一新塾OBの重光喬之さん(NPO法人両育わーるどファウンダー・feese運営責任者)がインタビュー

一新塾OBの重光喬之さん(NPO法人両育わーるどファウンダー・feese運営責任者)がインタビューされています。
重光さんは会社員時代に脳脊髄液減少症を発症され2度の退職と3年間の寝たきりを経験、30歳で一新塾東京本科に入塾されました。

 

一新塾では「療育は両育プロジェクト」を立ち上げ、その後「NPO法人両育わーるど」を設立。難病の当事者ライターとして同病者とのやり取りを経て、非交流型情報共有サービス「feese.pj」を立ち上げられ、現在も痛みと共にありながら活動をされています。

 

▶脳脊髄液減少症を20代で診断された私が立ち上げた「難病の人たちがほどほど、楽になる」取り組み
http://magazine.nimaime.com/shigemitsutaykayuki/?fbclid=IwAR3CYAA-EoFYV2FT00r9DWCYwy8xO1nVfCxAcUkvRoW0GdsSdrqj1mjl6yI

 

▶重光さんは一新塾本「人生と社会を変える根っこ力」にも執筆いただいています。
https://www.isshinjuku.com/03bosu/b_issryku_book.html


「あせない夢〜全ろう者のプロゴルファーとその兄が描くバリアフリーな未来 佐藤裕児・康孝」

11/6発売の『週刊ゴルフダイジェスト』(11月20日号 2018NO.44)にて、一新塾第22・38・42期生で、スナッグゴルフキャラバン隊プロジェクトに取り組まれている佐藤康孝さんの活動がご紹介されています。
ぜひ、手にとってご覧になってみて下さい。

■『週刊ゴルフダイジェスト』(11月20日号 2018NO.44)-------------------

ゴルフノンフィクション
「あせない夢〜全ろう者のプロゴルファーとその兄が描くバリアフリーな未来 佐藤裕児・康孝」

生後間もなく完全に聴力を失った佐藤裕児が、厳しい道のりを一歩ずつ進み聴覚障害者初のプロ資格を取得したのは2006年。以降、多くの人にゴルフを教えながら、試合出場も目指してきた。その傍らにはいつも兄・康孝の姿があった。結婚し、親となった裕児は、不惑の年を超え、まもなく知命の年を迎える。この間、ずっと変わらぬ兄弟の思いがあった−。

(中略)

 裕児の夢の実現のため、兄は会社を辞めてサポート役に徹することにした。前述したように、読唇によるコミュニケーションは、基本的に一対一だ。そのハンディを補うのが兄の耳だった。

 裕児は06年に日本プロゴルフ協会のティーチングプロの認定に合格。晴れてレッスンプロになったのだ。

 だが、それは聴覚障害者にとってとてつもないハードルでもあった。書類審査、実技審査、筆記試験、面接試験までは問題なくクリアできても、その後に待ち受ける4週間に及ぶ講習会が大きな関門になる。

 講師の話を聞き、科目ごとにレポートを提出する。当然、講師と受講者の一対一の講習ではないし、講師の唇すべて正確に読み取るのは至難の業だ。近くで相手と正対しなければ唇の動きは読めないし、口を大きく開いてしゃべってくれなければ、何を話しているかさっぱりわからない。

 そこで、兄が裕児の耳となり二人三脚でティーチングプロの資格を得たのだ。

(中略)

 一方、テニス指導員の資格を持つ兄は、スナッグゴルフキャラバン隊(SGCPP)というプロジェクトを立ち上げ、テニスやドッジボール、スナッグゴルフなどを通して聴覚障害児が課外活動でスポーツに接する機会を増やそうと奮闘中だ。もちろん、その活動を裕児がアシストする。

(以下略)
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■スナッグゴルフキャラバン隊ホームページ
 https://sgcpp.com/

『100年後も豊かな暮らしができる熱海をつくる』一新塾OBの市来広一郎さん!

今回は、一新塾卒塾生の市来広一郎さんの志を生きるチャレンジをご紹介
させていただきます。

 市来さんは熱海生まれ熱海育ち。「新しい熱海に再生させたい!」との
思いで2006年東京で会社員をしていた時に一新塾生となり、1年後、
サラリーマン生活を辞めて地元熱海に戻りまちづくりに身を投じ10年余り。
その熱い志の歩みを書籍『人生と社会を変える「根っこ力」』で語って
いただきました。
 
「熱海に帰ってきてから諦めるっていう発想をもったことがないです。
一瞬たりとも。どんなに苦しいときでも」と語る市来さん。「それは僕に
とって一新塾の一年というのが、とてつもなく大きいです。一新塾に入って
『100年後も豊かな暮らしをできる熱海をつくる。人生をかけてそれをする』
とのミッションを見つけ、完全に腑に落ちたんですね」と市来さん。

 さらに、市来さんは、2018年6月に著書『熱海の奇跡』(東洋経済)を
出版され、ますます志を生きる道を邁進されていらっしゃいます。

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塾生活動レポート

『100年後も豊かな暮らしができる熱海をつくる』
 〜たった一人の思いから、地域は変わる〜

               NPO法人atamista 代表理事
             株式会社machimori 代表取締役
                一新塾18・20期東京本科
                      市来広一郎
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●課題先進地「熱海」

