「障がいがあっても最高の生産者になれる」


それを証明するために、

無農薬酒米で日本酒「幸SACHI」を造った

一新塾OGの白根邦子さん。

 

2017年秋より松戸市に美味しい日本酒と

手打ちそばのお店「そば幸」(障害者が働く場)を開業。

 

2018年にはB型事業所ハッピーワーク松戸(障害者施設)を開所。

 

応援しています!!

 

今回は、一新塾41期・43期の行本充子さんのメッセージをお届けいたします。

現在、社会問題化している「産後うつ」。
ご自身も「産後二ヶ月、毎日泣きながら」の子育てをご経験された行本さんは、
2013年に一般社団法人 乳幼児子育てサポート協会を設立され、産後のママの心に
寄り添って活動を展開されてきました。

産後うつゼロの社会の実現に向けて、ネクストステージに挑もうと
2017年11月に一新塾41期に入塾された行本さん。一新塾の仲間とともに
市川市を現場にチーム活動に奮闘され、市長にも提言されました。
行本さんの志を生きる挑戦をお伝えさせていただきます。

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塾生活動レポート

『産後うつゼロの社会の実現のために』

           一新塾41期・43期東京本科 行本充子

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●産後うつゼロ社会

現在、男女問わず約10%の方が罹患すると言われている「産後うつ」。
私は産後うつゼロの社会を目指し、一般社団法人を立ち上げ代表として
活動をしています。とは言っても、私たちの団体は医療従事者ではない
ので産後うつを治療する事はできません。

産後うつを未然に防ぐための活動を行っています。

なぜなら、産後うつは、虐待や少子化、離婚からの貧困へつながる
大きな社会問題だからです。

どのように未然に防ぐのか…発症する原因は産後のホルモンバランスの
乱れと言われていますが、私自身が1300名程度の母親を対象とし
行った調査や、専門家とのディスカッションでは産後の孤独が大きく
関わっていることが分かっています。

また、実際に産後に大きな孤独や子育てに対する不安、社会との断絶感
を感じ、精神的に不安定になったことがある母親は約84%でした。

そこで、私たちは産後の母親が孤独を感じず、子育てに自信を持って取り組めるよう…

・専門の講師を育成
・講師による母子の居場所作り
・父親も巻き込んだイベントや子育て講座の開催

を行っております。

現在、私が代表を務める一般社団法人乳幼児子育てサポート協会が認定した
講師は岩手県から宮崎県まで全国に約60名おり、それぞれが地元密着で
頑張ってくれています。


●一新塾との出会い

私は41期生として、2017年11月に一新塾に入塾いたしました。

私は当時、すでに全国に50名を超える講師もおり、外から見ると順調に
協会運営をしていると感じる人も多かったです。

しかし、産後うつという社会問題の解決に向かうためには、自治体との連携が
必須なのにも関わらず当協会は各自治体と連携が取れていませんでした。

また受講料のみで運営しているため、協会本体の運営が常に余裕がない状態でした。

そこでまず、政策提言など何か自治体と連携できる方法を模索したい!という思いで、
たまたまFacebookの広告に上がってきた一新塾の説明会に参加したのです。

説明会で、卒塾生の皆さんの実績、一新塾で大切にしている「志を生きる!」
ということに大きく共感し、入塾しました。

入塾後は、一新塾の仲間を得てチームプロジェクトが立ち上がりました。
そして、自分のチャレンジする現場の絞り込みにおいては、まず私の現在の
居住地である千葉県市川市で活動をすることに決めました。


●市川市長に提言

決めました…と言いましたが、実は、チーム活動中、何度も何度も、市川市で活動
をすることに「疑問」を感じ、何度も森嶋さんに相談をさせていただきました。

なぜなら私自身が市川市に住んで日が浅いこと、すでに協会の認定講師が全国に
いるのでそちらで活動をしたほうが早道なのではないかと感じたからです。

しかし、この疑問は私の「初挑戦に対する恐怖心」でした。

小心者の私は何度も「絶対に失敗できないとの思い」に引っ張られましたが、
そのたびに森嶋さんとの対話の中で「産後うつゼロの社会を作る!」という
志の道に戻していただきました。

結果、一新塾41期の1年間のうちに、市川市長と直接面談をする機会を得て、
「子育てに関する情報発信」について提言させていただくことができました。

具体的には、市川市では、せっかく子育て支援が充実しているにもかかわらず、
それが利用者に届いていない、 利用者が本当に知りたい情報が、自治体から
発信されていないという現状を伝え、具体的にどういった内容をどのように発信
すると利用者へ伝わりやすいかを、母親の声の代弁者として、市長へお伝えいた
しました。

こうした機会を得た背景には、一新塾卒塾生で同じ地域に住む方にご協力を
いただけたことがとても大きかったです。


●一新塾在籍中のメディア掲載

一新塾41期として在籍中に、

・上毛新聞 10月31日 『子育て学び夫婦円満』
・岩手日報 2018年10月25日『目指せ産後うつゼロ』
・下野新聞 2018年9月30日『気持ちに余裕を』
・山形新聞 2018年9月4日『産後うつゼロへ 頑張るママに寄り添う』
・ケーブルメディア四国 子育て応援番組 イクコミ! 2018年8月『親子で防災に取り組もう』
・NHK鳥取放送局 いろ・どり 2018年7月30日『ママに寄り添う夜泣き保険』
・朝日新聞デジタル 2018年4月27日『産後うつ、どう防ぐ、先輩ママ「頑張りすぎないで」』
・朝日新聞朝刊 山形版 2018年4月23日『産後うつ 先輩ママがアドバイス』

