このたび、卒塾生の方より、メディア登場のご連絡をいただきましたので、
ぜひ、共有させてください。

【もくじ】■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 (1)NHK総合テレビに澤登和夫さん(21期・23期)が出演!
 (2)NHKラジオに柳川直子さん(11期)が出演!
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(1)NHK総合テレビに澤登和夫さん(21期・23期)が出演!
   9月16日(木)18:10〜19:00 「首都圏ネットワーク」
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一新塾第21期・23期生で、「うつ蔓延社会をうつ円満社会に!」を
ビジョンに「株式会社ありがトン」を起業された澤登和夫さんより
ご連絡をいただきました。

明日9月16日(木)のNHK総合「首都圏ネットワーク」にテレビ
出演をされるとのことです。

●以下、澤登さんよりいただいたメッセージです。

21期、23期のさわとんこと澤登和夫です。
カウンセラーとして活動しつつ、
さらに多くの力を結集して「うつ円満社会」を創るために
NPOうつサポーターズを来年4月に立ち上げる予定です。
それに向けて、活動しています。

さて、
NHKの首都圏版で、月曜日からこんな特集をしています。
「ミドルエイジクライシス〜30代 ひずみ世代の今」
http://www.nhk.or.jp/shutoken/project/mc1/index.html
30代は、「他の世代に生まれたかった」という人が3人に2人いるそうです。30代は、10人に4人が「他の世代より損をしている」と思っているそうです。みなさんは、いかがでしょうか?

明日9月16日のNHK総合
「首都圏ネットワーク(18時10分〜19時:首都圏のみ)」
では、「30代の自殺」が、テーマになります。

その中で、私が出演させて頂きます。
以前そういう行為をしようと思った人として、
そして、今カウンセラーとして、辛い思いをしている人に向き合っている立場として。

首都圏以外の方も、たぶん放送日の翌日くらいから、
下記のHPで放送内容が見られると思います(たぶん、PCのみです)。
http://www.nhk.or.jp/shutoken/project/mc1/lineup/index.html
番組を見て、感じたことを教えて頂ければとても嬉しいです。

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(2)NHKラジオに柳川直子さん(11期)が出演!
   9月16日(木)「ラジオビタミン」、AM11時5分頃
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一新塾第11期生で神奈川県愛川町で、かつての愛川町の一大産業と
して栄えたほうき作りを”復活”させようと奮闘されている
柳川直子さん(「まちづくり山上」代表)よりご連絡をいただきました。

明日9月16日(木)のNHKラジオ「ラジオビタミン」に出演される
とのことです。出演時間はAM11時05分頃〜12分頃までの予定です。
 今回は一新塾「大阪」地域科の現役生、三浦浩史さんのメッセージをお届けします。
 三浦さんは理学療法士として20年のキャリアを重ねられたリハビリの専門家です。業界に新しい風を注ぎ込むべく「リハビリテーションネットワーク」の実現に向け挑戦しています。病気・障害・高齢であっても社会の中で自分の役割を持ち、人生を謳歌できるように支援する仕組みです。これからの時代に切実に求められるサービスです。
三浦さんの熱きメッセージ、ぜひ、じっくりご一読ください。

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■■■■ 塾生活動レポート
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■■       『リハビリテーションネットワークを目指して』
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■■■■                   一新塾第25期「大阪」地域科
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「リハビリテーションネットワーク」とは、病気・障害・高齢であっても社会 の中で自分の役割を持ち、人生を謳歌できるように支援する仕組みです。大阪 に、小さくとも本当の社会的復権ができるリハビリテーションセンターの設立と支援システムの構築を目指しています。

 例えば、50歳で脳の病気をしたとき、1年くらいで歩けるかどうかは理解できても、仕事など「社会で生きるために自分ができることやできないこと」を理解できず目標を失うことが多々あります。これは自分には何ができて何ができないかをはっきり教えてくれる専門家がいないためです。仕事をするためには、体が動けばよいというものではありません。判断力・集中力・周りを気遣う想像力など多くの判断力が必要です。これらの能力を専門家で判断し書面化することでまず理解していただきます。

 その上で、車椅子利用の方が通学路や公園の見守りをしたり、地域の掃除をしたり、具体的にできる地域ニーズや仕事などのマッチングとその事前訓練と調整を行い、人生を謳歌してもらいたいのです。障害があってもできることは沢山あります。その方がもっている可能性を地域の中で生かすことができる社会になることを望んでいます。


●社会の現状と課題

 今、皆さんが脳の病気になり障害が体に残ったとしたらどのように人生を送りますか?

