『I WILL. 市民のためのメディカルスクールプロジェクト』一新塾OBの青木裕章さん!

今回は、一新塾41期の青木裕章さんのメッセージをお届けいたします。

 

都内の大学病院で活躍されていた青木さんは、ある出来事を通じて在宅医療の
現場に飛び込まれます。そして医師として、在宅医療の現場で患者さんに
寄り添う日々を送りながら、一市民として、もっと医療の手前から関わることが
したいと一新塾に入塾、プロジェクトを立ち上げました。

 

「身近な商店街で、気軽にお酒でも飲みながら健康について考える、医療を学ぶ
医学校(メディカルスクール)を生活の場の隣に用意する」をコンセプトに、
東京の北区十条を現場に、活動に奮闘中です。

 

青木さんの志を生きる挑戦をお伝えさせていただきます。

 

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塾生活動レポート

『I WILL. 市民のためのメディカルスクールプロジェクト』

            一新塾41期 東京本科 青木裕章

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●「父とあるがん患者の死」と「在宅医療への転換」

 

私は現在都内で訪問診療を行っている医師です。元々は都内の大学病院に
泌尿器科医として勤務し、当然のごとく治療や研究などで忙しく働いていました。

 

私の父は歯科医師として開業しており、昔から病院嫌いで何があっても病院に
いかない人でした。糖尿病を持病として持っていましたが、父の希望を知ってい
たため全て本人に任せていました。しかし脳梗塞を発症、結果人工呼吸器を装着
され入院しました。その後回復することなく転院先の病院で亡くなりました。

 

その後あるがん患者さんを担当することになりました。その患者さんは病気を
治療するために積極的に抗がん剤治療や新しい治療を行っていました。少しでも
長生きしたいその一心だったと思いますし、それに答えるように治療をしていま
した。しかし残念ながら効果がなくなり、残された時間も少ない状況になりました。
当然最期の時間をどう過ごすか相談しなければならなくなりました。私は少しでも
ご自宅でご家族を過ごされるのが良いのではと思いましたが、ご本人はこんなに
体力が落ちてしまうのであれば、もっと他のことに時間を使えばよかった、
これではちょっとした旅行でさえももう行くことが出来ないと涙を流されました。
自分は何のために治療をしていたのかわからなくなりました。

 

この体験をきっかけに終末期の医療や在宅医療の現場に飛び込むことになりました。


●若い頃から病気や健康について考える

 

高齢化社会が進み、人生100年時代や介護予防、90歳でもイキイキなど健康寿命
を伸ばそうという活動が盛んに行われています。また、医療技術も進歩し今まで
助からなかった病気が治ることや進行が遅くなることが増えてきています。

 

一方で情報が氾濫し、何が正しいのかわからなくなってきています。また独居
の高齢者や賃金格差などから健康情報に関する格差も大きくなっています。


このような社会環境の中、最期の時間を考える機会も失われ、病院や医療関係者
に終末期の人生の決定が丸投げされているのではないかと感じています。その結果
医師と患者の間でコミュニケーションが取れず、様々な弊害が出ているのでは
ないでしょうか。

 

在宅医療の現場では少しでもコミュニケーションが取れるだろうと思っていました。

しかし、実際は多くの患者は高齢であったり、すでに病状が進行していたりと

考える時間がないことを実感し、もっと若い頃から病気や健康について考えること
の重要性を認識しました。


●一新塾への入塾と活動の開始

 

前述の通り、コミュニケーションを改善させる方法、それは教育ではないかと
以前から考えていました。なんとか良い方法はないか、ビジネススクールにも
通い模索する日が続きました。医学の勉強はやはり専門知識が必要ですし、知る
ことのメリットがはっきり見えないとビジネスとして成り立たないと感じていま
した。そんな折、一新塾のサイトを見る機会があり「これだ」と思い入塾説明会
に参加しました。

 

入塾後、市民のためのメディカルスクールプロジェクトを立ち上げ、二人の
メンバーにも恵まれ、勢いのまま活動を開始しました。


●市民のためのメディカルスクールプロジェクト

 

私たちは孤立死を減らすこと、「死」を考えることから健康問題を考えること
をテーマに活動を開始しました。現場は自分が勤務している北区十条です。


6つの箱(一新塾独自の問題解決フレームワーク)を回し、メインの対象者は
一人暮らしの中年男性としました。将来のことを考えず、体調の悪さを自覚せず
放置し、現在の生活が精一杯で、家族が疎遠な上、社会と交流できていない
孤独死予備軍です。

 

そうした方々が、一人でも多く自分の思い通りの最期を迎えられることが目標
です。独り暮らしの高齢者となっても、医療介護に対して主体性を持って生活
でき、「自分の健康状態を把握できている」「自分なりの死生観を持っている」
「地域とのつながりがあり、困ったら相談できる場所や相手がいる」ことを目指
します。

 

そのために、普段ほとんど健康や老後のことを考えていない人たちにも、少し
でも考える機会や場所を提供するという活動です。

 

身近な商店街で、気軽にお酒でも飲みながら健康について考える、医療を学ぶ
医学校(メディカルスクール)を生活の場の隣に用意することがコンセプトです。

『市民のためのメディカルスクールプロジェクト』は3本柱です。

 

一つ目は、「トナリの保健室」(Communication)。医療に対する相談窓口や
医療を考えるイベントを開催します。

 

二つ目は、「へるラボ」(Learning)。eラーニングによる医療や介護の学習、
市民や小中学校への死生学教育、健康状態の自己管理の促進です。

 

三つ目は、「へるす実習室」(Experience)。地域住民や子供達への医療実習
介護施設で介護体験です。

 

まずは、商店街でアンケート調査を行ったり、がんの末期を考えるゲームを
行うイベントを行ったりと、これらは初めての経験で模索する日々が続きました。


幸いプロジェクトのビジョンは評価をいただき、卒塾式では優秀理事賞をいただ
きました。ダルマに目を入れることでやっとスタートラインに立てたようで、
身が引き締まりました。


●今後の展望

 