など、多数のメディアで当協会の活動を紹介いただきました。
例えば、昨年7月の「NHK鳥取放送局 いろ・どり」では、当協会が実施した
アンケート結果をもとに、子育ての現状、夜泣き保険の紹介をしていただきました。


●私が志の人生を歩める理由

私は様々な挫折があっても「今の仕事が天命だ!!!」と言い切れます。

なぜ、何度もエゴに引っ張られても、挫折を経験しても志の人生に戻ってこれるのか…。
ここで少しだけ、私の今までの人生について書かせてください。

私は今、シングルマザーとして小学校二年生の息子と生活をしています。

幼少期から思春期、私は常に家族の目を意識し、また家族の中で1人だけ
価値観が違うことに非常に苦しんでいました。
超優秀で理系の両親と姉でしたが、私は大学中退をしアパレル関係で働きました。

なにか一つのことに熱中することもない
とりあえず、その場が上手く収まればいい
困ったことがあっても、誰にも相談しない
主体性を持って行動することはない

そんな人間だった私が、出産を期に大きく変わります。

元夫の仕事の関係で、初めて住む土地で、友人知人は誰もいない、
夫は仕事でほぼ家にいない…そんな超孤独な状態で子育てが始まりました。
産後二ヶ月ころ毎日泣きながら子育てをし「このままだと、私虐待するな…」と感じました。
このままではまずい!と感じた私は、必死に子供と出かけられる場所を探し始めました。

そして、とあるイベントを見つけ参加したところ、一生の付き合いになるであろう
ママ友と子育ての専門家の方と出会うことができたのです。
そこから私の子育てはどんどん楽しくなり、行動範囲も広がっていきます。

少し落ち着いてきた生後7ヶ月ころ
「私も、私が救われたようにママたちの居場所を作りたい!!!」
と強く感じ、自宅の一室でベビーマッサージ教室を始めました。
そこから、少しずつ活動が大きくなり一般社団法人乳幼児子育てサポート協会
を立ち上げ、現在に至ります。

正直いうと、ラクな人生ではなかったです。

でも出産を期に、母子支援を始めてからは、本当に人生が楽しく過去の経験が
すべて今の活動の役に立っている…パパっとすべてのパズルのピースがハマった
感覚です。

この感覚に気がつけたのは一新塾に入って、6つの箱のワークを何度もし、
過去の棚卸しをしたからです。

ですので、どんなことがあっても今の仕事…産後うつゼロの社会を作ることは
私の天命だ!といい切ることができます。


●これからの活動

現在は、

◎市川市での自治体や専門家を巻き込んだシンポジウムの開催
◎協会の経営基盤を盤石なものにするために、企業との連携
◎産前からの継続した支援とのための産婦人科との連携

に向けて動いています。

シンポジウムに関しては市川市での実績ができたら、協会の認定講師のいる
自治体での横展開をしてゆきたいと思っています。

一新塾で出会った同期のメンバーの活躍を見たり、実際にサポートしてもらったり、
情報交換をしたり…。本当にありがた素敵な刺激をいただきながら、前に進んでいます。

一新塾に出会ってから、弱い自分を心から受け止め、その上で前に
進む強さを身につけることができました。

これからも志をしっかりと見つめ、産後うつゼロの社会の実現のために突っ走ります!

※一般社団法人 乳幼児子育てサポート協会
https://kodomokosodate.com/aboutus

 

 

■「一新塾 体験セミナー&説明会」3月から。

2019年は自らの志で、新しい時代の創造、問題解決に一歩踏み出しませんか?
東京・大阪・名古屋・仙台で開催します。ご予約はHPより。
https://www.isshinjuku.com

一新塾卒塾生の「井上レディースクリニック(立川の女性総合診療科医院)」院長の井上裕子さんが手掛ける「コミュニティビル安庵」が立川経済新聞の記事になっています。

 

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立川の女性総合診療科医院「井上レディースクリニック」(立川市富士見町1)が手掛ける「コミュニティビル安庵」(同)が完成した。11月25日から店舗や保育所などが順次オープンしている。

院長の井上裕子さんは「命長き時代に生きる時、本当に必要な医療・予防医学を発信し、提供できる場を作りたいと考えてきた。女性診療科が考える、地域包括医療プログラムをここで実践していきたい」と話す。白く丸みを帯びた外観デザインは「小さな命を守り育む『コクーン(繭)』」をイメージ。名称の「安庵」には、「『安』の字には『女』という字が含まれている。優しさの連鎖を伝え、守っていけたら」と思いを込める。
 

医院に隣接し、建物は3階建て。1階に企業主導型保育所「キッズランド ペガサス」、2階に「街カフェCOCOON(コクーン)」がオープンしているほか、来年1月3日には女性専用のフィットネスジム「スタジオ翼」(3階)、同4日には「榎本調剤薬局」(1階)がオープンを予定する。