 高度成長期、熱海は団体客誘致によって、年間530万人の宿泊客が訪
れる全国有数の温泉地でした。しかし、2011年には246万人と激減。熱
海の人口は、1965年のピークの5万4千人から、現在は3万8千人となっ
ています。加えて「高齢化率」は45%(全国平均26%)。「空家率」は全
国の市で最も高い50.7%(全国平均13.5%)。「生活保護者率」「出生率」
「未婚率」いずれも、静岡県内ワースト1位の課題先進地で、50年後の
日本の姿とも言えます。

 しかし、「衰退しているから、以前のように、たくさんの観光客を呼
ばなくては」とは思いません。過去の延長線でなく、新しい熱海へと再
生させていくことが必要だと思っています。


●生まれ育った熱海への愛着と違和感

 私は、1979年に熱海で生まれ育ちました。親は、熱海駅裏の企業の保
養所の管理人でした。かつての熱海は団体旅行や宴会で賑わい、人があ
ふれていた熱海銀座でした。しかし1990年代には、誰も歩いていなくて、
海岸沿いはさびれ、廃墟のような街並みです。高校時代は「何とかした
いなあ!」と思いつつも、それが仕事になるとは思ってもいませんでした。

 大学時代は、バックパッカーで世界各地を見て回ると「やっぱり熱海
を何とかしたい。熱海って意外にいけてるんじゃないか。潜在的に可能
性秘めているのにもったいない!」と思っていました。

 生まれ育った熱海の自然、商店街が残る街並み、歴史文化の積み重ね
など、可能性はずっと感じていました。さらに、首都圏からの近さは、
暮らす場、訪れる場としてこれほどの潜在的な魅力を持った「まち」は
ないのではないかと思っていました。

 反面、日本社会に対して感じてきた違和感がありました。旅先のイン
ドから帰ったとき、日本に漂っている閉塞的な空気に、衝撃を受けました。
人の目が死んでいるように見えて、「おれはこんな国で生きてきたのか、
そしてこれからこんな国で生きていくのか」と怖くなりました。

 仕事はビジネスコンサルタントに就いて、やりがいは感じていましたが、
顧客企業には貢献できても、社会を良くしているという実感が伴わなかっ
たのです。都会では、大きなストレスを抱えながら必死で努力している
人々がいて、周りを見渡すと、どの企業でも心身を病み、脱落していく
人々は少なくありませんでした。

 2006年、こうした違和感が、私に一新塾への入塾を促しました。


●会社を辞めて熱海に帰る決意

 一新塾では、同じように社会に対する違和感を感じている人、そして、
何か行動をしたいと思っている仲間がたくさんいました。そして、既に
多くの先輩たちが社会を変える行動を起こしてきていることを知り、狭
い社会の中で生きてきた自分に気付かされました。

 さらに、一新塾で得たものは、自らの根っこにある想いをさらけ出し、
その上でアクションを起こしていくことの大切さでした。それは「たっ
た一人の小さな思い、小さなアクションが大きな変化を起こす」のです。
自分自身の行動を通じて、多くの塾生の行動を見て実感していきました。
そして「自分がやるべきことは熱海にある」そう確信したとき、会社を
辞めて熱海に帰ることを決意しました。

 卒塾式の直前、働いていた会社を辞めて、東京から地元熱海に帰って
地域づくりに取り組むことにしました。そして、NPO法人atamista を設
立し、熱海の魅力を体験する交流型プログラム「熱海温泉玉手箱(オン
たま)」のプロデュースを通した地域づくり、地域の人財づくりへの挑
戦がスタートしました。


●体験プログラム「熱海温泉玉手箱」

 これまで、熱海の中で見過ごされてきたものは少なくありません。農
地は商業地・住宅地になり、自然は開発され破壊されてきました。さら
に、農家や漁師、小さな商店、さまざまな市民活動などもです。

 そういった中にこそ、もっと地域をよくしていきたい、という思い
を持って行動しようとしている、かっこいい「おじちゃん」や「おば
ちゃん」がたくさんいました。 熱海温泉玉手箱「オンたま」を通じて、
彼らを発掘し、思いを引き出し、地域の体験ツアーとして形づくること
をやっていきました。

 他に多くのプログラム「地域の食文化を知る」「温泉に生活文化を知
る」「地域のお店の技術を学ぶ」「村での収穫体験」「港町の生活文化を
知る」…を開催しました。

 「農業体験のツアー」では、農家のおじちゃんの思いのつまった美し
い農園に触れると、参加した人たちは感動します。そして、農家のおじ
ちゃんのファンになり、行動で応援する人も出てきました。すると農家
のおじちゃんも、ますますやる気になって、自分の隠れていた思いにも
気付き、さらにアクションを起こしていく、そんな現実も生まれていま
す。スゴいのは、そういった事実に周りも感染することです。それまで、
放って荒れ放題だった隣りの農家さんも、誰も何も言わなくても、見違
えるほどのきれいな畑に生まれ変わらせました。思いが行動の連鎖を生
んだのです。

 熱海ではこのような、たった一人の思いから始まる行動が少しずつ生まれ、
それが次々に連鎖して大きく広がっています。
「たった一人の小さな思い、小さなアクションが、地域に大きな変化を起こした!」
のです。さらに、移住してきたシニア夫婦は、「熱海に移り住んできてよかった、
本当に毎日が楽しい!」と熱海の熱烈なファンも出てきました。