卒塾後ですが、この活動を継続していくことが当面の目標です。


昨年11月、終末期の自己決定のためのプロセスが「人生会議」と命名された
ことが、厚労省によって発表されました。この名前がどうかはともかく、まず
はこの「人生会議」を広めることを活動の中心にしたいと考えています。

 

また、ホームページ開設と団体の設立を2019年の上半期の段階で準備し、
次回のイベント開催につなげていきたいと思います。

 

活動を通じて、40-50代やもっと若い世代が自分たちの親や家族とこの話し
合いの場を円滑に進めるサポートを行っていく予定です。この一新塾ニュース
で今後も活動の報告やイベントの告知をできるように、活動を続けて行きたい
と思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

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一新塾OBの重光喬之さん日経新聞連載3回目。脳脊髄液減少症(難病)を患い痛みを抱えながら 志を生きる。

一新塾OBの重光喬之さん日経新聞連載3回目。

脳脊髄液減少症(難病)を患い痛みを抱えながら

志を生きる重光さんの人生。

先日NHKハートネットTVにも出演。

 

■NPO法人「両育わーるど」代表 重光喬之さん(3)たどり着いた「ほどほど」感
https://r.nikkei.com/article/DGKKZO41070840Y9A200C1TCC000?unlock=1&s=1

 

 

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一新塾OBの重光喬之さんが、月曜朝刊から日経新聞にて4週連続掲載。2月7日(木)20時〜@Eテレ ハートネットTV「“見た目にわかりづらい”難病」にも出演予定!

一新塾OBの重光喬之さんが、先週の月曜朝刊から日経新聞にて4週連続掲載。本日は、先週に続いて2回目。
次回までは脳脊髄液減少症の一患者としての声を、最終回は難病者700万人の存在と社会参加の可能性について投稿予定とのことです。

 

また、2月7日(木)20時〜@Eテレ ハートネットTV「“見た目にわかりづらい”難病」にも出演予定です。

https://www.nhk.or.jp/heart-net/program/heart-net/922/?fbclid=IwAR19B0kCzsjwqms7zPrsBCB1CZJTOED0xZ8-trWYGaToiR-klyYe25SN7WY

 

 

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『弘明寺商店街でキャリア教育を軸に地域のコミュニティづくり』一新塾OG 吉村まふみさん!

今回は、一新塾39期・41期の吉村まふみさんのメッセージをお届けいたします。

 

20年ほど教育業界でお仕事をされてきた吉村さん。
「何故仕事をしなければならないのか?」

「仕事にやりがいなんてあるのか?」
と疑問を抱く若い人たちの声をたくさん聞いてこられました。

 

そうした声と、ご自身の実体験を重ねあわせながら、

横浜市の弘明寺商店街を現場に、

キャリア教育を軸に地域のコミュニティづくりのプロジェクトを
一新塾の仲間とともに立ち上げました。

 

吉村さんの志を生きる挑戦をお伝えさせていただきます。

 

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塾生活動レポート

『弘明寺商店街でキャリア教育を軸に地域のコミュニティづくり』

一新塾39期・41期東京本科 吉村まふみ

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●18才までに自分の力で生きる道を

 

横浜市の弘明寺商店街で活動をしています。
この地域は戦災に遭わなかったことで人が集まり、商店街が発展してきました。
私はここでキャリア教育を軸に地域のコミュニティをつくりたいと考えています。

 

私のビジョンは、18才までに自分の力で生きる道を見つけられる社会の実現です。
誰もが、具体的な将来像を持ち、「だから、この学校に行きたい」と自分の希望
や意思で進学先を決められる主張できる社会。誰もが、自分のやりたいことを
実現するために挑戦できる社会。誰もが、ロールモデルになる大人が身近にいる
社会です。

 

しかし、現状は、多くの人たちが成績や偏差値で進路が決まります。
「あなたの成績だとこの学校です」と先生の言うとおりに進学先が決まります。
自分の希望や意思で決めるのではありません。また、失敗経験を昇華できず
「人生詰んだ」とすぐに絶望してしまいがちです。

 

さらに、ロールモデルとなる大人との出会いは身近にはありません。


●時代遅れ

 

私は教育業界で20年ほど仕事をしてきました。

 

その中で、
「何故仕事をしなければならないのか?」
「仕事にやりがいなんてあるのか?」
という疑問を抱いている若い人たちに沢山出会いました。

 

「良い学校を出て、良い仕事に就く」ことが幸せであり、

“人生の勝ち組”というフレーズを耳にすることが

しばしばありました。

 

学校の先生は、大学を出てすぐに教師になった方が多いです。

企業等で働いた経験がないと企業の仕事についてアドバイスを

するのは難しいかもしれません。


また、就職事情も時代によって大きく変化しています。

親世代が学生だったころはスマホどころか携帯電話もなかった時代です。

今はネットを介せば世代も肩書も飛び越えて直接本人に、世界とも簡単に

アクセスできる時代です。せっかくの親や親戚の方々のアドバイスも、

時代遅れとなってしまうことも、しばしばです。

 

10年前にはなかった「YouTuber」が小学生の憧れの上位職種に

ランクインしていますが、今の親世代の方の何人が「YouTuber」

という仕事について詳しく説明できるでしょうか?