街カフェCOCOONは10時〜22時の営業。日替わりで低糖質メニューも提供する。井上さんは「ほっと心安らぐカフェ。おひとりさまやお子さま連れ歓迎なので、お立ち寄りいただければ」と呼び掛ける。

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立川の「井上レディースクリニック」がコミュニティービル カフェや保育所など
https://tachikawa.keizai.biz/headline/2811/?fbclid=IwAR0jqVJlzxzN1Bs3wfLwhWoAvI3moGfZ5Y5K2ra6kFPRYYuD4cFkfhIwQHY

 

▼「一新塾 体験セミナー&説明会」3月から始まります。社会起業・政策提言・市民活動で志を生きたい方、ぜひご参加を。(東京・大阪・名古屋・仙台・通信)
ご予約はホームページより。
https://www.isshinjuku.com

一新塾OBの重光喬之さん(NPO法人両育わーるどファウンダー・feese運営責任者)がインタビューされています。
重光さんは会社員時代に脳脊髄液減少症を発症され2度の退職と3年間の寝たきりを経験、30歳で一新塾東京本科に入塾されました。

 

一新塾では「療育は両育プロジェクト」を立ち上げ、その後「NPO法人両育わーるど」を設立。難病の当事者ライターとして同病者とのやり取りを経て、非交流型情報共有サービス「feese.pj」を立ち上げられ、現在も痛みと共にありながら活動をされています。

 

▶脳脊髄液減少症を20代で診断された私が立ち上げた「難病の人たちがほどほど、楽になる」取り組み
http://magazine.nimaime.com/shigemitsutaykayuki/?fbclid=IwAR3CYAA-EoFYV2FT00r9DWCYwy8xO1nVfCxAcUkvRoW0GdsSdrqj1mjl6yI

 

▶重光さんは一新塾本「人生と社会を変える根っこ力」にも執筆いただいています。
https://www.isshinjuku.com/03bosu/b_issryku_book.html

11/6発売の『週刊ゴルフダイジェスト』(11月20日号 2018NO.44)にて、一新塾第22・38・42期生で、スナッグゴルフキャラバン隊プロジェクトに取り組まれている佐藤康孝さんの活動がご紹介されています。
ぜひ、手にとってご覧になってみて下さい。

■『週刊ゴルフダイジェスト』(11月20日号 2018NO.44)-------------------

ゴルフノンフィクション
「あせない夢〜全ろう者のプロゴルファーとその兄が描くバリアフリーな未来 佐藤裕児・康孝」

生後間もなく完全に聴力を失った佐藤裕児が、厳しい道のりを一歩ずつ進み聴覚障害者初のプロ資格を取得したのは2006年。以降、多くの人にゴルフを教えながら、試合出場も目指してきた。その傍らにはいつも兄・康孝の姿があった。結婚し、親となった裕児は、不惑の年を超え、まもなく知命の年を迎える。この間、ずっと変わらぬ兄弟の思いがあった−。

(中略)

 裕児の夢の実現のため、兄は会社を辞めてサポート役に徹することにした。前述したように、読唇によるコミュニケーションは、基本的に一対一だ。そのハンディを補うのが兄の耳だった。

 裕児は06年に日本プロゴルフ協会のティーチングプロの認定に合格。晴れてレッスンプロになったのだ。

 だが、それは聴覚障害者にとってとてつもないハードルでもあった。書類審査、実技審査、筆記試験、面接試験までは問題なくクリアできても、その後に待ち受ける4週間に及ぶ講習会が大きな関門になる。

 講師の話を聞き、科目ごとにレポートを提出する。当然、講師と受講者の一対一の講習ではないし、講師の唇すべて正確に読み取るのは至難の業だ。近くで相手と正対しなければ唇の動きは読めないし、口を大きく開いてしゃべってくれなければ、何を話しているかさっぱりわからない。

 そこで、兄が裕児の耳となり二人三脚でティーチングプロの資格を得たのだ。

(中略)

 一方、テニス指導員の資格を持つ兄は、スナッグゴルフキャラバン隊(SGCPP)というプロジェクトを立ち上げ、テニスやドッジボール、スナッグゴルフなどを通して聴覚障害児が課外活動でスポーツに接する機会を増やそうと奮闘中だ。もちろん、その活動を裕児がアシストする。

(以下略)
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■スナッグゴルフキャラバン隊ホームページ
 https://sgcpp.com/

今回は、一新塾卒塾生の市来広一郎さんの志を生きるチャレンジをご紹介
させていただきます。

 市来さんは熱海生まれ熱海育ち。「新しい熱海に再生させたい!」との
思いで2006年東京で会社員をしていた時に一新塾生となり、1年後、
サラリーマン生活を辞めて地元熱海に戻りまちづくりに身を投じ10年余り。
その熱い志の歩みを書籍『人生と社会を変える「根っこ力」』で語って
いただきました。
 
「熱海に帰ってきてから諦めるっていう発想をもったことがないです。
一瞬たりとも。どんなに苦しいときでも」と語る市来さん。「それは僕に
とって一新塾の一年というのが、とてつもなく大きいです。一新塾に入って
『100年後も豊かな暮らしをできる熱海をつくる。人生をかけてそれをする』
とのミッションを見つけ、完全に腑に落ちたんですね」と市来さん。

