さて、今回は、富士市の自治体改革のフロントランナーとして、奮闘されている一新塾14期(2005年卒)の岡村義久さんです。塾生時代に多文化共生チームのメンバーとして行動する中で、地元富士市の問題に目覚め、現場主義を生き始めることとなりました。
それでは、岡村さんの熱きメッセージをお届けさせていただきます。

●紙のまち富士市

「田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ」
百人一首でおなじみの歌人、山部赤人が、わが街富士市に歌を残してくれました。富士市は平成20年11月に隣町富士川町と合併し、人口26万人の静岡県第3番目の都市です。東京から新幹線で1時間15分あまり、富士山の伏流水を利用した紙・パルプ業が盛んな地域で全国でも有数な「紙のまち」として知られています。


●一新塾との出会い

40歳を前にして閉塞感と焦燥感のある毎日を変えたいと思いました。まずは自分が変わらなければいけないと感じました。好きなこと、つまり、心に正直に生きようと思いました。政治にかかわりたいと思いました。しかし、政治について何も知らない自分がいました。インターネットで検索していると一新塾のHPを見つけました。説明会に参加しました。
森嶋さんの熱意ある講義に感動し、思い切って飛び込みました。


●頭の回転が速い仲間たち

今考えると、14期のメンバーはとても刺激的でした。入塾中に市長選挙に挑戦する仲間。それから、講義が終わってからの質疑応答、同じ話を聞いているのに次から次へと話が膨らんでいく、その頭の回転の速さに驚きました。大学卒業以来、紙・パルプ業界でしか生きていなかった狭い自分を見つけました。世の中は確実に動いていました。


●市議会議員を目指す

一新塾での学び・経験は間違いなく肥やしになりました。しかし、学んで終わりではない。実践すること。それが必要だと思いました。卒塾後すぐに富士市議会議員補欠選挙があり挑戦しました。一新塾から多くの仲間たちが応援に来てくれました。結果は落選でしたが多くの勇気や励ましを頂き、人の温かさを知りました。その挑戦は無駄ではありませんでした。その1年半後、本選挙では地元の応援を取り付け当選させて頂きました。


●「フィルムコミッション富士」を立ち上げる

議員として最初の取り組みはフィルムコミッションを富士市に立ち上げることでした。今から、2年前の富士市にはフィルムコミッションがありませんでした。一新塾で前澤理事の講義を聴講して以来、富士市にフィルムコミッションを絶対に定着させると決意していました。工業都市として歩んできた富士市が紙・パルプ業から脱皮を模索し、観光産業に目を向けはじめている矢先のことです。

しかし保守的な経営者層からは、富士市は工業都市、観光産業とは何事だ。
という声もあり、行政も腰が重く慎重でした。それならば実績を先に積もうということで仲間を募り「ロケ応援団!フィルムコミッション富士」を始めました。「かるた小町」というテレビドラマを皮切りに、昨年は「赤い糸」という映画の誘致にも成功し、また、今年に入ってはNPO法人化とともに行政から補助金も出るようになりました。その上10月には「東京DOGS」、11月には「交渉人」などゴールデンタイムの作品の支援もさせて頂きました。これからエンドロールのクレジットは要チェックですよ。


●「鳥取方式による校庭の芝生化」

次に今、私がいちばん力を入れているのが校庭の芝生化運動です。
昨年末にたまたま見たテレビ番組で、鳥取方式による校庭の芝生化運動をされているニール・スミスさんを知りました。番組を見た瞬間「これだ!」と思いました。そこには出来ないと思い込んでいた校庭の芝生化が出来る。といった夢のような話がありました。実は私が小学校3年生の頃、母校富士市立丘小学校は、一度校庭を芝生にしたことがあります。ですから裸足で芝生を走り、転げまわった経験があるのです。しかし、当時の芝は子どもたちの踏圧に耐え切れず1年も持たず剥がれてしまいました。その思い出が蘇ってきました。5月末、早速ニールさんに会いに鳥取まで行き、ティフトン芝による校庭の芝生化の現状を視察しました。
そして議会で質問をして当局から、地域住民の協力を条件にモデル校的にやってもいいという話になりました。


