熊本の一新塾OBの大山真弘さんがTEDxKumamotoshiで

心理療法「内観」についてスピーチされ、You Tube に公開されました!

https://www.youtube.com/watch?v=4PN9A5daBM0

一新塾OGで映画監督の野田香里さんが、「上三原田の歌舞伎舞台」の資料を

後世に残そうと舞台の設営や操作の様子を映像に収めたDVDを制作され、

読売新聞で紹介されました。
http://www.yomiuri.co.jp/local/gunma/news/20161116-OYTNT50277.html


一新塾卒塾生のページに野田さんご紹介しています。

http://www.isshinjuku.com/student/index.html#simin

一新塾OGのやまもとまゆみさんが出版!やまもとさんは一新塾の大阪地域科で学ばれました。
やまもとさんは、発達障害児支援LOF教育センター(NPO法人)を立ち上げ、発達障害の子どもの発達を促すための学習支援や療育支援、ライフスキルの獲得など、その子が社会で幸せに生きていけるよう活動をされています。また、日本発達障害ファミリー支援協会(一般社団法人)では、発達障害を持つ子どもや、その家族を地域で継続的に支援するための人材育成にも力を注がれています。
https://www.amazon.co.jp/dp/4479783644/ref=tsm_1_fb_lk

 

一新塾OGの寝占理絵さんが代表をされているシングルマザーを支援するNPO法人「マザーリンク・ジャパン」の新聞記事です。
寝占さんは現在、岩手県陸前高田市で不登校や引きこもりの小学生のフリースクール「おひさまの家」開設準備に邁進中。

▶被災地で開設準備進む 岩手・陸前高田(web)
http://mainichi.jp/articles/20160910/k00/00m/040/011000c

 

 

※一新塾で「もやもや」を志に転換!http://www.isshinjuku.com/
説明会開催中:東京(水・土)・大阪(10/1)・名古屋(10/2)・仙台(10/10)

今回は、NPO法人発達障害児支援LOF教育センターを起業し奮闘されている
一新塾第23期大阪地域科(2009年11月卒塾)のやまもとまゆみさんの志を生きる
人生をご紹介させていただきます。

やまもとさんは、1993年から教育事業に関わり、のちに学習障害児への支援を
スタートする中で、発達障害児、その家族両方の支援の必要性を強く感じ、
本格的に活動を開始、2010年にはNPO法人格を取得。また支援者の育成も急務
とチャイルド・ライフ・サポーター(発達障害児地域支援員)の育成にも力を
入れています。

20年に渡る発達障害児、者を支援、100名を下らない子どもたちや若者が
LOF教育センターの独自の療育、あるいは支援プログラムにより、どんどん
発達し、成長していく現実を目の当たりにしているやまもとさんが目指す
社会ビジョンは「どんな個性もうまく混じりあう世界「Marble World」の実現」です。

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 塾生活動レポート

 『「Marble World」の実現へ』
 〜発達障害支援からうまれた独自の教育プログラムで社会を変える〜 

                    一新塾第23期「大阪」地域科 
                          やまもとまゆみ

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●異質なものを区分、隔離する日本

 単一的な学び、個性を評価されない日本の教育。
 日本の教育を変えることを多くの人が訴えているけれど、全く変わらず、
子どもたちがその犠牲となっています。日本には「発達障害」の効果的な
日本独自の療育プログラム、教育プログラムが開発されないという現実も
あります。異質なものを区分、隔離する日本の社会は世界が掲げるダイバー
シティから大きく外れています。


●私のビジョン

 起業当初は「発達障害」という言葉は、学校の先生ですら良くわからず
子どもたちを傷つけていました。そういうこともあり「ユニークが子ども
たちに、生きづらい大人に優しい社会実現を」が私のモットーでした。

 発達障害児と家族支援をずっと行ってきましたが、発達障害というのは
「中枢神経系の機能不全」が原因ですから、脳機能の改善、向上により
子どもたちがどんどん発達していくようになりました。脳機能の向上、
活性化と考えると決して発達障害児だけではなく全ての子どもや人に
とっても良い影響を与えるということが臨床を行っていてわかりました。
「発達障害児の子育て」も「普通の子の子育て」も何ら変わりがなことを
確信しました。

 全ての子どもたちがその可能性を最大限に延ばし、幸せに生きるための
選択ができる社会になってほしいと思います。そのためにも子育てという
大変なことを保護者だけに責任を負わせるのではなく社会全体として取り
組み、現代社会で孤立する子育て世代の保護者の人たちが安心して子ども
を産み育てることができる社会にしなければならないと思います。