 さらに、市来さんは、2018年6月に著書『熱海の奇跡』(東洋経済)を
出版され、ますます志を生きる道を邁進されていらっしゃいます。

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塾生活動レポート

『100年後も豊かな暮らしができる熱海をつくる』
 〜たった一人の思いから、地域は変わる〜

               NPO法人atamista 代表理事
             株式会社machimori 代表取締役
                一新塾18・20期東京本科
                      市来広一郎
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●課題先進地「熱海」

 高度成長期、熱海は団体客誘致によって、年間530万人の宿泊客が訪
れる全国有数の温泉地でした。しかし、2011年には246万人と激減。熱
海の人口は、1965年のピークの5万4千人から、現在は3万8千人となっ
ています。加えて「高齢化率」は45%(全国平均26%)。「空家率」は全
国の市で最も高い50.7%(全国平均13.5%)。「生活保護者率」「出生率」
「未婚率」いずれも、静岡県内ワースト1位の課題先進地で、50年後の
日本の姿とも言えます。

 しかし、「衰退しているから、以前のように、たくさんの観光客を呼
ばなくては」とは思いません。過去の延長線でなく、新しい熱海へと再
生させていくことが必要だと思っています。


●生まれ育った熱海への愛着と違和感

 私は、1979年に熱海で生まれ育ちました。親は、熱海駅裏の企業の保
養所の管理人でした。かつての熱海は団体旅行や宴会で賑わい、人があ
ふれていた熱海銀座でした。しかし1990年代には、誰も歩いていなくて、
海岸沿いはさびれ、廃墟のような街並みです。高校時代は「何とかした
いなあ!」と思いつつも、それが仕事になるとは思ってもいませんでした。

 大学時代は、バックパッカーで世界各地を見て回ると「やっぱり熱海
を何とかしたい。熱海って意外にいけてるんじゃないか。潜在的に可能
性秘めているのにもったいない!」と思っていました。

 生まれ育った熱海の自然、商店街が残る街並み、歴史文化の積み重ね
など、可能性はずっと感じていました。さらに、首都圏からの近さは、
暮らす場、訪れる場としてこれほどの潜在的な魅力を持った「まち」は
ないのではないかと思っていました。

 反面、日本社会に対して感じてきた違和感がありました。旅先のイン
ドから帰ったとき、日本に漂っている閉塞的な空気に、衝撃を受けました。
人の目が死んでいるように見えて、「おれはこんな国で生きてきたのか、
そしてこれからこんな国で生きていくのか」と怖くなりました。

 仕事はビジネスコンサルタントに就いて、やりがいは感じていましたが、
顧客企業には貢献できても、社会を良くしているという実感が伴わなかっ
たのです。都会では、大きなストレスを抱えながら必死で努力している
人々がいて、周りを見渡すと、どの企業でも心身を病み、脱落していく
人々は少なくありませんでした。

 2006年、こうした違和感が、私に一新塾への入塾を促しました。


●会社を辞めて熱海に帰る決意

 一新塾では、同じように社会に対する違和感を感じている人、そして、
何か行動をしたいと思っている仲間がたくさんいました。そして、既に
多くの先輩たちが社会を変える行動を起こしてきていることを知り、狭
い社会の中で生きてきた自分に気付かされました。

 さらに、一新塾で得たものは、自らの根っこにある想いをさらけ出し、
その上でアクションを起こしていくことの大切さでした。それは「たっ
た一人の小さな思い、小さなアクションが大きな変化を起こす」のです。
自分自身の行動を通じて、多くの塾生の行動を見て実感していきました。
そして「自分がやるべきことは熱海にある」そう確信したとき、会社を
辞めて熱海に帰ることを決意しました。

 卒塾式の直前、働いていた会社を辞めて、東京から地元熱海に帰って
地域づくりに取り組むことにしました。そして、NPO法人atamista を設
立し、熱海の魅力を体験する交流型プログラム「熱海温泉玉手箱(オン
たま)」のプロデュースを通した地域づくり、地域の人財づくりへの挑
戦がスタートしました。


●体験プログラム「熱海温泉玉手箱」

 これまで、熱海の中で見過ごされてきたものは少なくありません。農
地は商業地・住宅地になり、自然は開発され破壊されてきました。さら
に、農家や漁師、小さな商店、さまざまな市民活動などもです。

 そういった中にこそ、もっと地域をよくしていきたい、という思い
を持って行動しようとしている、かっこいい「おじちゃん」や「おば
ちゃん」がたくさんいました。 熱海温泉玉手箱「オンたま」を通じて、
彼らを発掘し、思いを引き出し、地域の体験ツアーとして形づくること
をやっていきました。

 他に多くのプログラム「地域の食文化を知る」「温泉に生活文化を知
る」「地域のお店の技術を学ぶ」「村での収穫体験」「港町の生活文化を
知る」…を開催しました。

 「農業体験のツアー」では、農家のおじちゃんの思いのつまった美し
い農園に触れると、参加した人たちは感動します。そして、農家のおじ
ちゃんのファンになり、行動で応援する人も出てきました。すると農家
のおじちゃんも、ますますやる気になって、自分の隠れていた思いにも
気付き、さらにアクションを起こしていく、そんな現実も生まれていま
す。スゴいのは、そういった事実に周りも感染することです。それまで、
放って荒れ放題だった隣りの農家さんも、誰も何も言わなくても、見違
えるほどのきれいな畑に生まれ変わらせました。思いが行動の連鎖を生
んだのです。