●家庭でも職場でもない、第3の居場所「CAFE RoCA」

 シャッター街となっている熱海の町なかを再生するために「株式会社
machimori」を立ち上げ、その第1弾として、熱海銀座商店街の空き店舗を
リノベーションして、CAFE RoCA (Renovation of Central Atami の略)という
カフェをオープンしました。かつて証券会社だった50坪の空き店舗を、オー
ナーが「君らが熱海のためにやるなら安く貸すよ」との言葉からスター
トしたのです。

 なぜ、カフェか? あるとき偶然入ったカフェがとても居心地がよ
かったのです。サラリーマンから、音楽好きな人、外国人……多種多様
な人が集まってくる。初対面でも気軽にお互い話すことができて、旅先
のゲストハウスのようでした。

 私は、この社会に足りないのは、家庭でも職場でもない「第3の居場
所」だと思うようになりました。イタリアのバールやフランスのカフェ、
イギリスのパブのような、そして旅先のゲストハウスのような、人と出
会い語らう場所なのです。熱海でもそうした場所を作りたい、と思いま
した。

 熱海で暮らす人、訪れる人が出会い交流し、熱海という町そのものが、
都会の人々にとっての「第3の居場所」となるようにしていきたい。し
かも、クリエイティブな30歳代に選ばれる町にしていきたい。そして、
この閉塞感漂う日本の空気を地方から変えていきたいと思っています。

●ゲストハウス「マルヤ」

 熱海銀座商店街の空き店舗のピークは、2011年には30店舗中10店でした。
熱海の町の再生第2弾は、10年空き店舗だった100坪の元パチンコ屋のリノベー
ション。観光と定住の間の多様な暮らし方をつくることを目指し、2015年
ゲストハウス「マルヤ」をオープン。ターゲットは、20代、30代の東京
近郊に住む人たち。熱海に通ってほしい、2拠点居住。泊まると熱海が癖
になり、20%は外国人です。「かつて、旅館、客を囲い込んで観光産業が
衰退した。だから、僕らは逆をやる。積極的に町へ出てもらう」と宿泊客
を魅力ある地域のお店にどんどん紹介します。

 現在は、空き店舗数は10から3店舗に減りました。そして、熱海の宿泊
客数もV字回復。246万人(2011年)から307万人(2015年)へと、60万
人増えました。そして、熱海の町なかの再生第3弾は、57年間一度も使
われていなかった空間をリノベーションしてのコワーキング&シェアオ
フィス「naedoco」です。

 私が目指すのは、2022年までに熱海のリイノベーションの実現です。
売上1億円以上を100社創出し、地域が外貨を稼ぎ、また地域で稼いだ
外貨が、地域内に循環するようなビジネスを生み出すことです。


【市来広一郎さんプロフィール】

NPO 法人atamista 代表理事
株式会社machimori 代表取締役
一新塾18・20 期東京本科

1979 年熱海生まれ熱海育ち/ IBM ビジネスコンサルティング サービスに勤務/
2006 年に一新塾入塾/ 2007年に熱海にUターン/ 2009年より「熱海温泉玉手箱
(オンたま)」をプロデュース/2008年atamistaを設立/ 2011年、補助金に
頼らないまちづくり&中心市街地再生を目指して株式会社machimoriを設立/
2012年空き店舗をリノベーションしCAFE RoCA オープン/ 2015年には
Guesthouse MARUYA を2016年にはコワーキングスペース& シェアオフィス

「naedoco」をオープン/2018年6月著書『熱海の奇跡』(東洋経済)を出版/
一新塾講師。

 

 

 

■誰もが志を生きられる一新塾(2018年11月4日開講)

<東京・大阪・名古屋・仙台>

体験セミナー&説明会は残りわずか!

ご予約はこちらへ

10月20日(土)15:00〜17:45

10月24日(水)19:30〜21:45

10月27日(土)15:00〜17:45

http://www.isshinjuku.com/


 


塾生活動レポート『つまずきによる転倒を予防するインソールを開発!』 一新塾33期 長野放さん

今回は、2014年11月に一新塾第33期を卒塾された長野放さんのメッセージ
をお届けいただきます。

長野さんは、オーストラリアのVictoria大学にて、歩行バイオメカニクス
の研究者として、高齢者の転倒防止問題に取り組まれ、
転びにくくなる靴の中敷き(インソール)の開発に成功されました。

「研究成果を社会に還元したい!」との思いで、法人を起ち上げ、
「ISEALインソール」として商品化、「世界で最もイノベーティブな
新しいケア商品」として、ロンドンで表彰もされました。

長野さんの志を生きる挑戦をお伝えさせていただきます。

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塾生活動レポート

『つまずきによる転倒を予防するインソールを開発!』

                     一新塾33期 長野放

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●父の言葉

 私が小さな子供だったある日、予備校の講師であった父が珍しく
酔っぱらって帰ってきて、突然私の両肩をグッと掴み、目を直視しながら、
こう言いました。

「残念ながら、お前は俺の子供だから、天賦の才は無い。
ただ一つだけ…志の追求のためには、努力をして諦めない才能がある。」

 それだけ言い残し、父は寝てしまいました。
 子供に対して「才能が無い」と言うのはまずいと思いますが、その日から
私の心にその言葉が強く刻まれました。

 そんな私が、自分の志を燃やす場所を探し続けて、回り道をしながら
行き着いた先は「シニアの方達が、転倒しないようにする」という社会貢献でした。


●祖父の転倒

 私は北九州で生まれ、横浜で育ちました。高校生の頃から「健康科学」に
興味を持っていましたが、偏差値や受験科目で大学へ進学したため、どう
しても自分の選んだ道だと思えず、大学を中退して健康や運動の研究が
さかんなオーストラリアのVictoria大学に留学することになりました。
そこで、バイオメカニクスという学問において優秀な成績を収めたとのことで、
教授よりHonours学位(優等学位)という研究学位に推薦されました。
その研究テーマが、「シニアの方の転倒予防」でした。