●私立たかおか幼稚園の園庭の芝生化に成功

そんな中、私の提案をすぐに聞き入れてくれた幼稚園がありました。私の子どもたちがお世話になった幼稚園でした。理事長である渡辺さんが、提案するやいなや、熱意が伝わったらしく、ご自分でいろいろと調べついには、一ヶ月後の7月中旬には、ポット苗を仕入れし、園児や保護者、地域の皆さん、市の教育委員会関係者などと一緒に植えました。水遣りなどの苦労を渡辺理事長が率先してやられ、その甲斐もあり、9月の末には芝生の園庭で運動会を行いました。今後は地元の小学校の芝生化を進めるために、もうひと踏ん張りです。


●「行け!」と心が命じた

忘れもしない入塾説明会の時、変わらなきゃと思っている自分に「行け!」と心が命じたことを今でも覚えています。今思えば、その頃自分が人生の転換期であることをうすうす自覚していたのだと思います。一新塾との出会いが間違いなく新しい扉を開けてくれました。学んだこと、出会った人、今となってはみんなすごい刺激でした。きっと、あなたもそんな経験をするはずです。
11月25日は、25期がスタートして最初の講義でした。
『逆境が創造の原点〜株式会社葛巻町の挑戦』をテーマに
前・葛巻町長の中村哲雄氏にご講義いただきました。

中村氏も、
「最初だから塾生にエンジンがかかるよう気合を入れます!」
と仰っていただいてのスタートでした。

「ミルクとワインとクリ−ンエネルギ−のまち」として、
日本でもっとも元気な町の一つである葛巻町ですが、
元気溢れる葛巻もかつては、農業も産業も振るわず逆境の時代
もありました。
しかし、逆境が創造の原点!
逆境の中での奮闘で、たくさんの知恵が生まれ、
ゼロからの改革が成し遂げられました。

“気づき”がなにより重要。
気づいたことを本当に実践したかどうかが、分かれ目。
と、説く中村氏。

●情報量が仕事の質を決定する、人生を左右する!
●つま先一つでも先を歩けば、人や情報が集まる
●現場視察はいく前に報告書を書け!

葛巻には、人を育む風土が根付いています。
中村氏にもベンチャーマインドをしっかり叩き込んでくれた先駆者
がいました。そして、今、町長を引退された後も、鈴木町長はじめ
後進のみなさんを支えているメンバーシップに感動いたしました。

一人の人間が行動を起こすことの意味。
そのことが、どれだけ可能性を拓くことが出来るのか、
それを実感させていただいた講義でした。
10月26日の鳩山由紀夫首相の就任後初の所信表明演説。

「現在、鳩山内閣が取り組んでいることは、言わば、『無血の平成維新』です。今日の維新は、官僚依存から、国民への大政奉還であり、中央集権から地域・現場主権へ、島国から開かれた海洋国家への、国のかたちの変革の試みです。 」

「平成維新!」の言葉は胸にズシンと響きました。
この言葉は、一新塾にとって特別な意味を持ちます。

実は、昨日は、一新塾の開塾記念日。
ちょうど15年前の10月26日に一新塾の場が開かれましたが、その母体となったのが、政策提言型市民運動「平成維新の会」です。

「平成維新の会」が大前研一氏によって旗揚げされたのは1992年。
ゼロベースで、新たな国家運営のシステムを創り、日本を「生活者主権の国」に改めることを目指した政策提言型の市民運動の誕生でした。
ビジネスマン、経営者、シニア層、主婦、学生など、これまで政治や市民運動に縁のなかった、普通の市民が新しい国づくりの運動に続々と参加したことが新しい時代の到来を予感させました。このムーブメントの原動力は、まさに、「自分も新しい国づくりに参加できるんだ!」との目覚めの連鎖であったと思います。

その精神を一新塾が引き継ぎました。
改革という無から創造し、道なきところに道を切り拓く作業は、「主体的な市民」によってこそ可能である。この精神に則って、1994年、生活者主権の新しい国づくりに挑む、一新塾の社会変革実験がスタートしました。