 私のビジョンは、個々の個性を尊重し、どんな個性もうまく混じりあう世界
「Marble World」の実現です。


●偽りの価値観で育てられる子ども

 根本原因は、多種多様な個性が受容されず、尊重される教育環境や社会
環境が整っていないことです。また、子どもの人権が守られず、健全に
学び育つ環境が確保されていません。子どもはその子の人格、才能を
最大限まで発達させることを保障されているというのに。偽りの価値観
で育てられているのです。


●転機

 平凡な結婚生活を送り、2児にも恵まれました。そのうちの一人の子ども
がなんだか個性的でした。独学で「学習障害」「ADHD」「自閉症」など
の発達障害について学びました。時期を同じくして知人から発達障害を疑わ
れる不登校児の学習支援を頼まれ指導がスタート。そうこうしている内に、
元配偶者が事業(父から引き継いだ会社)を失敗させてしまいます。
そのことをきっかけに、様々な問題が起こり、とうとう離婚。二人の子ども
を引き取り育てなければならなくなりました。なんのキャリアも無くどう
生きていくかを模索しました。本当につらかった時期のことを考えると
そのつらかったことをプラスマイナスゼロにしたい。そうなるためには、
素晴らしい未来でなければプラスマイナスゼロにはならないと思い、
企業勤めではなく起業に踏み切りました。


●社会貢献事業に生きがい

 まず、起業をした時に学ぼうと思ったのは経営者の思考。
そして、自分がやりたいことを見つめなおし、それを実現するための道さがし。
そう、一新塾での学びもその一つでした。一新塾に入ろうと思ったきっかけ
は友人が教えてくれた一冊の本。一新塾OBの方の著書で田町の一新塾事務所
を訪れることになりました。そして、一新塾に興味を持ち、大阪でもその学び
の場があることを知り、入塾を決意しました。


 一新塾では、社会貢献事業であることの意味、意義。利益だけを追い求める
会社経営とは違う社会貢献事業に生きがいを感じ、その事業の達成感で自分自身
の心身のバランスの安定を保てるということに気づきました。一新塾にいた
子どもの教育に関心のある同志、同じ価値観を持つ同志と年齢、居住地域など
関係なく学びを深め、心で繋がりました。今も続く繋がりです。卒塾後も、
軸をしっかり持ってぶれずに事業を行ってきました。本当にコツコツだったけれど、
それが身の丈に合っていてよかったのだと思いました。そして、今もそれは
変わりありません。家族を守り、生きていくためにはその事業の進め方でなければ
ならないからです。そうしながらも時代より少し先を行く事業活動のおかげで
しっかりとした実績や経験が積み上がり今後も事業が広がり、現実的な生涯を
かけた夢が実現できる可能性も見えてきた今日です。


●人生をネクストステージに運んだ5つのアクション

第一は起業して自分のやりたいことを仕事にして生きていこうと決めたこと。
第二は事業を成功させるための「学ぶ」ができる場所を探し、そこで学んだこと。
第三は夢は「社会を変える」ということに決めたこと。
第四は田舎から都市に事業の場を広げたこと。
第五は常に時代の少し先を行く新しいことにチャレンジしつづけていること。

これからも、根っこでつながる同志とアクションし続けます。

※NPO法人発達障害児支援LOF教育センター
 http://www.lofkyoiku-center.com/

 

※ネクストリーダー養成学校

「一新塾」体験セミナー&説明会はこちら!

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2016年5月に第36期「大阪」地域科を卒塾された北原さとみさん。
北原さんは、ピアノ奏者やイベントコーディネーターとして音楽業界一筋で
30年ご活躍されてきました。

そして、活動の場である音楽を通じて、社会に何か貢献できないかとの思いで、
2016年3月に「谷町キッズポップフィルハーモニー楽団」を立ち上げました。
この夏は、「夏休みわくわく教室」を実施。音楽と触れ合う充実した夏を経験
した子ども達は、秋のイベントに向け、練習も熱心さが増しているそうです。