 熱海ではこのような、たった一人の思いから始まる行動が少しずつ生まれ、
それが次々に連鎖して大きく広がっています。
「たった一人の小さな思い、小さなアクションが、地域に大きな変化を起こした!」
のです。さらに、移住してきたシニア夫婦は、「熱海に移り住んできてよかった、
本当に毎日が楽しい!」と熱海の熱烈なファンも出てきました。


●家庭でも職場でもない、第3の居場所「CAFE RoCA」

 シャッター街となっている熱海の町なかを再生するために「株式会社
machimori」を立ち上げ、その第1弾として、熱海銀座商店街の空き店舗を
リノベーションして、CAFE RoCA (Renovation of Central Atami の略)という
カフェをオープンしました。かつて証券会社だった50坪の空き店舗を、オー
ナーが「君らが熱海のためにやるなら安く貸すよ」との言葉からスター
トしたのです。

 なぜ、カフェか? あるとき偶然入ったカフェがとても居心地がよ
かったのです。サラリーマンから、音楽好きな人、外国人……多種多様
な人が集まってくる。初対面でも気軽にお互い話すことができて、旅先
のゲストハウスのようでした。

 私は、この社会に足りないのは、家庭でも職場でもない「第3の居場
所」だと思うようになりました。イタリアのバールやフランスのカフェ、
イギリスのパブのような、そして旅先のゲストハウスのような、人と出
会い語らう場所なのです。熱海でもそうした場所を作りたい、と思いま
した。

 熱海で暮らす人、訪れる人が出会い交流し、熱海という町そのものが、
都会の人々にとっての「第3の居場所」となるようにしていきたい。し
かも、クリエイティブな30歳代に選ばれる町にしていきたい。そして、
この閉塞感漂う日本の空気を地方から変えていきたいと思っています。

●ゲストハウス「マルヤ」

 熱海銀座商店街の空き店舗のピークは、2011年には30店舗中10店でした。
熱海の町の再生第2弾は、10年空き店舗だった100坪の元パチンコ屋のリノベー
ション。観光と定住の間の多様な暮らし方をつくることを目指し、2015年
ゲストハウス「マルヤ」をオープン。ターゲットは、20代、30代の東京
近郊に住む人たち。熱海に通ってほしい、2拠点居住。泊まると熱海が癖
になり、20%は外国人です。「かつて、旅館、客を囲い込んで観光産業が
衰退した。だから、僕らは逆をやる。積極的に町へ出てもらう」と宿泊客
を魅力ある地域のお店にどんどん紹介します。

 現在は、空き店舗数は10から3店舗に減りました。そして、熱海の宿泊
客数もV字回復。246万人(2011年)から307万人(2015年)へと、60万
人増えました。そして、熱海の町なかの再生第3弾は、57年間一度も使
われていなかった空間をリノベーションしてのコワーキング&シェアオ
フィス「naedoco」です。

 私が目指すのは、2022年までに熱海のリイノベーションの実現です。
売上1億円以上を100社創出し、地域が外貨を稼ぎ、また地域で稼いだ
外貨が、地域内に循環するようなビジネスを生み出すことです。


【市来広一郎さんプロフィール】

NPO 法人atamista 代表理事
株式会社machimori 代表取締役
一新塾18・20 期東京本科

1979 年熱海生まれ熱海育ち/ IBM ビジネスコンサルティング サービスに勤務/
2006 年に一新塾入塾/ 2007年に熱海にUターン/ 2009年より「熱海温泉玉手箱
(オンたま)」をプロデュース/2008年atamistaを設立/ 2011年、補助金に
頼らないまちづくり&中心市街地再生を目指して株式会社machimoriを設立/
2012年空き店舗をリノベーションしCAFE RoCA オープン/ 2015年には
Guesthouse MARUYA を2016年にはコワーキングスペース& シェアオフィス

「naedoco」をオープン/2018年6月著書『熱海の奇跡』(東洋経済)を出版/
一新塾講師。

 

 

 

■誰もが志を生きられる一新塾(2018年11月4日開講)

<東京・大阪・名古屋・仙台>

体験セミナー&説明会は残りわずか!

ご予約はこちらへ

10月20日(土)15:00〜17:45

10月24日(水)19:30〜21:45

10月27日(土)15:00〜17:45

http://www.isshinjuku.com/


 

今回は、2014年11月に一新塾第33期を卒塾された長野放さんのメッセージ
をお届けいただきます。

長野さんは、オーストラリアのVictoria大学にて、歩行バイオメカニクス
の研究者として、高齢者の転倒防止問題に取り組まれ、
転びにくくなる靴の中敷き(インソール)の開発に成功されました。

「研究成果を社会に還元したい!」との思いで、法人を起ち上げ、
「ISEALインソール」として商品化、「世界で最もイノベーティブな
新しいケア商品」として、ロンドンで表彰もされました。