 大阪市では、障害手帳を取得されている方が約15万人います(人口比5.6%)。手帳を取得しない軽度の障害の方や高齢のため体が思ったように動かない方々を含むと約72.5万人(人口比27.5%)がいます。

 50歳の働き盛りで脳卒中になり、リハビリを懸命に行い日常生活はできるようになったが、復職できず何を目標に生きていけばわからなくなっている人がいます。こういう方々の多くは自宅に閉じこもったり、懸命に回復を願い、リハビリ(機能訓練)を10年以上も継続される方もいます。

●根本原因 「無理しないでゆっくりして」から「さぁやってみよう」へ

a)社会にある原因
 「病気・障害・高齢という心身の変化があっても、人には可能性がある。そして社会の中にその人の役割がある」といつも感じています。されど、共に暮らす地域の人々を見回しても、病気・障害・高齢の方は擁護対象であり、守るべきという概念で充満しているように思います。この思いが可能性にチャレンジする人の壁になりやすいのです。

b)本人と支援者の中にある原因
 治らない病気や障害が残る病気といわれたらほとんどの方が「絶望」的な印象を持つと思います。しかし、病気や障害があってもできることは残っています。残った能力を使って自分の可能性にチャレンジできるメニューのようなものがあれば気持ちのベクトルは前向きになるのではないでしょうか?

 治療と同時に当事者へ「自分に何ができるのか・できないのか、練習すれば何ができるようになるのか、社会の中にできることはあるのか?」などを明確に提示していないため本人も希望を見出せないのです。

 また、当事者は、病気・障害を持つことで自分の気持ちの整理など人生の大きな分岐点を迎えます。大きな心の変化が日々続きます。この心の変化と社会復帰にはかなりの相関関係があります。大切なのはその変化の中で前向きのベクトルを周りへ表現したとき、そのタイミングで、周りが一緒に進もうと共感し後押しできるかどうかです。

c)病院や老人保健施設にある原因
 現在の病院や老人保健施設のリハビリの流れでは「日常生活の復帰」を目標にしています。そこで社会復帰する生き方を見つける支援はなかなか行われていないのが現状です。

●今までの自分

 私は、鳥取県倉吉市という人口4万人の小さな町で大きくなりました。自然を相手に遊び、怪我ばかりしていたように思います。ただ、中学時代には祖母が寝たきりになり、母親が介護と仕事(商売)を両立し、一時は家庭崩壊を迎えました。このころに医療への道を進むこととしました。大阪市の国立のリハビリの専門学校へ入学し、とても厳しい3年間(経済的にも貧困学生であり、同時に勉学も厳しいものでした)が自分の思考方法と探究心そして強さを教えていただいたと思います。

 私は、理学療法士として20年間仕事をしてきました。もともと自分のミッションとして「どんな病気の人も治療できる理学療法士になりたい」と考え、3箇所の病院を渡り歩きました。

 国立病院で難病のリハビリを行い、リウマチなど治らない病気に立ち向かう若者や野球好きな人そして脊髄(背骨の中の神経の束でここに病気が起こると「足が動かない」「排泄がわからなくなる」などの体の障害が起こります)の病気により障害に立ち向かう20代の男女など多くの方々との出会いは障害を持つことを考える機会となりました。「どうしたら治るの?」「何で私がこんな病気に・・・」こんな言葉を日々聴いていました。

 ここで出会った20代の女性は、脊髄の障害で、首から下の手足はまったく動かなくなりました。2ヶ月間他の病院で入院し、寝たきりの状態で私は出会いました。20代での病気は、自尊心などの破壊を生みます。ただ、その中でも一緒にリハビリをしました。彼女は約1年かけて、手足に障害は残ったものの走れるようにまで回復しました。私は彼女にできることとできないこと、そして治らない障害をはっきり伝えました。足の感覚がないため、足に熱湯をかけても彼女は痛みを感じません。指で物がつまみにくいため(握ることはできるが)、紐を結ぶことができません。その中で彼女は生活の自立を目標に車の運転を再度練習し、車で買い物を自分で行うようになりました。以後、彼女は創意工夫を私に教えてくれました。

