一新塾理事&1期OBの前澤哲爾さんのことが、8月8日の朝日新聞(夕刊)に掲載されましたので共有させていただきます。
https://www.asahi.com/articles/photo/AS20200808001228.html

 

「刺激を受けた受講生が地元に帰り、FC設立のきっかけを作ったこともある。」
こちらは、富士市のFC設立に奔走された元富士市議会議員の岡村義久さん(一新塾OB)のことです。当時、前澤さんに親身にご相談に乗っていただいたそうです。

 

新しい時代を拓いてゆくために、
前澤さんの志をしっかり受け継いで、
精進してまいりたいと思います。

 

 

2020年8月8日 朝日新聞 夕刊

『地方で撮影、広げた誘致の輪』

 

(惜別)前沢哲爾さん 
全国フィルム・コミッション連絡協議会の元専務理事

 7月1日死去(肝臓がん) 69歳

 

 映画、ドラマなどの撮影誘致や支援をする非営利団体フィルムコミッション(FC)を全国に広めた立役者の一人だ。
2000年にFCの設立に向けた研究会を作り、翌年には全国フィルム・コミッション連絡協議会を立ち上げた。

 

 日本で最初に国際フィルムコミッショナーズ協会の正式会員になった「神戸フィルムオフィス」の元代表、田中まこさん(65)は「前沢さんの呼びかけで連絡協議会ができ、日本のFCが一気に増えた」と振り返る。FCはいま、全国で300団体を超えるとされる。「私は各地で誕生したFCのお世話をするお母さん役で、前沢さんは物おじせず開拓していくタイプだったので、お父さんみたいな存在だった」。映画が自由に作れる環境を整え、地域の魅力を発信したいという目的は共通していたという。

 

旺盛な好奇心と行動力で訪問した国は135カ国。FCの先進事例も見聞し、政策学校「一新塾」では講師として実例を紹介した。刺激を受けた受講生が地元に帰り、FC設立のきっかけを作ったこともある。

 

元はソニーグループの社員。
ハイビジョンの利用促進などを担当して人脈を築いた。
同じ群馬県出身の映画監督、小栗康平さん(74)もその一人。
県の全面協力で「眠る男」を制作した後、親交が深まった。
「僕は都市や撮影所中心のヒエラルキーと離れて、地方で映画を捉え直したかった。FCについての彼の考え方とも近かったと思う」

 

晩年は「自分の現場を持ちたい」と山梨県立大の教員に。学生とロケ地を探し歩き、映画監督を交えた車座の席を数多く設けた。ドキュメンタリー映画を制作したり、地元FCの担当者になったりした教え子もいる。

 

「いい人脈は不思議な見えない力でどんどんつながっていく」そんな自説を体現した人だった。
(平畑玄洋)

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