●活動現場は弘明寺商店街

 

私は、社会変化を感じ取れる場所は商店街にあると考えました。
商店街の個人店主さんは代々商売を営んでいる方が多くいます。
商店街を散策しているだけでは見えない側面がある事を

プロジェクト活動を通じて知りました。

 

私の活動現場である弘明寺商店街で、

ある酒屋の店主さんは国税庁醸造研究所で働いた

経験をお持ちの酒類のプロでした。

漬物屋の店主さんはこだわりの漬物を作り、

アジア各国に向けて日本の漬物販売に挑戦しています。

商売をする店主さんの背景には豊富な人生経験があります。
ビジネスセンスに優れた素晴らしい方々です。


そんな方々に「仕事の先生」となって頂き、キャリア教育を核とした、
働くことについて考える地域のコミュニティを商店街の中に築いていきたい
と考えています。


●アルバイトで学んだこと

 

私は子ども時代に、家庭の中では、コミュニケーションの

取り方を学べず、対人関係にとても苦労しました。

 

両親の束縛も強く、家族以外の大人との関わりも少なく、

自由になるお金がほどんどなく、自分の力では

何もできないと考えていました。

 

しかし「この環境にいては自分の人生の先が見えない」

と漠然と感じていたため、高校卒業を機に上京しました。

そして、自分の人生を立て直そうと試みました。

 

アルバイトをして生活費を稼ぎながら、

進学したい大学を見つけました。


受験料を貯めるため、バイトをしながら受験勉強を

してその大学の短期大学部に入学しました。
入学後には特待生となり授業料免除になったので

生活の助けになりました。


卒業後はすぐに働くつもりでいましたが、

教授の勧めで大学に編入学しました。
大学院進学への勧めもありましたが、

金銭的に余裕がなく断念しました。


そんな状況なので、学生時代に遊ぶ余裕は全くなく、

生活費や教科書代を稼ぐために様々なアルバイトを

経験しましたが、苦労しているとは思わずお金を
もらって社会生活について学ばせて頂けて有難いと

思っていました。

 

自分で稼いだお金を何に使おうと自由です。
「お金を稼ぐということは自由を得ること」だと、

この経験を経て実感しました。

様々なバイトをして気づいたこともありました。

 

心から面白いと感じ、打ち込める仕事だと

働いている時間は全く苦にならず、自分にあわない、

価値を見いだせない仕事は時給が良くても時の流れが遅く感じたのです。


「自分が大好きで打ち込める事が、誰かの役に立っていてお金にもなる」
と実感できる仕事に巡り合えれば最高ではないでしょうか。

 

「良い学校」「良い仕事」を他人に決めてもらったり、

他人の評価で一喜一憂するのは、本当の意味での自分の

人生を生きていないと私は思います。


仕事選びは大切です。自分で選んだ好きな仕事なら

問題が起きても克服するための努力ができると思います。


●キャリア教育を軸に地域のコミュニティづくり

 

私のチャレンジは、弘明寺商店街でのキャリア教育のためのコミュニティづくりです。
商店街の中に高校生対象とした 地域の商店街で学ぶ会「学店(仮)」をつくります。
地域の歴史・文化等を調べ、商店街で働く大人たちから学べる学習の場です。
また、「実際に働く」ことを体験できる場です。

 

これまでに、弘明寺商店街で働く洋服屋さんにインタビューをしました。
高校卒業後すぐに洋服店と寿司屋を経営し、働く両親の姿に影響を受け、
寿司職人の資格を取って寿司屋で仕事を手伝おうと決めたそうです。


しかし、数年後に寿司屋が閉店。現在は洋服店のみを経営しているそうですが、
別業種で掛け持ちをしたことで働く楽しさを見出したそうです。やることが変わる
と視点が変わり、仕事自体があまり苦にならなかったとのお話でした。
そして、どちらかがダメになっても生き残れる強みがあるというメリットは、
副業を解禁しようとする現在の流れにマッチしていると感じました。

 

先日、1月13日にイベントを開催した酒店の店主さんは元国税庁醸造研究所を
経て「酒学工房」を営まれている方だったので、発酵学の要素も交えて専門的な
内容を易しくお話頂きました。


また、落語では酒に関する噺が多いことから、酒屋さんの店舗のレイアウトを
変えて落語家をお招きし、落語会を開催しました。そこで上演した古典落語に
登場した日本酒は、現在1箇所でしか醸造されていません。江戸時代の多くの
人が嗜み、今では幻の酒ともいわれるもいわれる「柳蔭」を召し上がっていた
だきつつ、このお酒が造られた時代背景や製造工程などを解説。


さらに、キャリア教育の一環として、醸造を担う仕事についての紹介させて
頂きました。
また、落語の演じ手である噺家になるための方法や日々の生活についての貴重
なお話を伺いました。

 

次回は商店街組合会長さんが経営する喫茶店でイベントを開催できないか交渉
を始めています。「喫茶店×水×環境」をテーマにお茶やコーヒーに使う水につ
いて学び、商店街の真ん中を流れる大岡川の水質調査を行なえたらと思います。
水道局の仕事についてぼ理解や水道民営化についても考える場づくりをできれば
と考えています。


●技術の継承

 

弘明寺商店街がある横浜市南区には、伝統横濱スカーフという捺染技術を使った
スカーフがありますが、その素晴らしい技術を次世代にしっかり受け継いで
もらいたいと思っています。

 

自分の活動の中で技術の継承問題についても考えようと試みましたが
実際に行動に移してみると、思いがけない難問が次々と発生しています。

私はファッションやアパレル業界については素人です。


紙と布とでは色の発色が異なるという当たり前の事すら知りません。
色を発色させて定着させるためには化学的な知識が求められます。
「言うは易く行うは難し」を実感しています。


現在は平面(2次元)の布であるスカーフのデザインから立体(3次元)
の服や小物を作るという視点で新しい価値を産み出すことはできないか、
ファッションデザイナーのご指導の元で模索しています。


●振り返って

 

一新塾の学びを通してミッションとビジョンを明確にできたからこそ
試行錯誤をすれば発見が沢山あると受け止められています。
迷ったり、悩んだ時はとにかくチャレンジ!の精神で動いていると

新しいアイデアが浮かんできます。

 

入塾当初は誰かのプロジェクトのメンバーにさせて頂いて
将来について考えようと思っていました。
やる気に満ち溢れる同期の方々を見て
「凄いなぁ。最後までついていけるかなぁ」と感心していたのですが…
気づいたら自分がプロジェクトリーダーになっていました。

 

過去から現在の自分と向き合い、熟考する場を設けて頂いたお陰だと思っています。
本音で語り合える仲間とも出会うことができました。
今の自分があるのは、一新塾で素晴らしい同志との出会いがあったからこそです。


自分の描くビジョンの実現に向けて、より一層、仕事・働くことを軸にした
地域コミュニティ作りに力を注いで参ります。

 

 

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商店街でキャリア教育を学べるコミュニティづくり!「Good Village」代表の吉村まふみさん(一新塾OG)!