北原さんの志を生きる人生をご紹介させていただきます。

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 塾生活動レポート

    『「谷町キッズポップフィルハーモニー楽団」立ち上げ』

                    一新塾第36期 「大阪」地域科 
                             北原さとみ

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●演奏者からプロデューサーへ

 20歳の頃は、まだ漠然と留学に憧れているような自分だったと思います。
 友達の家のようにお金持ちではなかったので音大には行かず、自分でお金
を貯めてドイツに行こうかな、といったぼんやりとした夢で、決意というほど
のものもなかったと思います。当時のOLは手取りが10万程度の時代。就職を
する気にはなれず、したところでお金も足らない。演奏者で頑張ろうと思いま
した。元々頑張るのは苦ではありません。

 社会に出てすぐバブルだったと思います。大阪はホテル戦争という時代で
次々とホテルがオープンしました。スカイラウンジでの演奏、レストラン、
ブライダルなど、演奏の仕事は沢山ありました。20代中頃までは、演奏をして
いるかタクシーで移動をしているかの生活でした。一ヵ月のタクシー代は25万
になっていました。タクシー代の為に仕事をするようなものでした。その後、
オープニングの仕事、イベント、式典、展示会、フェスティバル、など様々な
ステージの仕事があり、27歳頃にはプロデューサー的な仕事を手掛けていくよう
になりました。

 しかし、30代になり、バブル崩壊。見た目は演奏や音楽で華やか
「趣味と実益が兼ねれてよい仕事ね」と何百回言われたかわかりませんが、
実際には、音楽を通じ他のホテルよりお客が来るように提案を求められ、
更に不況になるとホテルが潰れないようにする企画をしないと自分たちの演奏
の仕事がなくなる、というセールスを考えての仕事です。

 不況になった頃、幸いキャリアも10年近くあったので、音楽ステージのイベント
やコンサートを考案していく所からが仕事になりました。

 ところで、31歳の頃、ある社長さんが、「北原さんみたいな人が日本の将来を
支えてくれるなんて日本も捨てたもんじゃないな」と言って下さったのですが、
ナント!その31歳の私でさえ「このおじさん何言ってるんだろう。私日本なんて
支えてないし、政治家になんてならないし」と思ったのを強く覚えています。


●若手のデビューの育成

 若手のデビューの育成もやりがいある重要な仕事です。演奏力や歌唱力さえ
あれば仕事があるというものではありません。コミュニケーションやチーム
ワークも必要、管理力や責任感、見た目より体力も必要です。仕事の沢山出来る人、
オファーのある子を育てるのが私の役目です。
 
 育成のポイントは、本人の自己成長です。自分が成長し→成長するから仕事が
入る→そしたら収入になる。これを本人が実感した時にやりがいになり、成長
こそがお金で買えない財産とわかった時に、モチベーションがあがり仕事を継続
しようと思います。

 教育に関心が高まりやりがいとなったのは、多くのデビューを担ってきたからです。
それまで業界一筋の生きかたをしてきましたが、40代になった頃から、これまで得た
ノウハウをもっと社会に伝えていきたいと思い、執筆活動、講演会、セミナー、
トークショーなど、活動の場を広げていきました。

 その頃の私は、社会を支えるのは多くの人たちの力であり政治家だけではないんだ、
と変わっていました。その歳になり、31歳の時に社長さんが言っていた言葉の意味
を自分が違っていたんだ、と思う私になっていました。


●「谷町キッズポップフィルハーモニー楽団」を設立

 50代になり、たまたま出会ったのが一新塾体験セミナーでした。
 普段から、偶然の流れは導き、と捉えているので、入塾することにしました。
財団をつくって社会にお金を回し、奨学金制度や福祉、平和などこれまで仕事を
してきた知恵を活かして活動したいという計画が漠然と頭の中にありましたので、
入塾最初の半年はその壮大な活動を具体的にまとめていく作業をしていましたが、
入塾7か月目に突然それとは別に、楽器の演奏を通じて社会活動をする
「谷町キッズポップフィルハーモニー楽団」を設立することになりました。

 子どもたちには、音楽を通じ、演奏を通じて社会活動を行うことで、多くのステージ
を経験し、自分に自信を持ち行動や発言が出来る人になって欲しいと思っています。
さらに、自主性、仲間作り、チームワーク、責任感など子供たちの健全な成長を
サポートする楽団として、街の人たちからも支援をしてもらおうと患っています。
対象者は小学生〜中学生で、楽器は無料で楽団よりレンタルできます。非営利団体
なので、保護者の方の負担にならないよう全て低料金での運営。通常の演奏の練習
は週一回です。