 教授には「人生を懸ける覚悟があるなら、やってみなさい。」と言われ、
その言葉に幼い頃に刻まれた父の刻印が反応を始め「よし!やってみよう!」
という気持ちになりかけました。

 しかし、いまいちピンとこなかったのは、「転びたくはないけど、擦り剥く
くらいでしょ?」という見識だったからです。やるなら本気でやりたいが、
本当にこれなのだろうか?と思っていたある日、母から「父(私の祖父)が
転んで骨折して、病院に搬送された!」と連絡があったので、急いで北九州
の祖父のところに行きました。

 幸い命に別条はありませんでしたが、全く歩けなくなり、そこから長い
リハビリが始まることになりました。


●志のための完全燃焼

 この件がきっかけで、「転倒予防に全エネルギーを注ぎ込もう。」と決心
しました。調べてみると、転倒はシニアの方にとって大きな問題であることが
分かりました。

◎多くの方が転倒により怪我をして、要支援・要介護に陥っている。
◎個人レベルでも国家レベルでも医療費増大の要因となっている。

 Honours学位の一年間…幼いころからの願いであった「志のための完全燃焼」
を初めてすることができました!

 リハビリをしている祖父に会うたびに、「何があっても必ず結果を出すから、
諦めずに頑張って!」と言い続けてきました。

 後に引けない状況を作り、とにかく全てを出し尽くした一年間。
結果として、最高成績を取り表彰され、研究成果は国際論文にて発表されましたが、
あれだけやれば誰でもできて当たり前と言える位、とにかく努力をすることができました。


●インソールの開発に成功

 そして博士課程で、転びにくくなる靴の中敷き(インソール)の開発に成功
しました。インソールは、足首の角度をコントロールするように設計されていて、
転倒の最大の原因であるつまずきのリスクを軽減し、バランスや反射速度も向上
します。日本では転倒率を1%下げる毎に直接的な医療費だけで365億円以上削減
できるので、皆がインソールを履けば、大きく転倒予防に繋がるのではないか?
という思いで開発しました。こうした業績を評価され、ISEALという研究機関で
働き始めました。

 しかし、ここで自分の中の志の炎が燻りだしたのです。


●疑問の芽生えと一新塾

 その理由は、インソールが完成したのに、誰も履いていないという事実からでした。
私は研究者として、インソールを開発しましたが、誰かが広めてくれるという
わけではありませんでした。

 それどころか、「インソールの研究も成功に終わったし、次はVRやAIを使った
歩行研究だ!」と言われ、それらを始めている自分に疑問が芽生え始めました。
インソールが完成したのに、それを世に出さずして、他の研究を始める?
これでは、結局誰一人の転倒予防にも貢献していないのでは?

 「研究者は研究が仕事」という現実と「研究成果を社会に還元したい」という
自分の思いがバラバラになり、「志を生きる」という原点を考え、行きついた先が
一新塾でした。


●とにかく動いてみる

 私は通信科でしたが、帰国時に合宿やセミナーに参加して、自己変革のきっかけ
を掴むことができました。

 特に「6つの箱」はいつでも自分の指針です。
 当時、「社会ビジョン」「社会の現状」は明確だったものの、何故か燻っている
自分を変革するために、「根本原因」を考えてみました。
自分自身の弱点と向き合うことで、研究者が陥りやすい「机上の空論」に傾倒していて、
「とにかく動いてみる」ということが欠如しているのだと気付きました。
それを軸に「これまでの人生」→「新しい人生」を考えると、「研究者」という自己像から、
研究を社会に役立てる「社会事業家」という自己像が見えてきました。


●世界で最もイノベーティブな新しいケア商品

 「解決策」として、法人を起ち上げ、飛び込みでとにかく色々な靴会社を訪問し、
転倒予防効果のあるインソールを開発してください!と伝えてきました。

 門前払いもありましたが、志の共鳴が起こることもあり、様々な方達のサポート
を得て、インソール入りの靴が販売開始され、オーストラリアの新聞に取り上げられ、
「世界で最もイノベーティブな新しいケア商品」として、ロンドンで表彰もされました。

 そして、所属していたISEAL研究所の名前を取り「ISEALインソール」として、
オンラインショップにて販売も開始しました。
https://www.iseal-insole.net/jp 

 まだ始めたばかりですが、社会事業として、売り上げは色々と還元したく思っています。
例えば、(現在交渉中ですが)バングラデッシュの靴メーカーとの話が進めば、
売り上げを用いて、バングラデッシュの学生がオーストラリアで勉強するための
奨学金を作りたいと考えています。

 もちろんシニアの健康促進には引き続き積極的に参加したく思っております。


●今後に向けて

 日本は、世界一の超高齢社会を迎え、医療費や介護の問題など社会保障制度の破綻
が危惧されています。しかし、さまざまな工夫や、合理的な対応により問題は徐々に
解決されていくでしょう。私は、高齢化に付随する問題を解決するための、サービスや
商品を提供する産業(特に健康産業)の活性化に力を尽くしていきたいと考えています。