 その後、私は、医療法人でスポーツリハビリを行い、怪我からのスポーツへの復帰や逆に引退を見つめてきました。そして、別の医療法人で脳の病気の急性期リハビリを行っていました。脳のリハビリは、医師・看護師・リハビリスタッフ・栄養士など関係者が、早期から目標を共有し、その上で役割を明確にして、24時間の生活の中にリハビリ要素を組み込むことで効果を上げました。その後、介護保険が施行されることとなり、医療法人の業務で老人保健施設の立ち上げを行い、同時に介護支援専門員業務を兼務し多忙に仕事をしていました。

 社会情勢も変わり、リハビリ専門職も増加し、病院で治療しても社会へ戻る活動をされている専門職が極めて少ないことを介護保険で痛感しました。ここで「自分の役割は何か?」と考えたとき、病気や障害のある方が自宅で生活するためには在宅でのリハビリが必要だと考え、現在は社会福祉法人にて訪問リハを行っています。現在では、多くの介護事業と障害事業を運営していますが、何か自分の中で靄がかかっていました。
 どんな形であれ、生きるだけではなく自分の人生の役割を全うする生活を望んでいるのではないかと思い始めました。

●一新塾との出会い・・・そして、自分の中の化学反応

  昨年、自分の大きな人生の分岐点がきました。これから自分が本当にしたいことは何かを自分と向き合い始めました。そのときに一新塾に出会い、「自分の将来ビジョン」が映像として見えないという自分の思考の弱さを実感しました。ここで、「自分にできること」はわかるが「自分がしたいこと」が漠然としていることに気づき、初めて自分を白紙にできました。ここから一新塾での化学反応が始まりました。
 

●現在の活動、そして今後の方向性

  一新塾のカリキュラムで自分のビジョンを見つめ続けると、最近明確になることがありました。自分が20年間活動してきたことは、自分のミッション探究のプロセスであり、自分がやりたかったことだとに気づきました。また、この20年間の経験と人脈などのメンター力は、今後の自分のミッションの力になります。

以下に、今後のプロジェクトの概要を記載します。

1)当事者の「私のできることパス」作成プロジェクト
リハビリテーションネットワークという仕組みを実行できるよう支援したいと思います。

  (1)対象者ができること・できないこと・可能性があることを明確にする
    評価指標の作成(これをパスとして使用)
  (2)多くの職業・地域活動の方々とネットワークを持ち、パスで分かる
    当事者のできることを地域で実行

評価の段階で具体的な参加項目を複数提示し、プログラム進行過程で絞りこむ。そしてGOALを目指すものです。

2)大阪南部にリハビリテーションセンターの設立プロジェクト
「リハビリテーションセンター」を作り、そこを地域の社会復帰ネットワーク拠点とします!この拠点には、多くの役割があります。

  役割(1):リハビリテーション(治療・訓練)の提供
  役割(2):「私のできることパス」の発行
  役割(3):職場復帰前訓練と社会復帰調整支援
  役割(4):商品開発並びに商品販売
  役割(5):福祉用具開発
  役割(6):地域役割マッチング支援
  役割(7):制度間のワンストップサービス
  役割(8):身体障害手帳の判定
  役割(9):地域への啓発活動
  役割(10):行政への働きかけ
      
これら大きなプロジェクトですが、10年かけて今後大阪市南部を中心に、都市型の社会復帰モデルを実行したいと思います。
9月9日の一新塾講師には、安藤哲也氏(NPO法人ファザーリング・ジャパン代表理事)をお迎えし「父親が変われば、社会が変わる!」をテーマにご講義いただきました。

“ファザーリング”とは、“父親であることを楽しもう!”という意味の造語。そこに込められたのは、“よい父親ではなく、笑っている父親に増えてほしい”というメッセージです。最近流行の“イクメン”とは、育児・家事を楽しめるカッコいい男のことです。

講師の安藤氏は「子育てパパ力検定」をはじめとする取り組みで、大きなムーブメントを起こし、仕事と生活を両立させ、父親であることを楽しみたい人たちを支援する活動を続々と展開されています。

父親が変わることで家族が変わり、地域が変わり、社会が変わる、
その大きな可能性をくっきりとイメージさせていただきました。

かつてはご自身も仕事一辺倒で、ワーカホリックのサラリーマンをずっとやっていたという安藤氏。もしかしたら、これまで父親の育児参加の価値に気づいた人はいたかもしれません。