●「夏休みわくわく教室」
 
 さっそく、設立の楽団員募集の作業と並行し、「夏休みわくわく教室」を企画
しました。大阪府警音楽隊のステージ見学、山本の能楽堂のワークショップ、
楽器工作教室、宿題教室、アフリカン太鼓のワークショップ・地蔵盆のパレード出演、
キッズマネー講座、など夏休みの過ごし方など、サポートできるようなプログラム
をのべ15日間実施。楽団員は全て参加費無料としました。夏休みの活動のための、
助成金申請、教育委員会後援の申請、ユニフォームの作成、町内会などへの広報活動、
学校へのPR、HP作成など全てを同時並行で実施していたため、かなりのハード
スケジュールでした。


●近い将来

 今は子どもたちも順調に集まり、初年度は20名程度にし、内容固めを重視しよう
という方針で現在進行中。いずれは、プロ野球選手やサッカー選手たちが子どもたち
と一日教室で交流しましたというような活動がニュースでありますが、近い将来
その音楽版として、大阪フィルハーモニー楽団と一日練習するというような計画を
実施したいと思っています。

 これまで、子どもたちとしゃべるなんて殆どなかったので、キッズとの会話が
私にとって新鮮で、とても楽しい日々になっています。半年間、突っ走ってきましたが、
形になってきたと思います。これは、これまで、音楽業界、イベント界、ホテル界
での経験をしてきたからこそ、そして、何より多くの人が気持ちをもって携わって
くれているからだなぁと、日々実感しています。

※谷町キッズポップフィルハーモニー楽団
 http://tanimachikids.jp/

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宮田久司さんは、名古屋地域科の卒塾生で12・22期で学ばれました。
大学を中退をされましたがその後
⇒ 広域観光推進団体 
⇒ 自治体で地域づくりと観光促進・国際観光交流 
⇒ 東日本大震災復興ボランティア 
⇒ 中国で岐阜県の誘客宣伝
⇒ 和菓子作り
⇒日本のお酒や食文化を守り伝える
International Sake Federation を設立。
果敢な行動力でチャレンジを繰り返してきました。

振り返ってみると宮田さんがずっと求めていた一本の軸が浮き上がってきます。
宮田さんの志を生きる人生をご紹介させていただきます。

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塾生活動レポート


『守るために伝える』

 

一新塾第12・22期「名古屋」地域科 宮田久司

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●清流と志野

 私の郷土に二つの誇れるものがあります。
一つは父の故郷、木曽川の支流にある付知峡の清流です。シベリアに抑留された過去を持つ祖父は、伊勢神宮の御神木の生育地でもあるこの地で木こりを生業としていました。

 もう一つ、私の育ちの故郷は、安土・桃山時代に一躍生産地として名を馳せた志野焼や織部焼、黄瀬戸、瀬戸黒といった桃山陶と言われる焼き物の産地でもあります。

 

●社会への疑問と関心

 小学生の頃、この美しい風景を持つ付知峡の川岸を、一部コンクリートで固める工事が行われました。必要性のないと思える工事、わざわざお金と手間をかけて自然の美しさを損ねる工事に、とても残念な気持ちにでした。思えば、社会への関心はその頃から芽生えたのかもしれません。

 昭和57年生まれの私は、小学生の頃にバブルが崩壊、成長するに従い社会の仕組みや慣習と、人本来の生活の質との方向性のギャップを、多感な時期に純粋な感性で受け取っていた気がします。

 一方で、批判ではなく創造によってのみ、そのような疑問に対しても意味を持つということを、成長過程で価値観として身につけていたことは財産です。

 

●地域振興の現場へ

 その後、大学の経済学部に進学しましたが、創造的な(妄想癖のある?)私は、90分の講義を聞くと実践したくなるアイデアがノート一杯に埋め尽くされてしまいます。しかし、実践の場は大学内では中々見つけられません。何か同質的な雰囲気も受け入れ難いものがありました。

 そんな時に、大前研一氏の『新・資本論』の巻末で一新塾の案内を目にし、入塾。当時、名古屋の塾生等で自主的な勉強会が開催されており、大人が真剣に議論し、構想の整理や、各位の取り組みの紹介、ブラッシュアップなど、熱意を持って集まっている様子に、「こういった環境を求めていた」と感じました。

 私自身も様々な現場に触れさせていただき、大学を中退、愛知県と岐阜県にまたがるエリアで広域観光を推進する団体に出入りさせていただき、そこで職を得ることができました。

 その後も岐阜県内の自治体で「地域づくりと観光促進」や「国際観光交流」といったテーマを担当させていただき、集中的に仕事する機会に恵まれました。

 

●自らが良いと思えるに足るものを

 しかしながら、向き合うほどに既存の事業との間にジレンマを感じたのもこの時期でした。単発的イベント、パンフレットやノベルティの配布、誘客のための宣伝や企画、こういったものにどれだけの意義と価値があるか?