 

 

★新しい時代を拓く一新塾(東京・大阪・名古屋・仙台)

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以下のHPからお申し込みください!
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★【一新塾書籍 志を生きる講師と卒塾生45人】
「人生と社会を変える根っこ力〜政策提言・社会起業・市民活動」
https://www.isshinjuku.com/03bosu/b_issryku_book.html


『誰でも気軽に酪農ができる社会を目指して』一新塾OB佐合秀康さん

今回は、一新塾OBの佐合秀康さんのメッセージをお届けいたします。

佐合さんは、酪農家をお客さんに持つ営業マンです。お仕事を通じて、
若者が実家の農業を継がずに都会へ出てしまい多くの酪農家が辞めていく姿を
見てこられました。
かつて、佐合さんご自身、酪農へ魅力を感じ新規就農することを夢見ながら
ハードルとリスクの高さを心配し、尻込みしてしまった経験があるそうです。

「みんながもっと気軽に酪農をできる仕組みを作ろう!」
佐合さんは、2016年11月に一新塾39期に入塾、仲間と共にチームを立ち上げました。

佐合さんの志を生きる挑戦をお伝えさせていただきます。

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塾生活動レポート

 『誰でも気軽に酪農ができる社会を目指して』

                  一新塾39期・41期 佐合秀康

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●安房は日本酪農発祥の地

 千葉県房総半島の南端、安房は江戸時代に日本で初めて酪農が
おこなわれた日本酪農発祥の地ということをご存じだったでしょうか?

 かつてこの地では多くの酪農家が牛を飼っていましたが、ここ数年
酪農家戸数は減り続けています。

 酪農で大切にするべきものは土・草・牛と言われています。
「土」に育てた「草」を「牛」が食べ、牛乳に変えてくれて人間の「命」を
支えてくれています。また、牛の出す排せつ物は肥料として再び「土」に還ります。
酪農家は土づくりをし、畑を管理して、草(作物)を育てながら、日々、牛が
健康に暮らせるように世話をして牛乳を搾り、さらにその排せつ物もよい状態
を保たなければなりません。

 つまり酪農の仕事は一言で言えば毎日やることがいっぱいで「大変」なのです。


●酪農家が減少の理由は「大変さ」

 酪農家が減少している大きな理由は、この「大変さ」によるものです。
現在の酪農家の平均年齢は65歳と言われています。多くの若い人がこの大変さを
理由にしてあとを継ぐことをしないのです。また若い人が後を継ぎたいと思っても、
親が積極的でない場合もあります、息子や娘に自分と同じ苦労をさせたくないのです。


●酪農は複雑で合理的な科学

 僕自身は都市部のサラリーマン家庭に生まれ育ちましたが、学生時代はよく
森や山へ行き、そこに暮らす植物や動物などの自然のものたちの生理や生態の
複雑さを知ったり考えたりすることに魅力を感じていました。就職して仕事で
酪農に関わる中、酪農も複雑で合理的な科学であるということを学びました。

 また酪農は実際に現場で使われる状態に近い研究がとてもたくさん行われて
いました。たとえば牛のエサを作る畑と作物の土壌学・作物学、食べ物で牛を養い、
牛乳を生産するという栄養学、子牛を生むための繁殖生理学、牛の病気の予防や
治療と言った動物病理学、さらには発酵学や農業経営学も酪農に関わっています。
たくさんの科学者たちが酪農の研究をしてくれています。さらに現場で酪農家自身
が研究したノウハウもたくさんあります。酪農家はそれらを自分の経営に合った形
で実践利用することでよい成果を生み出せます。 


●新規就農への夢

 僕のこれまでお会いした何人かの酪農家も、科学的な根拠と自分の牧場の
分析から、最適な方法を選択して実行することで優秀な経営をされています。
しっかり学び・考え・やるべきことをやればよい結果を出せるという酪農に、
僕も強い魅力を感じて新規就農をすることを夢見ました。

 しかし、今現在に至るまでその想いは尻込みし続けています。一般社会にも
僕のように酪農に魅力を感じ新規就農を希望する方は結構いますが、新規就農
したいと思いながらも、僕のようにそのハードルの高さから尻込みする人も
多いと感じています。


●新規就農のハードル

 新規就農する際にハードルになるものはいろいろありますが、一般的なものは
「お金」と「技術」です。

 まず「お金」ですが、酪農で新規就農をする場合は土地・牛舎・牛・機械など
の営農資産の購入に少なくとも数千万円単位の借入が必要です。パッと借りられる
金額ではありませんし、かなりの覚悟が必要です。また、営農開始後にエサなど
の資材代に充てる運転資金や生活費についてもかなりの額が必要です。つまり、
がんばって、けっこうたくさんの貯蓄をしてから就農することが必要になります。

 「技術」についても必要です。農業一般に言えることですが、作物が作れる技術、
牛が飼える技術と一言で言っても、その技術はエサやり、牛の健康管理、繁殖管理、
搾乳、子牛の管理、病気の予防、牛の取り扱い、飼料作物の種まき、圃場管理、
収穫・・など多岐にわたり、その習得には普通10年単位の期間がかかります。