商店街でキャリア教育を学べるコミュニティづくりを目指す市民団体

「Good Village」代表の吉村まふみさん(一新塾39・41期)

が主催されたイベントを「タウンニュース」でご紹介いただきました!

 

■「タウンニュース」

https://www.townnews.co.jp/0114/2019/01/17/465635.html

 

 

◎一新塾最新刊「人生と社会を変える根っこ力 政策提言・社会起業・市民活動」

誰もが志を生きる市民のガイドブックです。
http://www.isshinjuku.com/03bosu/b_issryku_book.html

 

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塾生活動レポート『Field for citizen〜市民の絆で荒廃農地をゼロへ』一新塾OBの小池勉さん!

 

今回は、一新塾第37期・第39期の小池勉さんのメッセージをお届けいたします。
小池さんは、2015年11月に一新塾に入塾され、「フィールド・フォー・シチズン」
プロジェクトを立ち上げ、神奈川県秦野市を現場に、一新塾の同志と共に活動を
開始されました。

2016年秋に、地元の農家の方に1反の農地をお借りすることができた小池さん
は「柳川名水でつくる田んぼプロジェクト」を始動。数年間放棄されていた
田んぼで有機栽培の米づくりにチャレンジ。1年目の2017年は260Kgを収穫。
2年目の2018年は385Kgを収穫されました。

市民の絆で荒廃農地をゼロを目指す小池さんの志を生きる挑戦をお伝えさせて
いただきます。

 

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塾生活動レポート

『Field for citizen〜市民の絆で荒廃農地をゼロへ』

一新塾37期・39期東京本科 小池勉

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●主体的に生きられない

50歳を目前にして、主体的に生きられない自分。モヤモヤした気分を何とかしたい。
そんなとき偶然に一新塾の存在を知り、説明会に参加しました。説明会で、
「すべての人たちは志を生きられる」という言葉に感動して、この塾は自分の
ためにあると確信、2015年11月に入塾、秦野から一新塾のある田町まで2時間以上
かけて通いました。


●絆をつくる

入塾後に 〜Field for citizen〜 というプロジェクト(PJT)を立ち上げました。
我々が選んだ活動場所は、昭和の田園風景が残る農村地帯である、神奈川県秦野市柳川。
PJTのビジョンはこの地域の素晴らしさを伝え、荒廃農地を解消し、地域に多く
の市民が訪れることで、人や物そしてお金の循環を作り、皆が絆とウイン・ウイン
の関係をつくることです。


●柳川の今

近年は農業に従事する人も減り、年々、荒廃農地が増え続けています。また、
高齢化や少子化問題にも直面しています。地元の方々も様々な地域活動を通じて、
荒廃する農地の解消に取り組んでいました。しかし、その後も柳川の荒廃農地は
増え続けました。


●荒廃農地を何とかしたい

10年ほど柳川で農地を守って活動している先輩と、柳川を一望できる高台で話
をした時のことです。「この10年で柳川にずいぶんと荒廃農地が増えてしまった。
荒廃農地を何とかするには、とにかく人が必要だ。」と話していました。私には
この話が、強く印象に残りました。人を集めないことには、荒廃農地の問題は解
決しないのです。


●転換点

「柳川の荒廃農地をゼロにする。」そんな強い気持ちを持ってはいても、
となりの地区に住み、よそ者である私が、農地を借りることは容易なことでは
ありません。それでも、PJTを通じて創り出すビジョンを伝えていくうちに、
ようやくPJTを理解してくれる人物と出会うことが出来ました。地域の方々と
の思いを重ねていく中で、この柳川の素晴らしい風景が100年後も続いていくように。
我々が、農村部と都市部の架け橋となることを決意しました。そして2016年の秋に、
地元の農家の方から1反(1000平方メートル)の田んぼを借りることが出来たのです。
荒廃農地ゼロを目指して「柳川名水でつくる田んぼPJT」のスタートです。


●環境に優しい田んぼへ〜一年目の挑戦

柳川の地は環境省の全国名水百選選抜総選挙で1位となった湧き水が流れ、
初夏にはホタルが舞います。絶滅危惧種である、アカハライモリやホトケドジョウ
も見られるなど豊かな自然が残っています。私自身、田んぼでお米をつくった経験
はありませんでしたが、PJTメンバーを中心に、地元の農家の方々や、職場の
稲作担当の普及員の協力のもと、柳川でのお米つくりが始まりました。

数年間放棄されていた田んぼで、自然環境に影響を与える化学農薬や除草剤を
使わず、有機栽培という一年目からハードルの高いお米つくりにチャレンジしました。
6月には40名もの田植えボランティアと共に、お米の苗を手で植えました。

しかし一年目の田んぼはトラブルが続出しました。除草剤不使用のため、毎日
のように田んぼにはびこる草と格闘しました。また、自然の猛威にも苦しめられ
ました。台風では稲が倒され、毎日のように現れるイノシシに、防獣ネットを食い
破られ稲が踏み倒されました。収穫の時期には雨にたたられました。鎌を使っての
稲刈りはひと月かかりました。

多くのトラブルに見舞われたにも関わらず、PJTメンバーや地元の農家の方々の
協力で、お日様で丹念に干したお米を、260kg収穫することが出来ました。
そして1反(1000平方メートル)の耕作放棄地が田んぼに甦ったことが、
何よりの収穫でした。


●二年目の挑戦

田んぼPJTは、一年目に苦しめられた様々な問題に対する対策を徹底しました。
反省会で浮かび上がった五つの大きな問題点は、

(1)苗が小さく植え付けに苦労した。
(2)除草剤不使用のため草が大発生した。
(3)イノシシ侵入防止用のネットを食い破られ稲が踏み倒された。
(4)お米の収穫機械が無かったため稲刈りが大変だった。
(5)田んぼの排水溝が詰まっていたため田んぼの水はけが悪く作業性が悪かった。