なぜ、「主体的な市民」なのでしょうか?3つあります。
1つ目は、しがらみのない市民だからこそ、ゼロベースで社会ビジョンを描ける。
2つ目は、日々の生活の現場での実体験から来る知恵を有している。
3つ目は、縦割りやヒエラルキーを超えて、全ての人が同じ立場に立てる。

全ての人たちは組織人である前に一市民です。
だからこそ、ゼロベースで共通の社会ビジョンを描くことが出来ます。
また、様々な世代やバックグラウンドの人々が、個人の立場で、縦割り社会のタコツボを抜け出して集い、異質同士が交わることで、化学変化を起こします。そして、「仕事以外に市民の顔を持つことで自分も社会を創っていけるんだ!」と嬉々として、多様な仲間と縦横無尽につながり、社会の創造に挑んでいきます。しがらみから解き放たれ、個性を伸び伸びと存分に発揮する「市民パワー」が炸裂するのです。

「行政情報の公開・提供を積極的に進め、国民と情報共有すると共に、
国民からの政策提案を募り、オープンな政策決定を推進する」
 鳩山首相は所信表明演説でこのようにも述べました。

真の意味で「生活者主権の国」を目指すのであれば、政権交代したからと
いって、私たちが改革を政治に任せっきりにしてはダメです。
自らが主体的に、しっかり政治をチェックし、時には声を上げて、政策提言
していくこと、民主主義をしっかり機能させることが何より大切なのです。


ところで、今回で一新塾ニュースは400号となります。
9年前にスタートした「創刊号」を久しぶりに読み返して見ました。
2000年3月18日、政権交代の起こった台湾総統選挙視察のことを記させていただきました。

一新塾ニュース 4月25日号(創刊号)「台湾総統選挙」
http://www.isshinjuku.com/04i_hassin/merumaga/kn_000425.html
台湾の人たち一人ひとりが国の将来を真剣に考え、体を張って、一票を投じる姿に触れて、視察した一新塾有志13名全員が「民主主義とはこういうものか!」と頭でなく肌で実感させていただきました。

あれから9年。
日本でも政権交代が起こりました。

しかし、本当の新しい国づくりはこれからです。
私たち一人ひとりが国、地域、個人の未来を真剣に考え、主体的に行動するライフスタイルに転換してゆくことです。その新しい学びと行動の場をつくるのが一新塾のミッションです。
今後ともこの場で生まれた主体的市民ingの知恵をお伝えしてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

このたび、8月30日(日)投票の衆議院議員選挙に5名の一新塾出身者が当選を果たしました。志を果たす道を邁進することを願います。

そして、いよいよ政権交代となります。
生活者が主役の新しい国づくりに向けて、日本のシステムを変革するための戦いがこれから始まります。そのために何より鍵を握るのは、私たちです。生活者である私たちがどこまで本気で声を上げ、改革に関わっていくのか、これこそが、まさに問われるのだと思います。

■第45回 衆議院議員議員選挙 (2009年8月30日)

 加藤公一氏  (2期都議養成科)  東京20区(民主党)4選
 田嶋要氏   (11期)         千葉1区(民主党)3選
 長尾敬氏   ( 9期)         大阪14区(民主党)初当選
 小野塚勝俊氏 (10期)       埼玉 8区(民主党)初当選
 大西健介氏  (11期)       愛知13区(民主党)初当選

8月5日(水)の一新塾講義には、財政破綻からの自治体再生に挑んでいる福島県泉崎村の小林日出夫村長にお越しいただき、『ピンチをチャンスに泉崎村の挑戦!』をテーマにご講義いただきました。

2000年に約68億円もの赤字を背負い、財政破綻した泉崎村。国の管理下に入る準用再建団体になるのが通例ですが、泉崎村は自力で財政再建する道を選択しました。

予算をほとんどかけずインターネットを活用し村をPR。『e-村民』として、ネット上で村のファンをつくり、交流会を何度もしかけ村を訪れるリピーターを増やし、「通勤奨励金制度」など大胆なIターン支援策で居住者となってもらいます。財政破綻後、泉崎村のニュータウンに移り住んだ人は122世帯を超え、現在、約48億円の赤字額を解消。