 さらにそういった農業の技術に加えて、個人事業主としての経営技術や、地域の
人とうまくやっていく技術(?)も身に付けねばなりません。またこれらの技術は
新規就農に限らず親のあとを継ぐ若者にも求められるものです。そしてこれらの
技術の習得は誰か先生が教えてくれたり、教科書で学んだりするわけではなく、
多くの場合、先代の経験と勘がもとになっていて、後継者はそれを見よう見まねで
覚えるのです。その技術の習得が間違っていたり不完全であったりすれば、
土・草・牛のバランスは崩れひどい場合は経営難に陥ってしまうことでしょう。


●一新塾で立ち上げたプロジェクト

 僕は一新塾のメンバーと立ち上げたプロジェクトでこの「大変さ」を取り除く
ために何かできないかと、活動をしました。酪農家が大変だと感じる仕事を軽減
するため、炎天下の中草刈りをやったり、イノシシ対策をやったり、地域美化の
気分が盛り上がるように牧場に花の種を播こうなんてこともしました。

 しかし結論から言うとこういう活動は長くは続きませんでした。誰かがやって
大変な仕事は誰がやっても大変なのです。花の管理だって結構重労働なもので、
続けるためには相当のモチベーションが必要でした。

 一新塾は様々なバックグラウンドの人たちが集まる場です。プロジェクト
メンバーは酪農についての専門知識があるわけではありませんでした。僕は最初
必死になって酪農の大変さをメンバーに話しました。この「大変」な酪農に
関わってきた者として、酪農を「気軽」になんてことは思いもよらず、そういう
言葉を酪農家に対して言うことは失礼じゃないかと思っていました。また大変さを
乗り越えた先に良い酪農経営があるとさえ考えていました。

 しかし一新塾のプロジェクト活動をメンバーと進めるうちに、
「なぜもっと若い人が普通の会社に就職するように酪農を自分の仕事として
選ぶことができないんだろうか?」「酪農も普通の会社のようにお金の問題や
技術、経営の承継を仕組みでカバーできるんじゃないんだろうか?」と考える
ようになりました。


●みんながもっと気軽に酪農をできる仕組みを作ろう

 僕は今までの酪農の常識とは少し違った仕組みを作ることで酪農の大変さを
解決できると考えています。今酪農をしている人も、これから酪農を引き継ぐ人も、
新しく酪農を始める人も、みんながもっと気軽に酪農をできる仕組みを作ろう
としています。仕組みとは具体的には「農業の組織化」です。地域に酪農に
関わる人や企業が増え、それが組織化されることで効率化と合理化さらに
省力化が図れると考えています。
 
 今、館山市で酪農家さんらと共に共同法人牧場の建設を進めています。
この牧場は「地域の産業としての酪農の維持」と「後継者の意欲の創出」を
目的としています。個人経営から会社経営へ移行することで、就労条件の改善を
めざします。大変な作業負担の軽減のために、毎日の搾乳などの作業は出来るだけ
機械にやってもらいます。物言わぬ牛の変化に気が付くことはこれまで酪農家の
重要な技術で習得には経験が必要でしたが、IT機器の導入で経験の浅い人も
牛の状況を正確に把握できるようになります。さらに牛の排泄物処理が与える
周辺環境への影響など、これまで個人経営ではケアしきれなかった部分も注力し
解決することで、地域からあこがれる産業としての酪農を目指しています。

 今は2年後の稼働に向けて施設・設備計画から事業計画、正しい技術に則した
マニュアル作りにいたるまで、牧場の理念を具体的な形にするような細部の検討
を進めています。
 この牧場では酪農に対する熱い思いさえあれば、誰でも、そう、僕のような
尻込みをした人間でも、今より酪農が始められやすくなるようになります。

 また安房の酪農は全国的に見ても規模が小さく、後継者問題も含め今後の継続
はハードルが高い状況ではありますが、この牧場のように意志ある人が集まり、
行政や地域、銀行の協力をもらうことができれば、今がどんな規模であろうと、
これからも酪農を続けていけ、引き継いでいける仕組みのモデルになっていく
と考えています。

 

 

■誰もが志を生きる一新塾(2018年11月開講)

<東京・大阪・名古屋・仙台>

体験セミナー&説明会開催中!

ご予約はこちらへ

http://www.isshinjuku.com/


東京の奥座敷「熱海」が華麗に復活したヒミツ〜一新塾OB市来広一郎さん!

一新塾OBで講師の市来広一郎さんが立ち上げた熱海の「ゲストハウスMARUYA(マルヤ)」他、市来さんの熱海での活動が記事に。市来さんの熱海での10年の活動を書いた初出版「熱海の奇跡」、読まれましたか?まちづくりについて知りたい人は必読です。市来さんには、一新塾本「人生と社会を変える根っこ力」にも執筆いただいています。

 

▶東京の奥座敷「熱海」が華麗に復活したヒミツ(産経新聞2018年8月27日)
https://www.sankei.com/economy/news/180829/ecn1808290002-n4.html

 

★新しい社会創造を自分だからこその「志」で!
「社会起業」「政策提言」「市民活動」の技術を講座・ワークショップ・個別コンサルティングで体得できます。
仲間と共にスキルを体得できる学校です。
一新塾「体験セミナー&説明会」 東京(水・土)・大阪(9/29)・名古屋(9/30)・仙台(9/9)。ご予約はHPから。11月4日開講!
https://www.isshinjuku.com/

 

★【一新塾書籍 講師と卒塾生45人の志から学ぶ〜市来さんも執筆!】
「人生と社会を変える根っこ力〜政策提言・社会起業・市民活動」
https://www.isshinjuku.com/03bosu/b_issryku_book.html


一新塾OBの市来広一郎さんの初出版の書籍が日経新聞(7/7)の読書欄に!