これらの対策のため問題点の改善に取り組みました。

(1)苗を大きくするため、タネのまき時期を早めた。
(2)田んぼを深水とすることで、除草剤不使用でも草の発生をかなり抑えることが出来た。
(3)イノシシやシカの侵入を防ぐために電気柵を設置した。
(4)収穫用の機械(バインダー)を購入した。
(5)田んぼの排水を良くするために、詰まっていた田んぼの排水管を清掃した。

このように、問題をひとつひとつ解決することにより、二年目の田んぼでは
前年の1,5倍の385kgのお米を収穫することが出来ました。そして何よりも
田んぼを通じて地域との絆が深まっていきました。


●フィールド・フォー・シチズン

これまでの二年間は、柳川のご先祖さまが大切にしてきた、田んぼをお借り
する訳ですから、とにかく無我夢中でお米つくりに邁進してきました。メンバー
からは田んぼのことばかり考えていて、近視眼的だと揶揄されたこともあります。

ただPJTの目的は、荒廃農地の解消を通じて地域に多くの市民が訪れ、
人や物そしてお金の流れを作り出し、絆とウイン・ウインの関係をつくることです。
今後はメンバーも増やし、田んぼ以外のPJTも立ち上げ、スピード感を持って
荒廃農地の解消に取り組むことが求められます。我々の団体「フィールド・フォー
・シチズン」は任意団体であり、市民が楽しく活躍する場を提供することを目的
としています。地域の自然を生かした環境にやさしい市民が楽しめるPJTを
増やして、荒廃農地ゼロを目指します。


●今後の展望

活動が二年目に入る「柳川名水田んぼPJT」そして、「真竹を食べよう」竹林
整備PJT、「地ビールを飲もう」ビール麦、ホップつくりPJT、落ち葉堆肥を
つくろうPJTなどが現在進行中です。これからも、「シイタケを食べよう」
原木シイタケつくりPJT、有機栽培でサツマイモをつくろうPJT、田んぼで
案山子まつりPJT、なども計画中です。このように荒廃農地を活かした市民参加型
の楽しいPJTは次々に立ち上がっています。

今後は、FB、地元のタウン誌への掲載により都市部の市民、近隣の自治会、
小中学校、大学生ボランティアなど広く呼びかけを行い、自然とふれあう仲間を
増やしていきます。そしてPJTに参加するメンバーが、PJTリーダーとなり、
多くの荒廃農地が、我々に多くの絆をもたらしてくれる日を目指してこれからも
楽しく活動を続けていきます。

 

 

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東京・大阪・名古屋・仙台・通信で学ぶ「志を生きる人生へのギアチェンジ」
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『COMMUNITY CAFE & PUB 時々 SPA PROJECT』

今回は、一新塾38・40期生の柿沼靖さんのメッセージをお届けいたします。
 柿沼さんは都内で働くサラリーマンとして活躍されながら、埼玉県羽生市
の実家で認知症のお母さまを老々介護されているお父さまに思いを寄せて
『COMMUNITY CAFE & PUB 時々 SPA PROJECT』を立ち上げました。

家族が認知症になっても誰も苦しまない、安心して認知症になれる街に
羽生市をしていきたいとのビジョンを掲げ、2018年3月に羽生市の実家の
茶室「游庵(ゆうあん)」を活用した認知症カフェを開催されました。
 
 多忙な仕事の合間を縫って活動される柿沼さんの志を生きる挑戦を
お伝えさせていただきます。

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塾生活動レポート

『COMMUNITY CAFE & PUB 時々 SPA PROJECT』
〜多世代の游び場 茶寮「游庵」(ゆうあん)を
 埼玉県羽生市に開設することを目指すプロジェクト

                一新塾38・40期東京本科
                       柿沼 靖
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●何か行動しなければ

 私は港区の不動産会社に勤務するサラリーマンです。
さいたま市に住んでおりあまり自己主張しない普通の会社人間でした。
実家は埼玉県羽生市ですが、ほとんど帰らず無関心でした。
このままでは成長できず、世の中の流れから取り残されると危機感を持ち、
何か行動しなければいけないと感じました。

 その頃、一新塾が実際にプロジェクト立ち上げをサポートしてくれる
ということ知り、ここならビジネススクール以上のものが学べるのではないか
と思い2016年5月に入塾しました。


●老々介護

 埼玉県羽生市の実家に住んでいる私の母は要介護度3の認知症であり、
父が介護しています。

 母は食事・着替え・トイレ・入浴が一人ではできず、父が母を老々介護しています。
父は介護のため2年前、地域の老人会会長を辞め、趣味を諦め、旅行も行けず、
近所付き合いをする余裕もなく、精神的に煮詰っている様子でした。

 プロジェクト立ち上げの動機は、認知症である母の介護が更に重くなっても
父が自分の人生を生きられるようにしてあげたい。父のため地域交流の場所を
作りたいと思ったことです。


●安心して認知症になれる街に

 現在は家族の誰かが認知症になるとその方を介護する家族の負担が重くなります。
毎日新聞の調査によると自宅で介護している方の約7割が肉体的精神的な限界を感じ、
約2割の方が介護疲れから殺人・心中を考えたことがあるというショッキングな
結果が報告されています。地方自治体の財政負担も益々重くなることが予想され、
認知症が増えれば皆が不幸になり苦しむといのが社会の現状です。

 この現状を変え、家族が認知症になっても誰も苦しまない、安心して認知症に
なれる街に羽生市をしていきたいと考えました。


●プロジェクトがスタート

 羽生市に認知症カフェを立ち上げ、地域交流、多世代交流の拠点とする
と共に両親の癒しの場とすることを決意しました。このプロジェクト名が
「COMMUNITY CAFE & PUB 時々SPA PROJECT」です。

