戦のご報告です。


■■■■■□──────────────────────────────
■■■■  塾生活動レポート
■■■        
■■       『突破力ある主体的市民が社会を制作する!』
■■ 〜映画による循環型地域創造・産業変革 NPO法人ワップフィルムの活動〜
■■■           
■■■■                      一新塾第21期本科
■■■■■□                        菊地 真紀子


●地域の現場に目を向ける


  一新塾21期を卒塾してから3年が経ちました。入塾前には、地域に自分の居場
 所を見出せなかった私ですが、チーム活動を通して、地域の現場に目を向けて
 みると、たくさん取り組むべき課題があることを知り、解決策として、仲間と
 共に子育てイベントを主催、子ども手当てアンケート実施後シンポジウムを開
 催しました。また、地域の発信力とネットワークが不足していると感じて
「地域密着型広告代理店」として合同会社VALNを起業しました。
  活動を通して見えてきたものは地域にはそれぞれの素晴らしい資源(人、
 文化歴史、観光、産業など)があるのに、そこに暮らす人が、その良さに気付
 いていない、活かしきれていない、アピールできていないという現実。また、
 従来コミュニティを支えていた絆が希薄になり、地域が循環していないという
 ことでした。


●映画制作との出会い


  そんなときに大田区を舞台にした映画制作にチャレンジしようとしている
 NPO法人「ワップフィルム」と出会いました。高橋和勧監督はいわゆる
「よそ者」でしたが、私が考えていた「国際都市大田区」を具現化する1つの
 解決策「市民が主体となって地域をアピールしていく仕組みづくり」が描かれ
 ている映画「商店街な人」の脚本を見て、感銘を受けました。
  同じものを目指しているのであれば、得意分野を活かしつつ、協働すれば
 より良いものができる、全く素人の私でしたが、映画制作には、一体型のもの
 づくりという要素があり、コミュニケーションツールとしても注目に値すると
 活動に魅力を感じました。


●映画制作過程は「まちづくり・ひとづくり」


  ワップフィルムでは映画において様々な社会問題・地域問題を提起し、産官
 学市民一体参加型による製作予算を抑える制作プロセスを実現。映画「商店街
 な人」は大田区の地域力応援基金、50万で制作した映画であり、様々な工夫と
 交渉、折衝があって、多くの協力により成り立ったものです。だからこそ、1本
 の映画ですが、多様な視点の上映イベントの開催にこだわっています。その制
 作過程はまさに多様な人が多様な形で関わる「まちづくり・ひとづくり」であり、
 市民が自分の得意分野で参画することによって社会貢献できる仕組み、地域の
 活性化・地域ブランドの確立に寄与していくことが可能になります。


●大田区で上映イベントキャラバン


  2010年秋から映画がクランクアップしたタイミングで理事として主体的に活
 動するようになりました。震災がありタイミングはずれましたが2011年の春先
 から大田区内で上映イベントキャラバンをスタート、ほぼ毎週土曜日ごとに、
 各地域の文化センターや集会室で1時間の上映+地域課題をテーマにしたトーク
 イベントを開催。時にはキーパーソンをお呼びしてパネルディスカッション、
 時には参加者同士のトークバトルなど様々なイベントにチャレンジしました。
 商店街に主催していいただいたり、お祭りの中のイベントとして活用していた
 だいたり、銭湯での映画上映も行い、ありとあらゆる場所とテーマで映画を
 きっかけとしたまちづくりイベントを地域密着で行なってきました。


●映画で地域連携


  今年の秋からは「映画による地域連携」を意識して後援をいただいた神奈川
 県内、横須賀市にて上映しました。同じ頃、松本映画祭の「商店街映画祭プロ
 ジェクト」の特別招待作品にも選定いただきました。監督の住む藤沢市と松本
 市が姉妹都市ということもあり、来年度は姉妹都市連携映画制作の話も進み、
 文字通り「映画で地域連携」が具現化。また来年早々、松山市ほか愛媛県内数
 箇所で上映します。東京都小平市ではコミュニティビジネスの視点で連携、
 商工会議所等の経済団体、社会活動団体、行政などと産業振興の研修として
 上映イベントを予定しています。


●映画も「人・物・金」


  来年度のワップフィルムの事業として、更に上映イベントの場を拡げていく
 応援者を募ること。更には「リージョンフィルムディレクター養成講座」と
「リージョンフィルム基金運営」に取り組みます。
  前者は「自ら地域の資源を見つけ出し、ストーリーをつくり、映画として
 残し地域をアピールし繋げていく」人材育成です。後者は、地域映画(地域
 課題をテーマにしたストーリー性がある映画)によって地域活性しようとする
 人や活動を応援するための基金です。
  地域資源は「人・物・金」といいますが、映画制作を通して「人材育成」
「映画というものづくり」「応援基金」をうまく循環させていければと考えて
 います。全く新しいものを0から生み出すというより、今あるものの視点を
 変えて、組み合わせを変えて、新しい付加価値をつけてアピールしていく。
「再発見」「繋げる」「発信する」をキーワードに活動するVALNのコンセ
 プトに通じるものでもあります。


●突破力ある主体的市民が社会を制作する!


  すでに映画を通してまちづくりに取り組まれている方々もたくさんいらっ
 しゃると思います。そういう点と点を繋ぎ「線」としながら、更に広域で連
 携する「面」としていければ地方からボトムアップで地域や産業が変えてい
 けると思います。
  ワップフィルムのコンセプトは「突破力ある主体的市民が社会を制作する!」。
 映画は1つの手段ですが、「観て」「感じて」「考えて」そして「共有」
 「実行する」ための良いツールだと改めて感じています。「熱意は人が作り
 技術も人が作る」人あってこその地域であり産業であり社会であり、私たち
 ひとりひとりの熱意が社会を変えて行くのだと思います。


 特定非営利活動法人ワップフィルム http://wupfilm.jimdo.com/
 FACEBOOK 映画「商店街な人」http://www.facebook.com/syoutengainahito

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