一新塾OBの市来広一郎さんの初出版の書籍が日経新聞(7/7)の読書欄に!市来さんは熱海生まれ熱海育ち。「新しい熱海に再生させたい!」との思いで2006年東京で会社員をしていた時に一新塾生となり、1年後サラリーマン生活を辞めて地元熱海に戻りまちづくりに身を投じ10年。その熱い志の歩みがこの書籍につまっています!(市来さんには一新塾書籍「人生と社会を変える根っこ力」にもご執筆いただいています。)
 


■熱海の奇跡 市来広一郎著 新しい価値観で魅力を発見
https://r.nikkei.com/article/DGKKZO3270247006072018MY7000?s=3

◆一新塾は人生と志を受け止めあい、新しい社会創造へ一歩踏み出す知恵と方法論を体得してゆく学校です。
体験セミナー&説明会は8月から開始、11月に開講する予定です。東京・大阪・名古屋・仙台・通信で学べます。「社会起業」「政策提言」「市民活動」を自らの志で始めませんか?
https://www.isshinjuku.com/ 

 


一新塾OBの武藤真祐さんがサントリーホールディングスの新浪剛史社長と記者会見!

一新塾OBで講師の武藤真祐さん(医師・株式会社インテグリティ・ヘルスケア 代表取締役会長)がサントリーホールディングスの新浪剛史社長と記者会見を開かれました。インテグリティ・ヘルスケアが開発したオンラインシステムをサントリーが導入されるとのことです。福利厚生の一環でサントリーの社員や家族に、タブレット端末などを使って遠隔地で医師の診療を受けられるようになり、健康増進や家族を介護する負担を軽くし(介護離職が毎年10人)、仕事に取り組みやすい環境にしてゆくとのことです。

 

 

■オンライン診療 家族も使って! サントリーの福利厚生
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO3263029004072018TJ2000/

 

◆一新塾は人生と志を受け止めあい、一歩を踏み出す人を育みます。
体験セミナー&説明会は8月から開始、11月に開講。
東京・大阪・名古屋・仙台・通信で学べます。「社会起業」「政策提言」「市民活動」を自らの志で始めてみませんか?
https://www.isshinjuku.com/ 

 

◆【一新塾書籍 講師と卒塾生が執筆!志を生きる45人】
「人生と社会を変える根っこ力〜政策提言・社会起業・市民活動」
https://www.isshinjuku.com/03bosu/b_issryku_book.html


一新塾講師に、一新塾OBの深田智之氏(会津東山温泉くつろぎ宿社長・湯瀬温泉せせらぎ宿社長)!

先週は一新塾OBの深田智之氏(会津東山温泉くつろぎ宿社長・湯瀬温泉せせらぎ宿社長)にご講義いただきました。
テーマは「事業再生は街づくり・人づくり〜高知・会津・秋田」。

 

深田さんは、元々、第一勧銀総合研究所(現みずほ総研)で大規模公共施設のコンサルティングに携わっていました。
あるとき、毎年7000万円の運営赤字を出し続けていた高知県須崎市のグリーンピア土佐横浪(大規模年金保養基地)と出合います。そして、株式会社リゾート・コンベンション企画を起業し、運営を受託。2年目で黒字(1,200万円)を達成し、利用者数の3割増、さらに従業員の業務意欲向上、地域振興を実現。

 

そして、次なる深田さんの挑戦は、会津東山温泉での地域再生ファンドを活用しての破綻寸前の三旅館の同時再生でした。
かつて竹久夢二や与謝野晶子も愛した東山温泉。最盛期には旅館数33を数えた温泉街もバブル崩壊で、温泉への入込み客は1992年の約81万人から、2006年は約42万人に半減。そうした苦境も跳ね除けて、徹底的なコスト削減を図り、3館の特色を色分け、わずか1年半で黒字を達成、3年余りで再生を完了させました。

 

そんな中、襲った東日本大震災。震災直後、行政支援が本格始動する前に旅館をいち早く無料開放。ピーク時には1,400名ほどの被災者の方の支えとなりました。2011年4月3日からは大熊町の方々の二次避難場所としてピーク時は520名の方々にご利用いただきました。

 

さらに、2014年7月より、秋田県鹿角市の湯瀬ホテルの譲渡を受けて新たな挑戦に挑まれています。

 

◎企業として人のためになる理念
◎理念を貫き通す「志」と「収益」
◎収益向上には、正しい「コスト削減」と「増収策の展開」

 

東山温泉での難しい景観の問題もしっかり道をつけられ、
人材の可能性を存分に引き出し、地域の資源を発掘し磨き上げる、深田さんの経営哲学、改めて刻ませていただきました。

 

◎会津東山温泉 旅館 くつろぎ宿

http://www.kutsurogijuku.jp/

◎ 四季彩り秋田づくし 湯瀬ホテル

http://yuzehotel.jp/

 

 

■新しい時代を拓く一新塾

<東京・大阪・名古屋・仙台>

体験セミナー&説明会、ご予約はこちらへ!

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『1人1人が自律し輝きながら、ゆるーく繋がれるコミュニテイー』 一新塾OGの二階堂すみ子さん!