 自分自身がそれらの取り組みに意義があると感じ、消費者として魅力的に感じるかと問いかけた時に、必ずしもそうではないと思いました。

 私は仕事を辞め、縁あって中国で岐阜県の誘客宣伝や投資家とアンテナショップ開設に向けた調査など行いましたが、手応えの実感がなく行き詰っていたところ、偶然、中国のあるカフェで隣りに座ったフランス人と親しくなり話をしていると、彼のPCからなんと「志野」の画像データが一杯。「素晴らしい」と話すのです。

 その時私は思いました。「自らが本当に良いと思えるものを共感できる人々とシェアしていくことの方が良いのではないか?また、こういった背景ある『モノ』やモノを通じた『経験』を提供し、関心や理解を深めていただいてから、個別で具体的な関心・理解に基づき意味ある訪問(旅行経験)をしていただいた方が良いのではないか?」。

 私は、アプローチの転換を決めました。

 

●日本酒との出会い

 日本酒との出会いは、広域観光推進団体に勤めていた頃に、某大学の相撲部と地域の酒蔵をつなげ、企画をコーディネートしたことに遡ります。

一新塾卒塾生 時が経ち、あるとき先の蔵から海外でのプロモーションについて相談が持ちかけられました。丁度、ルクセンブルクの友人から日本酒や商品を紹介したいという話を聞いている時でもありました。

 また、日本酒は、個人的に楽しい(美味しい)ばかりではなく、知れば知るほど、日本の魅力をモノやモノを通じた経験として伝えたいと考える時、日本の歴史、風土、農業や林業、環境、食文化(製造あるいは経験として)、生産者のクラフツマンシップ、さらにそれらを取り巻く経済、そして、国際的な共通課題や解決手段の共有、交流など、私自身が関心を持つ分野を網羅する、魅力ある象徴的な産品であり、触媒でもあると思い、日本酒に強い意味を感じました。

 

●International Sake Federation 設立

 欧州ではすでに多く出回ってる日本酒ですが、品質を判断する基準がなく、漢字のラベルが貼られた韓国産の醸造酒も日本酒と勘違いされてしまうなどの現状があります。また、製法や原材料などを含め、日本酒のクオリティを構成する要素は多様で、日本人でもわかりづらいという側面もあります。

 私たちは、単にボトルのデザインや味覚の印象だけに限るのではなく、「品質と伝統」を支える多様な背景を整理し、世界の人々に対し信頼に足る情報の提供と保証を行い、楽しみにつながる理解を助けると同時に、生産者に対しフィードバックを行う機関として、相談を持ちかけて頂いた蔵元や、先のルクセンブルク人らと意気投合し、ISF(International Sake Federation)を設立しました。

 日本酒は元来、郷土に根ざした地域固有性の高い産品であり、用いられる原材料や道具類は農業や林業、そして職人のクラフツマンシップによって支えられています。
また信仰や文化に根付いており、土地の食文化との深い関連性もあります。

 しかし、郷土の固有な資産としての日本酒と、土地の固有性の違いを楽しむ文化は、行政的に租税の道具としての位置付けが色濃く残っていた今日までは、十分に大切にされてきませんでした。
一方で、欧州では、地域によっては100年以上も前から地域の環境や自然の恵み(テロワール)に基づきワインや食品の固有性やそれを楽しむ文化を守り、社会的に価値づけをし、消費者に対する価値や価格に反映させる社会的環境が生育されています。

 日本のお酒や食文化についても、欧州と同様に、守り伝えるに足る価値があり、同時にそれを社会的に価値付けしていく気運や環境が必要であると感じ、ISFはその推進役を担うべく国内においては地域の蔵元や大学、小売酒販組合などの関係者らと啓発やブラッシュアップのための企画を、国外においては欧州でテイスティングイベントやセミナーなどの開催を行っています。

 まだ細々とではありますが、多様な背景に基づく日本酒の「クオリティ」に対する理解を深め、適正な品質のものを適正な価格で楽しんでいただくために、実績を積み重ねていきたいと考えています。