長野さんの志を生きる挑戦をお伝えさせていただきます。

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塾生活動レポート

『つまずきによる転倒を予防するインソールを開発!』

                     一新塾33期 長野放

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●父の言葉

 私が小さな子供だったある日、予備校の講師であった父が珍しく
酔っぱらって帰ってきて、突然私の両肩をグッと掴み、目を直視しながら、
こう言いました。

「残念ながら、お前は俺の子供だから、天賦の才は無い。
ただ一つだけ…志の追求のためには、努力をして諦めない才能がある。」

 それだけ言い残し、父は寝てしまいました。
 子供に対して「才能が無い」と言うのはまずいと思いますが、その日から
私の心にその言葉が強く刻まれました。

 そんな私が、自分の志を燃やす場所を探し続けて、回り道をしながら
行き着いた先は「シニアの方達が、転倒しないようにする」という社会貢献でした。


●祖父の転倒

 私は北九州で生まれ、横浜で育ちました。高校生の頃から「健康科学」に
興味を持っていましたが、偏差値や受験科目で大学へ進学したため、どう
しても自分の選んだ道だと思えず、大学を中退して健康や運動の研究が
さかんなオーストラリアのVictoria大学に留学することになりました。
そこで、バイオメカニクスという学問において優秀な成績を収めたとのことで、
教授よりHonours学位(優等学位)という研究学位に推薦されました。
その研究テーマが、「シニアの方の転倒予防」でした。

 教授には「人生を懸ける覚悟があるなら、やってみなさい。」と言われ、
その言葉に幼い頃に刻まれた父の刻印が反応を始め「よし!やってみよう!」
という気持ちになりかけました。

 しかし、いまいちピンとこなかったのは、「転びたくはないけど、擦り剥く
くらいでしょ?」という見識だったからです。やるなら本気でやりたいが、
本当にこれなのだろうか?と思っていたある日、母から「父(私の祖父)が
転んで骨折して、病院に搬送された!」と連絡があったので、急いで北九州
の祖父のところに行きました。

 幸い命に別条はありませんでしたが、全く歩けなくなり、そこから長い
リハビリが始まることになりました。


●志のための完全燃焼

 この件がきっかけで、「転倒予防に全エネルギーを注ぎ込もう。」と決心
しました。調べてみると、転倒はシニアの方にとって大きな問題であることが
分かりました。

◎多くの方が転倒により怪我をして、要支援・要介護に陥っている。
◎個人レベルでも国家レベルでも医療費増大の要因となっている。

 Honours学位の一年間…幼いころからの願いであった「志のための完全燃焼」
を初めてすることができました!

 リハビリをしている祖父に会うたびに、「何があっても必ず結果を出すから、
諦めずに頑張って!」と言い続けてきました。

 後に引けない状況を作り、とにかく全てを出し尽くした一年間。
結果として、最高成績を取り表彰され、研究成果は国際論文にて発表されましたが、
あれだけやれば誰でもできて当たり前と言える位、とにかく努力をすることができました。


●インソールの開発に成功

 そして博士課程で、転びにくくなる靴の中敷き(インソール)の開発に成功
しました。インソールは、足首の角度をコントロールするように設計されていて、
転倒の最大の原因であるつまずきのリスクを軽減し、バランスや反射速度も向上
します。日本では転倒率を1%下げる毎に直接的な医療費だけで365億円以上削減
できるので、皆がインソールを履けば、大きく転倒予防に繋がるのではないか?
という思いで開発しました。こうした業績を評価され、ISEALという研究機関で
働き始めました。

 しかし、ここで自分の中の志の炎が燻りだしたのです。


●疑問の芽生えと一新塾

 その理由は、インソールが完成したのに、誰も履いていないという事実からでした。
私は研究者として、インソールを開発しましたが、誰かが広めてくれるという
わけではありませんでした。

 それどころか、「インソールの研究も成功に終わったし、次はVRやAIを使った
歩行研究だ!」と言われ、それらを始めている自分に疑問が芽生え始めました。
インソールが完成したのに、それを世に出さずして、他の研究を始める?
これでは、結局誰一人の転倒予防にも貢献していないのでは?

 「研究者は研究が仕事」という現実と「研究成果を社会に還元したい」という
自分の思いがバラバラになり、「志を生きる」という原点を考え、行きついた先が
一新塾でした。


●とにかく動いてみる

 私は通信科でしたが、帰国時に合宿やセミナーに参加して、自己変革のきっかけ
を掴むことができました。

 特に「6つの箱」はいつでも自分の指針です。
 当時、「社会ビジョン」「社会の現状」は明確だったものの、何故か燻っている
自分を変革するために、「根本原因」を考えてみました。
自分自身の弱点と向き合うことで、研究者が陥りやすい「机上の空論」に傾倒していて、
「とにかく動いてみる」ということが欠如しているのだと気付きました。
それを軸に「これまでの人生」→「新しい人生」を考えると、「研究者」という自己像から、
研究を社会に役立てる「社会事業家」という自己像が見えてきました。


●世界で最もイノベーティブな新しいケア商品

 「解決策」として、法人を起ち上げ、飛び込みでとにかく色々な靴会社を訪問し、
転倒予防効果のあるインソールを開発してください!と伝えてきました。

 門前払いもありましたが、志の共鳴が起こることもあり、様々な方達のサポート
を得て、インソール入りの靴が販売開始され、オーストラリアの新聞に取り上げられ、
「世界で最もイノベーティブな新しいケア商品」として、ロンドンで表彰もされました。

 そして、所属していたISEAL研究所の名前を取り「ISEALインソール」として、
オンラインショップにて販売も開始しました。
https://www.iseal-insole.net/jp 