今回は、一新塾OGの二階堂すみ子さんのメッセージをお届けいただきます。

二階堂さんは、障がい者のグループホームを立ち上げるために、2016年に
千葉県東金市で、株式会社「夢のカタチ」を妹さんと一緒に起業。その直後に
一新塾第38期に入塾、仲間とまちづくりのプロジェクトを立ち上げました。
障がい者の1人1人の自律を応援する仕組みとして、生活の場、就労の場、
自己探求の場としてサービスを提供されています。
さらに、就労支援B型事業所も立上げ、冨里市にある農場で野菜作りも始めて、
農福連携にも挑戦されています。

二階堂さんの志を生きる挑戦をお伝えさせていただきます。

◆◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆◆
塾生活動レポート

『1人1人が自律し輝きながら、ゆるーく繋がれるコミュニテイー』

            一新塾第38期・40期 二階堂すみ子 

◆◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆◆

 私のビジョンは1人1人が自律し輝きながら、お互いの良さを生かし
ゆるーく繋がれるコミュニテイーづくりです。


●徳之島の原体験

 私は子ども時代を鹿児島県の離島、徳之島のコミュニティの中で
7人兄弟姉妹の中子として育ちました。

 地域の竹籠を編むおじいちゃんの家へ行って見よう見まねで竹籠を
編んだり、遊びに行くとおやつをくれるおばあちゃんがいたり、悪さを
すれば叱ってくれるおじさんがいる環境を当たり前だと思っていました。

 叔父は聴覚障がいでしたが、働き者で私達兄弟姉妹のことを可愛いがり
運動会のイベントなどではカメラマンをかってでてくれました。今思えば
地域では障がいのあるなしなんて関係なくコミュニテイーの一員として
生きれる環境がありました。


●都会と田舎

 そして、都会で就職し結婚し子育てをするうちに、コミュニティの
ある田舎との相違について考えるようになりました。

 都会では、障がいのある人と接する機会が少ないことで、どう接して
よいか分からない。

 お互いを知ることでお互いの良さを発見し、生かせるのではないか。
もっと相互扶助の精神を根付かせ、ゆるーくつながることで、疲弊する
人や引きこもりも減らせるのではという思いが、もやもやとしていました。


●学び直し

 そんな思いや家庭の事情で大学進学できなかった思いも私の中で
くすぶり続けていました。

 子育てが一段落ついた2012年に短期大学に進学し保育士と幼稚園
教諭の資格などを取得しました。20代から60代までの幅広い世代の
方々と共に学び充実した日々は何時からでも学び直しができるという思い
と資格を取ったことで少しの自信をつけることができました。


●障がい者支援で株式会社「夢のカタチ」を起業

 卒業後に就職した先は障がい者の就労支援A型事業所でした。
そこで私は事業所の立ち上げを任されました。就職に向けての訓練と
メンタル的なサポートで、自信もなくうつむき加減の人も少しずつ自信
を取り戻して、1年もすると本人の口から「1人暮らしをしたい」との
言葉がきけるようになってきました。

 そこで社長に障がい者の共同生活援助ホーム事業を提案しましたが
運営が厳しいとのことでした。「それならば」と私の妹と二人で障がい者
のグループホームを立ち上げるために、2016年に千葉県東金市で
株式会社「夢のカタチ」を起業しました。

 直後に一新塾に入り、プロジェクトを立ち上げ、トコトン人生の深堀りを
したことで父親と自分の夢が重なりぶれない軸ができました。
何のためにこの事業を始めたのか?と常に自分に問い原点回帰。
障がい者の1人1人の自律を応援する仕組みとして、生活の場、就労の場、
自己探求の場としてサービスを提供しています。
就労支援B型事業所も立上げ、冨里市にある農場で野菜作りも始めて、
農福連携にも挑戦しています。


●常に本人の意思を確認

 自分の人生を人任せにしないことでその人がその人の人生の主人公に
なってほしいとの思いから、

どんな働き方がしたいか?
どれくらい稼ぎたいのか?
稼いだお金はどう使うか?

などを常に本人の意思を確認しながら進めています。


●スタッフが変わった!

 会社をスタートした時には、ほとんどのスタッフが障がい者と接することが
初めての方が多く最初はどう接してよいか戸惑っていました。

 問題があって当然を前提に常にコミュニケーションを取り、カウンセラー資格
を持つスッタフを中心に勉強会や障がい者の自律の課題について考え実践する
ことを続けてきました。

 2年経った現在、スタッフから「自らの今後の人生について考えるきっかけ
を得られた」「自らの子育て経験を振り返り子どもやパートナーとの関係性が
良い方向に変わってきている」との声も聞こえてきました。

 そして何より嬉しかったのは、80歳の私の母が、障がいのある人たちと共に
農場で汗を流すことでみるみる元気を取り戻してきたことです。60年も農作業
をしてきた母の技術が生かされ母の笑顔が増えました。


●共生社会が広がる

 コミュニテイーの中で人はいろんな可能性に気づいたり、役割を担うことで
良好な相互作用が生れます。

 1人1人が自律し輝きながら、お互いの良さを生かしゆるーく繋がれるコミュ
ニテイーをつくることで日本の抱える引きこもりや障がい者や高齢者の社会問題
が解決していくのではと思うようになってきました。

 これからは農場を生かしてあらゆる世代が関われるコミュニティづくりを
していきたいと思います。そして少しづつ共生社会が広がってくれることを願って
一歩ずつ進めていきたいと思います。

 

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