私が初めて泉崎村にお伺いさせていただいたのは5年前です。
天王台ニュータウンの案内に小林村長はじめ役所の皆さま休日返上でボランティアで泉崎村の住民になることを勧めている姿を拝見し、「自主再建とはこういうことか!」と大変感銘を受けました。

また、ニュータウンに移り住んだ方々が「おせっ会?」として釣りでも書道でも音楽でも、新住民が持ち回りで先生になって魅力ある田舎暮らしが満喫できるよう相互支援しあいながらコミュニティが育まれていることにとても魅力を感じました。

私たちは主体的な市民になることを目指しておりますが、まさに、
最大のピンチを再生のチャンスに変える小林村長にその精神を生きるとはどういうことであるのかを学ばせていただきました。

ブログ『泉崎村長 小林日出夫の日記』

7月25日(土)、今回の講義には、
『地域医療再生の方程式』をテーマに、
医療法人財団 夕張希望の杜 理事長の村上智彦氏に、
駆けつけていただきました。

2006年に財政が破綻した夕張市。同時に市民病院の経営も破綻。
委託費など市からの資金は一切出ない中、医師である村上氏が
「医療法人財団 夕張希望の杜」理事長として経営を引き継ぎました。

村上氏は「せっかく破綻したのだから夕張市は日本で唯一「改善」ではなくて「改革」ができる町」と腰を据えて格闘。医師が疲れ果ててしまう原因であるコンビニ医療とも烈しく戦っています。

財政危機、人口減少、高齢化のトリプルパンチは近い将来、我々の身近な自治体に襲いかかる問題です。しかし、村上氏の夕張での実践が、
全国の多くの地域で教訓になると実感させていただきました。

「医療は手段!」
私たちが、主体的に自らの目的を持ち、主体的に健康管理をしていくことこそが何より大切であることを刻ませていただきました。

また、医療を通じてセーフティネットづくりによるまちづくりビジョン
を垣間見させていただきとてもワクワクしております。

さらに、一歩踏み出すときに葛藤はなかったのですか、との質問に対して「リスクをとるから人はついてくるんだ!」との迷いのないご返答、とても胸に響きました。

そして、「新しいことを言っているのではなく、正論であたり前のことを
言っているだけ」とのお言葉をいただきましたが、正論をここまで憤りを
もって、魂込めて、熱く熱く語られる人となると他にはそういないと実感
いたしました。

とにかく、塾生一同、大いに啓発されました!
7月11日12日と三浦海岸での全国研修合宿でした!
110名の塾生が全国から結集し、朝方まで議論が続きました。
前半は、自らの根っこを徹底的に掘り下げて、ミッション基軸を打ち立てます。後半は、そのミッション基軸を現実のものとするために、政策や事業プランに落とし込むワークショップをしました。
「熱いけど癒しのある場!」これが参加者の一致した感想でした。

合宿後、最初の7月15日の講義は、早稲田大学大学院公共経営研究科教授の北川正恭さんに一新塾にお越しいただきました。
『生活者起点で日本を「せんたく」する!』をテーマに、マニフェストによる新しい民主主義の創造について熱く語っていただきました。

私たちはいかに、ドミナント・ロジックという既成概念の思い込みに縛られてしまっているのか!
未来から考えるビジョンありきの姿勢こそが、新しい創造を生み出す!
私たちの主体的な行動が、気づき、行動、共鳴、誘発、爆発の循環を起こす!

いよいよ政治が大きく動く機運の中、私たちは生活者起点での社会変革にミクロの“ゆらぎ”がマクロを制するが如く“一点突破全面展開”で、挑んでいきたいと思います。


6月28日、一新塾21期の吉田雄人さん(33)が神奈川県横須賀市長選挙に、そして、一新塾6期の久保田后子さん(54)が山口県宇部市長選挙に当選されました!

吉田さんは、現役市長では、全国で三番目に若い市長となります。
朝日新聞

久保田さんは、山口県内で初の女性市長誕生となります。
読売新聞

吉田さん、久保田さんにとりましては、市政改革に向けてこれから本格的な挑戦がスタートいたします。ぜひとも、志を貫き邁進していただきたいと思います。
 一新塾18期 熊谷俊人さん(31)が千葉市長に当選!
全国最年少の市長となり、いよいよ千葉市政改革に挑みます!