 一新塾のメンバーを得て、プロジェクトがスタートしました。
まずは、都内やさいたま市でイベントを実施することにし、ノウハウを得た後、
羽生市でやることにしました。


●認知症カフェ開催

 2017年2月には、品川区五反田のレストランで認知症カフェを開催。
「行けば元気になる明るく楽しい認知症カフェにしよう」という意見がメンバー
と一致し、既存の認知症カフェとは異なるイベントを実施することにしました。
立ち上がったばかりでまだ地域で認知されてない私たちの活動でしたので、
集客のためにチラシを配布したり、有給休暇を取り公共施設を訪問したりして
かなり頑張りました。参加者は24名。介護者の他、五反田の商店街に住む
認知症に関心がある高齢の方が多く集まりました。

 プログラムは、まず民生委員の方から認知症と介護の話をしてもらいました。
その後、語学学校のフランス人の先生にフランス映画の名場面を例に歳を
取っても魅力的に生きるフランスの女性の生き方を説明していただきました。
そして、フランス語と日本語で「オーシャンゼリゼ」をみんなで歌いました。
最後にフレグランスアドバイザーの方が用意された香水を嗅ぎ、香りは記憶を
呼び覚ます力があるという話を聞きました。 「明るく楽しい」にこだわりましたが、
イベントの内容が魅力的なら集客はできるということが実証できました。

 2017年4月には、さいたま市南区の「ヘルシーカフェのら」で認知症カフェの開催。
7名が参加。最初に地域包括支援センターの方に認知症の話しをしていただき、
その後、BBCのコメンテーターでもあるイギリス人の英語の先生に映画
「ローマの休日」の映像を見ながらオードリーヘップバーンのスキンシップ
の話や欧米夫婦のコミュニケーションの大切さについての解説もしてもらいました。


●本丸である実家のある羽生市で認知症カフェ

 2017年6月以後も一新塾40期OBOGコンサルティングコースを継続し、活動を
続けることにしました。目的は、本丸である実家のある羽生市で認知症カフェを
開催することです。

 最初に羽生市役所の高齢介護課に相談し、次に社協のボランティア団体として
「COMMUNITY CAFE & SPA PROJECT」を登録しました。そして拠点となる場所探し
を始めました。

 できればオシャレな場所で開催したいと考えていましたが、田舎なので適切な
場所がありません。悩んだ結果、実家の茶室「游庵(ゆうあん)」で開催すること
を決めました。母が数年前までお茶を教えており実家にたまたま茶室があったことと、
父が外出を面倒臭がっており自宅を認知症カフェにすれば人が集まり、話す機会も
作れると思ったことが理由です。


●認知症カフェのイメージ

 介護する家族の方は茶室で抹茶を飲んでリラックス。
認知症当事者の方はリビングでスタッフがお世話します。
介護する家族の方には介護のことを忘れていただきたいので別室の茶室で過ごしていただきます。

 2018年3月に、実家の茶室游庵で認知症カフェ「抹茶と和菓子で寛ぐ癒しと閑談の茶寮」
を開催しました。一新塾OGと親戚及び大学時代の友人に手伝いを依頼しました。
お茶のお点前は以前の母の弟子でもある親類の奥さんにお願いすることにしました。
茶室で練り菓子を食べ、抹茶を頂きその後、リビングに移りました。そして、介護の
悩みとその解決方法について話しました。殆どの方とは初対面でしたが、皆さんが
率直に日頃の介護の悩みを話して下さる雰囲気が作れました。ケアマネージャーも
いらしたので、的確なアドバイス も頂きました。

 参加者は8名。参加者は母が通っている介護施設の利用者のご家族の他、父や母に
久しぶりに会おうとやってきた知り合いの方もおり、自宅で認知症カフェを開催した
意義を実感しました。参加者の感想でも「これまで羽生市の認知症カフェはボラン
ティアの方が演奏を披露したり、皆で歌を歌ったりするばかりで参加者同士の交流の
時間はなかったので今回のように交流の時間を持てて良かった」と言って下さり
やはり一方通行でないイベントは満足度が高いということが実証できました。


●今後の目標は

【小目標】:地域交流(REGIONAL EXCHANGE)
 徒歩・自転車圏内の方との交流を再び実施します。
 埼玉県羽生市内の高校茶道部と協力し認知症茶寮を開催したいと考えています。
介護者にとっても若い人との交流によって介護を忘れ元気をもらえるのでWINWIN
の関係になると思うからです。

【中目標】:世代間交流(INTERGENERATIONAL EXCHANGE)
 介護タクシー等の外出支援、足湯体験、野菜収穫体験、小学校・中学校の部活応援、
認知症の方の事業承継、相続の相談を考えています。介護者が地域のことや昔の
遊びを教えたりして子供と接することにより介護のことを一時でも忘れる効果も
あるのではと考えています。

【大目標】:国際交流(INTERNATIONAL EXCHANGE)
 羽生市は藍染が特産です。地元の藍染作家の協力を得て認知症当事者及び
ボランティアと共に藍染の作品を販売し、魅力を世界に発信できないかと考えています。
またアメリカやヨーロッパの認知症カフェや羽生市の姉妹都市であるフィリピンの
バギオ市の介護施設とスカイプ等を通じて交流するイベントを開催し「游庵」を
国際交流のプラットフォームにするのが大目標です。介護の体験を世界の人と共有
することができますし、また英語を使って会話することにより脳を活性化させ介護者
自身の認知症予防に役立てたいと考えているからです。
「田舎であっても多世代の国際交流ができる街それが羽生」を目指します。

 

 

■誰もが志を生きられる一新塾(2018年11月4日開講)

体験セミナー&説明会は残りわずか!