 

●つくり手としての「人」を伝える

 一方、私は現在個人事業主として、百貨店スーパーや酒販店において郷土に根ざした産品の催事販売や委託販売を始めています。(近く直販も開始予定です)

 各地の良いと思える物を見た場合に、そこには良いものを作ろうと考え、作る「人」の存在が大きな意味を持っていることに気づかされます。手を抜いたり、効率だけを考えた手法を採用することもできる中、そこで物事を判断し、良いものを作ろうと舵を切る「つくり手」の存在によって、郷土性に根付いた良品は支えられています。

 人に完璧は無いと思いますが、その判断や思い、志がより良いもの、文化や経済を生み出していく持続的な原動力になってくると考えます。

 かつて、中国での取り組みから撤退した後、和菓子作りをやった時期もありましたが、私は「つくり手」として不向きであることも解りました。また震災復興の際は「おのくん」のプロデュースに携わらせて頂くことができ、「伝え手」やプロデューサーとしての自身の強みに気づかされました。

 私は、より良いものを作ろうと志すつくり手と、それを理解・共感し購買する消費者とがつながり、不必要だと思えるもの(例えば効果が定かで無い上に美しい自然風景を損ねる護岸工事)ではなく、豊かで美しいと思える自然を背景に、価値あるものづくりを担う一人一人のつくり手が活きることで守られ、多くの人に価値と意味を持った経済として循環する、そんな輪の創造に貢献したいと考え、現在の取り組みに臨んでいます。

 

※ International Sake Federation(国際日本酒普及連盟)
http://kyuetsu.com/isf/

 

 

一新塾11月6日開講!【塾生募集中】 社会を学び志を発見し、社会起業・政策提言・市民活動の方法論で社会を変えませんか?
説明会、東京(水・土)・大阪(10/1)・名古屋(10/2)・仙台(10/10)
http://www.isshinjuku.com/

今回は一新塾OGの白根邦子さんに、志を生きるチャレンジの報告をいただきます。

白根さんは、障がい児者福祉施設にてソーシャルワーカーとして働きながら、
一新塾で学ばれ、「すべての人間の価値がお互いに認められる社会へ」という
ビジョンを掲げプロジェクト活動に奮闘されました。そして、2013年には、
一般社団法人happy choice(ハッピーチョイス)を設立し、障がい者福祉施設
製品の企画流通販売を行っています。

今回は、白根さんが、障がい者施設と酒造と共働でつくりあげた無農薬自然派
日本酒「幸SACHI」の物語です。

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 塾生活動レポート
     『すべての人間の価値がお互いに認められる社会へ』
           〜自然派日本酒「幸SACHI」〜

                 一新塾第30期・32期・34期 東京本科 
                              白根邦子

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 一般社団法人ハッピーチョイス代表の白根邦子と申します。
 現在、「すべての人間の価値がお互いに認められる社会へ」というビジョン
を掲げ、施設で障害者が作る製品を社会へ普及させるべく、2013年に法人を
設立し東京都世田谷区で活動をしています。


●施設に通っている障害者は「できない」障害者なのか?

 法人を立ち上げる前、障害が重く、企業では働くことが難しい方々の作業、
そして生活面、医療面のケアを行うサポートする立場として障害者施設で勤務
していました。そこで出会ったある利用者さん(施設に通っている障害者)の
母親が言いました。
 
「障害者の中でも、企業で働ける人は『できる障害者』、施設にいる人は
『できない障害者』と思われていますよね。うちの子はできない障害者でしょうか?」

 自分の子どもが外で働けないことを嘆き、施設に通うことは生産性のない
「できない障害者」と社会から見られてしまうと思っていたのです。

 「決してそんなことはない!」そう強く母親に言いました。
 なぜなら過去、私は彼らの存在に救われたことがあるからです。


●生きづらい社会

 現代は、生産性、効率性重視の社会です。その中で障害を持ち施設へ通う人
は社会の中で生産性がなく、「かわいそうな人、守らなくてはいけない人、
できない人…」と思われています。

 それは障害者ではなく、社会のレールから外れてしまった人たちにとっても
生きづらい社会となっています。


●引きこもりの私を外に出してくれたのは、障害を持っている人たちでした。

 高校3年生の時、私は真面目に勉学に励むことに疲れ、不登校、引きこもり
になってしまった過去があります。大学受験を控え「学校に行かなければ」
と思えば思うほど家から出られなくなりました。