 まだ始めたばかりですが、社会事業として、売り上げは色々と還元したく思っています。
例えば、(現在交渉中ですが)バングラデッシュの靴メーカーとの話が進めば、
売り上げを用いて、バングラデッシュの学生がオーストラリアで勉強するための
奨学金を作りたいと考えています。

 もちろんシニアの健康促進には引き続き積極的に参加したく思っております。


●今後に向けて

 日本は、世界一の超高齢社会を迎え、医療費や介護の問題など社会保障制度の破綻
が危惧されています。しかし、さまざまな工夫や、合理的な対応により問題は徐々に
解決されていくでしょう。私は、高齢化に付随する問題を解決するための、サービスや
商品を提供する産業(特に健康産業)の活性化に力を尽くしていきたいと考えています。

 

 

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今回は、一新塾OBの佐合秀康さんのメッセージをお届けいたします。

佐合さんは、酪農家をお客さんに持つ営業マンです。お仕事を通じて、
若者が実家の農業を継がずに都会へ出てしまい多くの酪農家が辞めていく姿を
見てこられました。
かつて、佐合さんご自身、酪農へ魅力を感じ新規就農することを夢見ながら
ハードルとリスクの高さを心配し、尻込みしてしまった経験があるそうです。

「みんながもっと気軽に酪農をできる仕組みを作ろう!」
佐合さんは、2016年11月に一新塾39期に入塾、仲間と共にチームを立ち上げました。

佐合さんの志を生きる挑戦をお伝えさせていただきます。

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塾生活動レポート

 『誰でも気軽に酪農ができる社会を目指して』

                  一新塾39期・41期 佐合秀康

◆◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆◆


●安房は日本酪農発祥の地

 千葉県房総半島の南端、安房は江戸時代に日本で初めて酪農が
おこなわれた日本酪農発祥の地ということをご存じだったでしょうか?

 かつてこの地では多くの酪農家が牛を飼っていましたが、ここ数年
酪農家戸数は減り続けています。

 酪農で大切にするべきものは土・草・牛と言われています。
「土」に育てた「草」を「牛」が食べ、牛乳に変えてくれて人間の「命」を
支えてくれています。また、牛の出す排せつ物は肥料として再び「土」に還ります。
酪農家は土づくりをし、畑を管理して、草(作物)を育てながら、日々、牛が
健康に暮らせるように世話をして牛乳を搾り、さらにその排せつ物もよい状態
を保たなければなりません。

 つまり酪農の仕事は一言で言えば毎日やることがいっぱいで「大変」なのです。


●酪農家が減少の理由は「大変さ」

 酪農家が減少している大きな理由は、この「大変さ」によるものです。
現在の酪農家の平均年齢は65歳と言われています。多くの若い人がこの大変さを
理由にしてあとを継ぐことをしないのです。また若い人が後を継ぎたいと思っても、
親が積極的でない場合もあります、息子や娘に自分と同じ苦労をさせたくないのです。


●酪農は複雑で合理的な科学

 僕自身は都市部のサラリーマン家庭に生まれ育ちましたが、学生時代はよく
森や山へ行き、そこに暮らす植物や動物などの自然のものたちの生理や生態の
複雑さを知ったり考えたりすることに魅力を感じていました。就職して仕事で
酪農に関わる中、酪農も複雑で合理的な科学であるということを学びました。

 また酪農は実際に現場で使われる状態に近い研究がとてもたくさん行われて
いました。たとえば牛のエサを作る畑と作物の土壌学・作物学、食べ物で牛を養い、
牛乳を生産するという栄養学、子牛を生むための繁殖生理学、牛の病気の予防や
治療と言った動物病理学、さらには発酵学や農業経営学も酪農に関わっています。
たくさんの科学者たちが酪農の研究をしてくれています。さらに現場で酪農家自身
が研究したノウハウもたくさんあります。酪農家はそれらを自分の経営に合った形
で実践利用することでよい成果を生み出せます。 


●新規就農への夢

 僕のこれまでお会いした何人かの酪農家も、科学的な根拠と自分の牧場の
分析から、最適な方法を選択して実行することで優秀な経営をされています。
しっかり学び・考え・やるべきことをやればよい結果を出せるという酪農に、
僕も強い魅力を感じて新規就農をすることを夢見ました。

 しかし、今現在に至るまでその想いは尻込みし続けています。一般社会にも
僕のように酪農に魅力を感じ新規就農を希望する方は結構いますが、新規就農
したいと思いながらも、僕のようにそのハードルの高さから尻込みする人も
多いと感じています。


●新規就農のハードル

 新規就農する際にハードルになるものはいろいろありますが、一般的なものは
「お金」と「技術」です。

 まず「お金」ですが、酪農で新規就農をする場合は土地・牛舎・牛・機械など
の営農資産の購入に少なくとも数千万円単位の借入が必要です。パッと借りられる
金額ではありませんし、かなりの覚悟が必要です。また、営農開始後にエサなど
の資材代に充てる運転資金や生活費についてもかなりの額が必要です。つまり、
がんばって、けっこうたくさんの貯蓄をしてから就農することが必要になります。