10月24日(水)19:30〜21:45

10月27日(土)15:00〜17:45

ご予約はこちらへ

http://www.isshinjuku.com/


『シャイニング・キッズ・ファミリー』

 今回は、一新塾39・41期生の山北千束さんのメッセージをお届けいたします。
 山北さんは、お仕事では、外資系の法人でウエディングプランナーとして
ご活躍をしながら、仕事の傍ら、都内の児童養護施設で遊びや学びの
ボランティアとして10年間携わってこられました。

 2017年10月に、今を生きる子ども達に寄り添いながら、社会全体で子ども達を
応援し、必要なサポートを考えていく団体『シャイニング・キッズ・ファミリー』
をスタートさせました。

 山北さんの志を生きる挑戦をお伝えさせていただきます。

◆◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆◆

塾生活動レポート

     『シャイニング・キッズ・ファミリー』

                一新塾39・41期東京本科
                       山北千束
◆◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆◆


 生まれや育ちの環境の格差で子どもが未来を諦めてしまう現状を打破したい。
どんな子どもも自分なりの幸せを感じて前を向いて人生を歩めるように。


●注目が集まった目黒の虐待事件(社会の現状)

 目黒の幼児虐待死を受け、虐待の問題に人々の注目が集まりました。
悲しいニュースのその陰で、全国で約3万6千人の子ども達が、育児放棄を含む、
虐待、親の病気、貧困、親の服役などの理由で、親と離れ、社会的養護を受け
ながら暮らしています。

 その子ども達は、どの様な気持ちで、どこに向かいどうやって育っていくのか?
社会的養護の“社会”にいる私達に何ができるでしょうか?


●私の生い立ち

 仕事は、外資系の法人でウエディングプランナーとして、たくさんの新しい
家族の誕生を見届けています。国や文化、習慣や宗教も越えて家族になって
いく人々のドラマを受け止める事は私にとって深い学びに繋がっています。

 私自身は、愛に溢れた家族の中で育ちました。家族と過ごす時間が何よりも
大好きでした。末っ子ので人に甘えてばかりの幼少期。しかし、アメリカで
過ごした学生時代にステップファミリーや、フォスターファミリーなど、家族
には様々な複雑な形があり、それが機能している事を知りました。

 日本に帰国後、しばらくして母を突然の病気で亡くしました。太陽のような
母に照らされていた家族が、暗闇に包まれたようでした。心にどう折り合いを
つけて暮らしていけばいいのか、わからなくなりました。


●児童養護施設との関わり

 そんな時、親と暮らせない子ども達が生活する、児童養護施設の存在を知りました。
社会貢献に興味があった訳ではなく、子ども達がどんな理由でそこ来なくてはなら
なかったのか、どんな気持ちで日々を過ごしているのか、育っていく過程やその後
を知りたくなり、仕事の傍ら遊びや学びのボランティアとして、関わるようになりました。

 元気に走り回る子ども達の澄んだ目の奥には、隠した寂しさが透けて見えました。
ふとした時の言動に、背負わなくてもいい、たくさんの問題を抱えながら生きている
現実が浮き彫りになっていました。

“この子達に本当に必要な支援は何か?
一時的に笑顔にする、絆創膏のような支援ではなく、もっと深いところで子ども達の
長い人生に関わっていかないと、解決には繋がらないのではないか?”と思い始め
ました。しかしながら社会の問題が複雑に絡み合っており、私なんかには、到底解決
できないと、子ども達を前にして自分の無力さに歯がゆい思いを募らせていました。

 じっくりと10年携わると、子ども達ひとりひとりの特性や困りごとも見えてきました。
ただの『ボランティアさん』ではなく、家族ではないけれど『いつもそばにいる人』と
認識されるようになりました。また施設との信頼関係も強まり、相談事を打ち明けて
下さるようになりました。


●子ども達に教えられた事

 家族の始まりを見せる気持ちで、子ども達を招き、児童養護施設内で
自分のささやかな結婚式を挙げさせて頂きました。子ども達が内緒で練習した
『君は愛されるために生まれた♪』という歌を披露してくれました。
私は、はっとしました。子ども達への支援をする事ばかりを考えていましたが、
彼らはすでに大切なものが見えていたのです。辛くても前を向き、人を想い人を
愛する、子ども達はそんな強さも兼ね備えているのです。
子ども達の持つ魅力、エネルギーを社会の人に伝えていこうと決心しました。
そして、一人でも多くの人が社会の子ども達を皆で応援し、育ち合っていく意識
を持てるような、活動に繋げていきたいと思っています。


●一新塾が気づきをくれた

 ライフワークの活動では、簡単には解決できない問題を小さな子どもが抱えて
生きているという現実に直面しました。一方、仕事では、人生の大きな節目「結婚」
に関わり、人が人を想う温かい気持ちに触れてきました。結婚する時に実感する
幸せをほんの少し必要とするところに「シェア」出来る仕組みを作りたいと思い、
一新塾の門を叩きました。

 一新塾に入り、自分の覚悟を試しながら、直球だけではなく多方面からの
アプローチの必要性を知り、活躍している講師・先輩方からのアドバイスや、
同志からの叱咤激励が、背中を押してくれています。仕事をしながらの活動は、
なかなか進まなこともあります。
そこで、仕事、家庭、一新塾、シャイニング・キッズ・ファミリーをバランス
よく分けて考えるのではなく、自分の人生の中に、マルっと全てを繋げて活動する
ことを意識しています。視野がグンと広がって新しい発想が生まれるようになりました。


●『シャイニング・キッズ・ファミリー』をスタート

 私は、今を生きる子ども達に寄り添いながら、社会全体で子ども達を応援し、
必要なサポートを考えていく団体『シャイニング・キッズ・ファミリー』を
スタートさせました。

 施設にいる子どもたちが生まれた場所はそれぞれです。
しかし、子どもによっては16年も施設のある地域で生活をしていくことになります。
子ども達のふるさとになる地域の皆で、子ども達を守り育てていく事が当たり前
になるように。そんな想いで『心のファミリー』を増やす活動をしています。

 施設を退園すると社会的養護の枠から外れ、子ども達は自立の道を歩みます。
退園後も、心配事があれば気兼ねなく『心のファミリー』にSOSを出せるような
距離感を保ちながら、進学、就労、生活、プライベートに関しても相談できるよう、
長いスパンで見守っていく事を私達は目指しています。