 この度、ニュースサイト「 J-CASTニュース 」にて、
 インタビューを受けましたので、以下をご覧ください。

 『公用車やめモノレール出勤 31歳・新千葉市長の政治哲学』
  → http://www.j-cast.com/2009/06/15043246.html
 現在発売中の雑誌『SPA!』(小学館)の
「東京最大の“里山破壊”計画を許すな!」のページを、
ぜひ、手にとってご覧ください。
このメルマガでも何度か取り上げさせていただいている東京都稲城市南山の里山の巨大開発について4ページにわたり特集記事として掲載されています。

 今回は、「稲城の里山を東京の里山に!」との熱き志で、この東京最大の里山の魅力と可能性を存分に引き出す活動を日々積み上げている
第22期 内田竹彦さんのメッセージをお届けいたします。

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■■■■■ 塾生活動レポート
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■■■     「 開発が進む多摩丘陵
■■■■     『都心から最も近い、広大な里山』を次世代に! 」
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■■■■■■□               一新塾第22期 内田 竹彦


一新塾でプロジェクトを立ち上げる

  私の住む東京都稲城市は、新宿から西へ約15km、電車で約30分に位置している人口約8万人のベッドタウンです。30年ほど前までは、都心に近いながら、昔の農村の暮らしのある町でした。現在は、市の北側は多摩ニュータウン。
多摩ニュータウンとはジブリ映画『平成狸合戦ポンポコ』の舞台になったところです。3月に東洋経済から出た調査結果では「住みよさランキング全国第一位」になりました。その点大いに自慢したいところですが、一方で、その最大のうりである約87haの里山(通称:南山)が、開発でなくなろうとしています。

 里山とは、人の暮らしの中にある野山で、そこで畑を耕したり、薪になる木を取ったりしている場所。そこは人が適度に利用することで、かえって多くの生き物が暮らしているのです。南山も多種の樹木に囲まれタヌキ、ウグイス、オオタカ、クワガタ、キツツキ、カブトムシ、など数百種類の生き物が暮らしています。

 私は、一昨年から子供のころから親しんだこの里山が残せないかと、自然保護団体の活動に参加したり、市民の方々と活動を始めました。昨年の8月からは一新塾でメンバーを募り「稲城の里山を東京の里山へ!」プロジェクトを始めました。


●「稲城里山元気塾」発足

 活動を通じ、東京都、稲城市、組合の方々と話をするなかで学んだのは反対のための反対運動からは、何も生まれないということでした。みんな心の奥に持っている共有のものがあるのでは、そこで繋がることがとても大事なのではと感じるようになりました。

 そこで、自分が心の中で感じていた里山がどれだけ貴重な場所かということを、多くの人に感じてもらう活動を始めました。そこでプロジェクトメンバーと立ち上げたのが「稲城里山元気塾」です。地権者の人にも改めて持っている土地の新たな価値を感じ、尊い里山の存在を共有できたらという想いもありました。

 ここでは、山の畑、雑木林、休耕田などを利用して、散策、きのこ狩り、
イモ掘り、大根抜き、ネイチャーゲーム、自然観察、農業体験、鍋パーティー、下草刈り、など、数々のイベントを実施しています。昨年秋から今年3月までに延べ200人以上が参加くださっています。
 

●進む事業

 この開発は(大手法人、個人を含む)260名の地権者からなる組合が事業主体の民間事業です。その9割を超える地権者が書類上は同意して始めた事業ではあります。この開発の根底には、地元地権者の税金問題があり、長年固定資産税を払ってきた地権者にとって、開発して売れる土地にして、相続税の資金にしたい、とか、家族に家を建てられるようにしてあげたい、という動機があります。
また、土地所有面積で全体の約38%を持つ、三井不動産とよみうりランドも宅地にして売れるように、とか、人が住めば遊園地にも人が来ると考えていると組合識者は話しています。

 このような状況で、事業は粛々と進んでいます。3月にはとうとう工事も始まり、多くの樹木が伐採されてしまいました。


●誰のための開発か

 9割が同意した事業ではあるのですが、現実にはその事業内容を説明されていないで、よくわからないままハンコを押した住民や、農家の方もいます。
里山のまま残すのがいいと事業自体に賛同しない地権者もいます。このような状況で始まった事業は、その後2回行われた年度総会の議決、特に昨年の事業計画の見直しの議案には170名強の賛成票という結果で、地権者の9割には至っていませんでした。