 「技術」についても必要です。農業一般に言えることですが、作物が作れる技術、
牛が飼える技術と一言で言っても、その技術はエサやり、牛の健康管理、繁殖管理、
搾乳、子牛の管理、病気の予防、牛の取り扱い、飼料作物の種まき、圃場管理、
収穫・・など多岐にわたり、その習得には普通10年単位の期間がかかります。

 さらにそういった農業の技術に加えて、個人事業主としての経営技術や、地域の
人とうまくやっていく技術(?)も身に付けねばなりません。またこれらの技術は
新規就農に限らず親のあとを継ぐ若者にも求められるものです。そしてこれらの
技術の習得は誰か先生が教えてくれたり、教科書で学んだりするわけではなく、
多くの場合、先代の経験と勘がもとになっていて、後継者はそれを見よう見まねで
覚えるのです。その技術の習得が間違っていたり不完全であったりすれば、
土・草・牛のバランスは崩れひどい場合は経営難に陥ってしまうことでしょう。


●一新塾で立ち上げたプロジェクト

 僕は一新塾のメンバーと立ち上げたプロジェクトでこの「大変さ」を取り除く
ために何かできないかと、活動をしました。酪農家が大変だと感じる仕事を軽減
するため、炎天下の中草刈りをやったり、イノシシ対策をやったり、地域美化の
気分が盛り上がるように牧場に花の種を播こうなんてこともしました。

 しかし結論から言うとこういう活動は長くは続きませんでした。誰かがやって
大変な仕事は誰がやっても大変なのです。花の管理だって結構重労働なもので、
続けるためには相当のモチベーションが必要でした。

 一新塾は様々なバックグラウンドの人たちが集まる場です。プロジェクト
メンバーは酪農についての専門知識があるわけではありませんでした。僕は最初
必死になって酪農の大変さをメンバーに話しました。この「大変」な酪農に
関わってきた者として、酪農を「気軽」になんてことは思いもよらず、そういう
言葉を酪農家に対して言うことは失礼じゃないかと思っていました。また大変さを
乗り越えた先に良い酪農経営があるとさえ考えていました。

 しかし一新塾のプロジェクト活動をメンバーと進めるうちに、
「なぜもっと若い人が普通の会社に就職するように酪農を自分の仕事として
選ぶことができないんだろうか?」「酪農も普通の会社のようにお金の問題や
技術、経営の承継を仕組みでカバーできるんじゃないんだろうか?」と考える
ようになりました。


●みんながもっと気軽に酪農をできる仕組みを作ろう

 僕は今までの酪農の常識とは少し違った仕組みを作ることで酪農の大変さを
解決できると考えています。今酪農をしている人も、これから酪農を引き継ぐ人も、
新しく酪農を始める人も、みんながもっと気軽に酪農をできる仕組みを作ろう
としています。仕組みとは具体的には「農業の組織化」です。地域に酪農に
関わる人や企業が増え、それが組織化されることで効率化と合理化さらに
省力化が図れると考えています。
 
 今、館山市で酪農家さんらと共に共同法人牧場の建設を進めています。
この牧場は「地域の産業としての酪農の維持」と「後継者の意欲の創出」を
目的としています。個人経営から会社経営へ移行することで、就労条件の改善を
めざします。大変な作業負担の軽減のために、毎日の搾乳などの作業は出来るだけ
機械にやってもらいます。物言わぬ牛の変化に気が付くことはこれまで酪農家の
重要な技術で習得には経験が必要でしたが、IT機器の導入で経験の浅い人も
牛の状況を正確に把握できるようになります。さらに牛の排泄物処理が与える
周辺環境への影響など、これまで個人経営ではケアしきれなかった部分も注力し
解決することで、地域からあこがれる産業としての酪農を目指しています。

 今は2年後の稼働に向けて施設・設備計画から事業計画、正しい技術に則した
マニュアル作りにいたるまで、牧場の理念を具体的な形にするような細部の検討
を進めています。
 この牧場では酪農に対する熱い思いさえあれば、誰でも、そう、僕のような
尻込みをした人間でも、今より酪農が始められやすくなるようになります。

 また安房の酪農は全国的に見ても規模が小さく、後継者問題も含め今後の継続
はハードルが高い状況ではありますが、この牧場のように意志ある人が集まり、
行政や地域、銀行の協力をもらうことができれば、今がどんな規模であろうと、
これからも酪農を続けていけ、引き継いでいける仕組みのモデルになっていく
と考えています。

 

 

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一新塾OBで講師の市来広一郎さんが立ち上げた熱海の「ゲストハウスMARUYA(マルヤ)」他、市来さんの熱海での活動が記事に。市来さんの熱海での10年の活動を書いた初出版「熱海の奇跡」、読まれましたか?まちづくりについて知りたい人は必読です。市来さんには、一新塾本「人生と社会を変える根っこ力」にも執筆いただいています。

 

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一新塾OBの市来広一郎さんの初出版の書籍が日経新聞(7/7)の読書欄に!市来さんは熱海生まれ熱海育ち。「新しい熱海に再生させたい!」との思いで2006年東京で会社員をしていた時に一新塾生となり、1年後サラリーマン生活を辞めて地元熱海に戻りまちづくりに身を投じ10年。その熱い志の歩みがこの書籍につまっています!(市来さんには一新塾書籍「人生と社会を変える根っこ力」にもご執筆いただいています。)
 


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