 そんな私を見かねた母は私を外へ出すため障害者施設のボランティアを薦め
ました。そこは重度の障害者施設でした。そして私はその施設でボランティア
をやることになりました。

 その施設の障害者は重度でほぼ自分では何もできません。食事、着替え、
入浴、排せつほとんど介助が必要です。

 私は「ここにいる障害者の存在価値は?社会での役割は?」私は疑問に思いました。
しかし、障害を持っている人たちが「引きこもり」の私を外に出してくれた
ということに気が付き、ハッとしました。障害を持っている人に何かをやって
あげようと思っていたのに逆に私が「救われて」いたのです。

 不登校になり、社会のレールを外れて絶望の淵にいた私を救ってくれた人たちを、
心の底から「社会での役割」を持っている人たちだと思ったのです。
そして私は、障害者福祉を学び施設で働き始めました。


●モヤモヤしながら一新塾へ

 社会で障害者がもっと活躍することができたら…明確な方法がわからずモヤモヤ
した気持ちで一新塾へ入塾しました。

 漠然とやりたいこと、解決したい社会の課題を話すと、それに賛同して「一緒にやろう!」
と言ってくれた4人のメンバーとの出会いがありました。そしてこのメンバーと
共に、自分が本当にやりたいこと、やるべきこと、自分しかできないことを、
掘り下げ志を確信していきました。

 そして、2013年一新塾卒塾と共にメンバーと「一般社団法人happy choice(ハッピーチョイス)」
を設立しました。


●障害特性を生かした農業

 現在、障害者施設では農業(米・野菜)を行っている施設はたくさんあります。 
 なぜ農業か?農業は自然と触れ合い障害者が無理なくその能力に応じて働く
ことができ充実感やメンタル面においても優れています。 

 しかし、施設は良い物を丁寧に作ったはいいが、販路がないという悩みを抱え
ています。 もし、できた良い物全ての販路がきちんと決まっているのならば、
安心して農業を行い、一緒に働く職員は一緒に働く障害者と向き合う時間を多く
確保でき、生産者である障害者はより力を発揮してより良い物つくりができるのです。


●「米や野菜がもっと売れればいいのに」この一言から始まる

 ある施設で働いている障害者のAさんが言いました。 
「僕たちの作っている米や野菜がもっと売れればいいのにな〜」 

 彼は、この施設へ来る前は、一般企業の工場で働いていました。
動作が遅い彼は「遅い、できない、使えない」と言われながら働いていました。
間もなく工場をクビになり、この施設へ来て農業の仕事を行っています。
工場で「できない」と言われていた彼は、暑い時も寒い時も畑に出て土を耕します。
そのため良い土には作物がたくさん実ります。
今は「できる」農業生産者です。

 彼の言うとおり、私は、彼らが作っている良い物をもっと多くの人に手に取って
ほしいと思っています。それは「障害を持った人が作った」という同情混じりの
気持ちで買うのではなく「良いもの」だから買ってほしいと思っているのです。
しかし、それが良いものとはなかなか知られずじまいなのが残念で仕方ありません。
だから、「誰が見ても本当に良いと思ってもらえるもの」を作りたい。そう思いました。

 その彼の一言から、ハッピーチョイスの日本酒造りへの挑戦は始まりました。


●無農薬酒米で、最高の日本酒を造る

 障害者就労移行施設NPO法人ジョブファーム代表の高橋さんは、私の話に真剣に
耳を傾けてくれました。彼は「施設でつくる良い無農薬米で、良い日本酒が造れる。
上質の酒米を作り上質の日本酒を一緒につくりましょう」と言ってくれたのです。

 日本酒の材料となる酒米は、上質な酒ができる「五百万石」と呼ばれる品種を
栽培します。千葉県で、それも無農薬で五百万石酒米の品種を作ることは実は
かなり難しいのではないかと思っていました。というのも、五百万石は本来
「北陸地方」にできる品種です。しかしジョブファームの人たちは、無農薬で
五百万石酒米を作り「最高の生産者を目指したい」と挑戦してくれました。


●農業では「障害」ではなく「素晴らしい能力」

 2015年4月、種モミは農薬を使わずお湯で殺菌します。田植えをする前の土作り。
土を丁寧に何度も耕します。7、8月の暑い時期は雑草との戦いです。無農薬のため
夏は雑草が次から次へと出てきます。障害を持っている人の中には同じことを飽きず
にずっと行う特性を持っている人がいます。その特性を生かし、根気強く雑草を
一本一本抜いていきます。他では真似できない不可能な栽培方法を可能にしていきます。
社会で「障害」と思われることが、農業では「障害」ではなく「素晴らしい能力」
となるのです。

 そして8月下旬、いよいよ稲刈り。収穫量900kg目標でしたが、なんと1100kg収穫
できました。千葉県で唯一無農薬五百万石です。そして米の良し悪しを決める等級
検査では最高の「特等」だったのです! 


