こちらは、2016年秋に、急性骨髄性白血病で慶応義塾大学病院に入院されていた時の写真です。
翌年3月に退院され、その後は、白血病を再発することもなく、本当にお元気で、毎月のように海外を訪問し、一新塾での講義や指導も溢れるエネルギーを注いでいただいておりましたので、6月にご連絡をいただいた時は、本当にびっくりいたしました。

 

前澤哲爾さんがお亡くなりになる3日前に、お電話で、
毎年、一新塾講義で語っていただいた5年ごとの「脱皮人生」で一番印象深かったのはいつの脱皮だったのでしょうか、
とお尋ねさせていただきました。

 

「不惑の年の40歳なって、
これから何年生きられるのだろうかと思った。
それまでは会社の中だけで仕事をしていた。
これからは、会社だけではないなと思った。
一新塾の人たち皆同じこと考えていると思うんだけど。
会社の仕事とつながりある仕事をもっと広げちゃう、
与えられた仕事以外をどんどん広げてしまう。
自分の出来る範囲で。
それは、なぜかというと、
自分のやりたいことを残された人生で
どれだけできるかなと思ったから。
そこが一番の脱皮なんですね。」

 

前澤さんのお言葉です。
前澤さんは、ちょうど40歳を過ぎた頃に、平成維新の会に入会し、一新塾に入塾されています。人生の転機の方々が集う一新塾の場に、恐らく、ご自身の人生の転機と重ねられて、たくさんの塾生の背中を押していただいたのだと思います。

 

あるとき、前澤さんは、
「一新塾の教科書に!」ということで、一新塾本に原稿を執筆いただきました。

私は、何百回、読み返したでしょうか。
その都度、幾度となく、ハッとさせられました。


●“詰将棋“に“オセロゲーム”
●市民の顔と専門家の顔。

 

研ぎ澄まされた戦略が貫かれています。

小さなモデルを生み出し、綿密に準備されたステップで、
あっという間に全国に広げていく方法論。

 

私は、前澤さんの生き様、哲学、人付き合いの術まで、
この教科書に、すべてが入っていると思っていました。

 

「プロデューサーを育成したい」と語っていた前澤さんですが、
まさに、フィルムコミッションの実践で、
プロデューサーのモデルを示してくれました。
私を含め多くの人たちの志を生きる挑戦を後押しいただきました。

 

新しい時代を拓いてゆくために、
前澤さんの志をしっかり受け継いで、
精進してまいりたいと思います。

 

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