●子どもの“ふるさと”には愛がある

 施設のある赤羽の人たちは、自分達の大好きな街を皆で一緒に魅力ある場所に
しようという動きが活発です。

 施設の子ども達の存在を知って貰う為、地域の皆さんに向けたイベントを
開催したところ、『施設の存在や子どもの現状を知らなかった。』
『我らの地域の子ども達を応援しよう!』とたくさんの方に賛同頂きました。
今までは、なんとなく触れづらい、閉鎖的な場所であった児童養護施設に人々が
注目し始め、何が今必要なのかを皆で一緒に考える、そんな風が吹いてきました。

・商店街のお店や病院にパンフレット募金箱
・北マルシェにPRブース
・街の人が児童養護施設に足を運んで頂けるイベント開催
・シャイニング合唱団を結成し、子どもの澄んだ歌声を披露
などを実施してきました。

また今後は、
・地域のお母さん達のネットワークと一緒に子どもの未来を考える
・地元の商品を活用した寄附商品の開発
などさらに人々からの理解がより増える事を目指します。


●子ども達が傷ついた心を癒し回復するための『サローネ』再建設プロジェクト

 老朽化の為、建て壊しの決まった児童養護施設の『サローネ』というホールの
再建設を目指しています。

 イタリア語で集う場という意味のサローネ。ここでは、歌ったり、音楽を
奏でたり、踊ったり、アートに触れたり、スポーツをしたり、伸び伸びとした
自分なりの表現が発揮でき、自己肯定感を上げる大切な場所として、施設に
併設されています。

 クリスマスには、全子ども達、全職員スタッフが一丸となって、生誕劇を
300名の前で上演します。オーディションを受けて配役が決まり、学校が終わる
とサローネに集まり、何度も何度もセリフや動作を練習します。高校生になると、
大道具や照明、音響などの裏方に回って劇を盛り上げます。

 その他、退園した子ども達が、年に1度集まるサローネは、懐かしい仲間に
会える、子ども達のふるさとの役目をはたしています。余談ですが、生前の
マイケル・ジャクソンもこの赤羽にある『サローネ』を訪れ、子ども達に愛を
伝えてくれました!

 サローネは、生活の場所ではないため、公的な資金で賄えず、寄附を募って
います。一定の寄附を頂く方には、お名前やメッセージをプレートにして、
サローネに刻んでいく事を考えています。


●地域を越えた活動

 児童福祉問題を多角的に見ながら、海外の方と議論をする事も、新しい発見に
繋がります。現在は、広尾にある、西町インターナショナルの社会貢献の授業
の中に、児童養護施設の子ども達との触れ合いを組み込んで頂くことになりました。

 また、寄附を募る際に、使用目的を明確にすることで、支援者が増え
『子ども達の夏の合宿』を実現する事が出来ました。今後も大使館や外資企業
の皆様との交流をしながら、子ども達への支援の質を上げることに繋げています。

 公的な資金内で、特性の違うこどもひとりひとりのケアをすることには限界が
あります。注目度が上がり、たくさんの人の理解と人手、モノ、資金的な支援が
入ることでその一人一人に、適切で丁寧な対応ができるようになります。
それは、子ども達が大人になった後にも大きな影響を与える程大切な基盤となります。


●時代と共に子どもの成長に寄り添う

 子どもを取り巻く環境は年々複雑さを増しています。
 シャイニング・キッズ・ファミリーは、いつも子どもと寄り添い、子どもを
いつも真ん中に置く事を意識しています。厚生労働省の新しい養育ビジョンへの
議論も活発化しています。私達はたくさんの『心のファミリー』と手を組みながら、
どんな育ちの子ども達も、自分なりの幸せを感じて生きていけるような、
愛のある社会を広げていきます。

 

 

■誰もが志を生きる一新塾(2018年11月4日開講)

<東京・大阪・名古屋・仙台>

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ささえあう社会への、はじめの一歩「まずは ごはん」出版!一新塾OGの徳丸ゆき子さん

一新塾卒塾生の徳丸ゆき子さん(https://www.isshinjuku.com/student/index.html#tokumaru)は一新塾大阪地域科で学ばれました。卒塾直前に2013年5月24日大阪市北区のマンションで母子の餓死の可能性が高い遺体が発見される事件。「悲劇を繰り返したくない」と事件の翌日「大阪子どもの貧困アクショングループ」を設立されました。このたび、NPO法人CPAO理事長になられ、これまでの活動を出版。活動に関わる心あるたくさんの方々の言葉、実際に子どもに作られてきたごはんのレシピもあり、素晴らしい本になっています。(徳丸さんは一新塾本にも執筆くださっています。)

 

【書籍】ささえあう社会への、はじめの一歩「まずは ごはん」 企画・編著:CPAO 徳丸ゆき子(1500円+税)
第一章:つながる
第二章:つなげる「まずはごはん」
(子どもたちが選んだ人気レシピベスト10)
第三章:つなげる「ひと・もの・お金・制度」
第四章:ともにいきる 対談

 

 

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一新塾講師の湯浅誠氏(社会活動家)の2008年の「年越し派遣村」の振り返り記事。

一新塾講師の湯浅誠氏(社会活動家)の2008年の「年越し派遣村」の活動によって何がおこったかと振り返る記事。社会の問題解決は1人の方がまず気付き、動き、見える化する。

 

▶【平成クロニクル(10)】年越し派遣村(2008年大晦日から翌年正月) 「貧困」の見える化
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180824-00010000-socra-soci


★社会の課題解決を自分だからこその「志」で!
「社会起業」「政策提言」「市民活動」の技術を講座・ワークショップ・個別コンサルティングで体得できます。
仲間と共にスキルを体得できる学校です。
一新塾「体験セミナー&説明会」 東京(水・土)・大阪(9/29)・名古屋(9/30)・仙台(9/9)。ご予約はHPから。11月4日開講!
https://www.isshinjuku.com/

 

★【一新塾書籍 講師と卒塾生45人の志から学ぶ】
「人生と社会を変える根っこ力〜政策提言・社会起業・市民活動」
湯浅誠さんにも執筆頂いています!
https://www.isshinjuku.com/03bosu/b_issryku_book.html


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