●「幸SACHI」と名付ける

 その酒米で日本酒を造ってくれる酒造を探して探してやっと巡り合った千葉県大原
にある木戸泉酒造。「うまい日本酒を造りましょう」と団結し、最高の無農薬酒米で
造る日本酒を造りあげました。

 できあがった日本酒は、飲んだ全ての人が幸せになれるよう「幸SACHI」と名付けました。
ラベルの素材は、東京都世田谷区で藍染を本格的に行っている障害者施設「藍工房」
の藍染を使います。日本酒ラベルから日本伝統文化を発信していきます。

 「障害を持っていても最高の生産者となり、活躍できる社会」が実現できること
を証明すべく、720ml 2000本の自然派日本酒「幸SACHI」を多くの人が手に取って
くれることを望みます。

 そのことにより施設で働く障害者が活躍する社会へなっていきます。


●世界に認められる生産者へ

 障害者製品が良い物だと認められるには、日本での評価はもとより、海外で評価
を得ることにより、日本での価値が一層高まり、多くの消費者はその認められた
障害者製品を手に取ることになります。 

 施設には、障害者が働く喜び、能力が発揮できる環境作りをして良い米作りに専念
してもらいます。 そして、酒造と共に世界に通用する美味しい日本酒を造り、販売
していきます。 

 障害者が良い物つくりを行う生産者として世界に認められる。
「できない」と言われていた障害者の人たちが「できる」人へ認められることになります。
 
 このような思いでハッピーチョイスは、障害者施設の生産者と酒造とともに世界
に通用する上質な日本酒造りを目指していきます。


★現在、自然派日本酒「幸SACHI」はインターネットで販売しています。
 ハレの日の特別な日に、大切な人への贈り物に、普段日本酒を飲まない方でも、
 フルーティーで飲みやすいです。

 幸SACHIを飲むごとに生産者の姿が浮かんできます。
 幸SACHIを飲むごとに社会の中の「障害を持っている人」のことを考えます。
 幸SACHIを飲むごとに「障害者=生産者」と気がつきます。
 幸SACHIを飲むごとに多様な人々を受け入れて「共生社会」の実現を実感します。
 幸SACHIを飲むごとに皆が「生きやすい社会」をつくります。
 幸SACHIを飲むごとに皆がハッピーになるのです!

■一般社団法人happy choice(HP)
 http://happy-choice.org/

2020東京オリンピックもきっと暑い夏!

「ヒートアイランド問題」が気になりませんか?

この問題に取り組まれている「渋谷のラジオ」ファウンダー・チーフプロデューサーであり、

一新塾第36期を卒塾された佐藤勝さんの志を生きる活動をご紹介します。

佐藤さんは渋谷で不動産業と渋谷みつばちプロジェクトもされています!

 

活動報告『FM+SNS 笑顔倍増プロジェクト』
http://www.isshinjuku.com/mailmagazine/news/kn_160802.html

 

 

※仕事をしながら、生活の中で、社会の課題にぶつかった時、なんとかしたいと思いませんか?

   その道は一新塾で見つかります。
【塾生募集中】東京・大阪・名古屋・仙台・通信 http://www.isshinjuku.com/

一新塾OGの高橋祥子さんが経営する「Junction Bar 六本木」が、

東京メトロの情報誌[レッツエンジョイ東京]の取材記事が掲載されました!
http://www.enjoytokyo.jp/phones/solo/detail/591/

 

世界中からやって来る人たちが立体交差して出会う場所です。
親子三代で切り盛りされている家族経営こそのアットホームな空気感もあります。

HPも公開されました。
http://junctionbar.jp/

 

 

※一新塾は「まちづくり」や「社会起業」を考えている方が入塾して学ばれています。8月から説明会が始まります。ぜひご参加ください。http://www.isshinjuku.com/