 事業自体の不透明さも地権者にとってはあります。地権者の意向を後回し、又は訊かないままの仮換地指定です。仮換地指定とは開発後に本人の土地がどこにどのようになるか決定する行政行為です。地権者にとっては自分の財産がどうなるか非常に重要なことなので、本来は充分に地権者の意向を訊き、協議を重ね行うのですが、少なくとも1割以上の地権者が同意をしないまま、一般地権者が発言できる機会のない総代会で決定が行われました。そして行政不服審査請求が地権者の間から出されている状態で、工事が開始となりました。

  そして、これまで一貫して、情報公開が断片的で、どのようなリスク、責任が地権者にあるかが判断できないでいます。
そしていま、百年に一度の金融・経済危機、少子化、高齢化、住宅ニーズの減少など、現実に起きている未曾有の問題に対し事業がどのような状況かもわからず、地権者自身も将来への危惧がでてきている状態です。

 そして、行政は組合がやっている事業なので、安全や事業のリスク、責任は組合員(地権者)にあるというスタンスです。事業を後押ししていながら、もしもの時には助けないという姿勢が明らかになってきました。

  事業責任もリスクも地権者だけが背負ったまま、なかにはこのままでは生活が出来ないという地権者がいる中、工事だけは粛々と進められています。
行政もそれを後押しています。一体だれのための事業なのでしょうか?


●試される市民力

  このような状況が組合内部で起こっている中、開発見直しの行動を行って
きました。昨年8月には20000筆の署名を携え市長に開発見直しの対話を求めましたが実現しませんでした。今年3月には25000筆を超える署名を、今度は議会に提出し、開発見直しを求めました。現在、継続審議中で、なんとかこの声が消えてしまわないように、稲城の宝であることを共有認識にしようと、行動を続けています。

 地元での活動を通して、いかに自分が市政に市民として参加していなかったか痛感しました。特に、市民の代弁者の議員とさえも、その関係は遠いものでした。

 数年前まで、テレビで政治の批判ばかりしていた私は、もう批判はやめようと、しっかり勉強し、選挙とか、行動しようとしてきたつもりが、肝心の自分の暮らしに最も近く、影響の強い、市政に無頓着だったのです。

 しかし、今回の活動で稲城市の行政の街づくりや、議会の、各議員の活動を肌で感じることができました。これは自分の将来にわたって暮らすまち、そして住民のためのまちのがどうあるべきかを大いに考えることができ、収穫でした。
組織や企業の論理での箱もの中心の街づくりでは、人間はおいてけぼりとわかりました。そして、周辺地域にはもはやない野山(里山)という稲城唯一の宝も失う。なので、自然とともに暮らせるまちにしないと、地権者も市民もすべてを失うと、感じました。


●今後の活動

 工事は現在いったん止まっていますが、いつ再開されるかわかりません。
賛成反対の枠でない、大きな枠で、地権者の方々と里山の価値を共有できるように、心に響くように伝えつづけ、引き続き頑張っていく覚悟です。
 そして、近い将来東京で暮らす人が自然あふれる稲城に何万人と訪れる場所になるように志を失わず行動していきます。

 現在「稲城里山元気塾」では開発見直しの電子署名を行っています。
稲城市だけでなく全国の方の声を地権者に届け、その価値の共有から、開発見直しにつなげる目的です。ご覧いただきコメントお寄せいただけましたら、この上ないことです。(できる限り実名でお願い申し上げます。)

署名サイト『署名TV』
企画名『東京都稲城市のタヌキの暮らす多摩丘陵(南山)開発見直しを求める署名』 http://www.shomei.tv/project-817.html

  また、繰り返しになりますが、現在発売中の雑誌『SPA!』に、この開発問題が4ページにわたり掲載されています。
ぜひこちらもご覧いただきたくお願い申し上げます。

【稲城里山元気塾HP】 http://outdoor.geocities.jp/ecofarmer1/