しかし、安藤氏のように自らの気づきをこれだけ大勢の方に続々と連鎖させている人はいませんでした。自らが転換した姿勢を連鎖させ、新しい価値観を社会に浸透させている安藤氏の深い知恵に学ばせていただきました。

さて、今回は、今年の5月に卒塾された第24期生の勝見恭子さんのメッセージをお届けします。深く深く志の“根っこ”を掘り下げた末、2月から目黒区の社会教育館の一室で「めだかの学校」を始められた勝見さん。揺るがぬ思いで行動を積み上げる勝見さんの姿勢が胸に響くメッセージです。

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■■■■ 塾生活動レポート
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■■   『夢への一歩【笑顔と夢を運ぶサンタクロースになりたい!】』
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■■■■                      一新塾第24期 本科
■■■■■□                         勝見 恭子


「あなたにしかできないことが、きっとある!」

今、毎日が辛いと感じている子供達にそう伝えたい。
今、生きがいが見当たらず、何かに挑戦したいともがく大人達にそう伝えたい。そして、少し前まで辛くてもがいていた過去の私にこう伝えたい。
「私は今、過去の経験があるからこそ、夢に向かえています」と。


1年半前、私の夢はつかみどころのない、大きな雲のようだった。
【笑顔と夢を運ぶサンタクロースになりたい】と、理由は説明できずとも、
ただその言葉だけが、自分が心から納得できる譲れない夢だった。

一新塾で、自分の志にとことん向き合っていく中で、
日々の身近なニュースが、私を駆り立てた。

・小中学生の不登校13万人
・うつ病通院者90万人
・介護殺人200件/6年
・自殺者数3万人
・虐待相談件数4万件

「心に痛みを抱えている人が、こんなにも沢山いる。
私は、その痛みを少しでも和らげられるようなそんな活動をしていきたい」
こう決意ができたとき、私はスタートラインに立てたのだと思う。


●過去の自分に向き合う

しかし、それからの「一歩」がなかなか踏み出せなかった。
どこに向かえばいいのか分からず、幾度となく舞い戻った。
「私は一番最初に、『誰に』笑顔と夢を運びたいんだろう。」

自問自答する中、インターネットを通して
私は、理由なく心が動いてしまう子供を見つけた。

「何で生きているんだろう」と誰にも相談できず、
掲示板に思いを吐き出す小学生。
自分の過去と重なる子供だ。

小学生の頃の思いを、私は今まで心の奥深くに閉じ込めていた。
「消えてしまいたい」と思っていた日々。
毎日が辛くても誰にも本音を話せず、
常にイイコでいようとしていたこと。
心の中ではSOSを出していたのに、
外に出す勇気が、心を許せる相手がいなかった。

私は、過去の自分に向き合うのが、何よりも怖かった。
今でも、私自身が本音を、過去の経験を奥深くにしまいこんで、
建て前で生きていることに気付かされたくなかった。
過去の自分と今の自分は違うんだと思いたかった。


チームを立ち上げて、何もできなかった半年間。
過去の自分から逃げていた半年間だった。

しかしその半年間が教えてくれた。
自分が変わることでしか、社会は変えられないのだと。
私が過去の私自身を好きにならなければ、
過去の私と同じような環境にいる子供達に、
自分自身を好きにさせることはできないのだと。

そして、私の強みは、辛い心の痛みに共感できること。
過去の経験があるからこそ、今救いたい子供達の気持ちに
しっかり寄り添うことができるのだと。

だからこそ私は今、本当の自分自身で、子供達も本音を話せる場所、
SOSを発信できる場所をつくりたい!


●「めだかの学校」

入塾から半年後。私はやっと、夢に向かって一歩を踏み出すことができた。
子供達に寄り添うことを心に決め、目黒区の社会教育館の一室を借りて、
無料の自習サポート教室「めだかの学校」を始めた。

「めだかの学校」は、子供たちが親の許可なしで来れるように、
無料で、図書館と同じ建物で開催。
友達と一緒じゃなくても来れるように、土曜日の午前中に開催。
全て、過去の私が助言してくれた。

開校して1カ月半、「めだかの学校」には誰も来なかった。
第一回  2月13日 参加者なし
第二回  2月20日 参加者なし
第三回  2月27日 参加者なし
      ・
      ・
第六回  3月20日 参加者なし

でも、私はもう舞い戻らなかった。
過去の私なら、新しい場所に参加するのは、
大きな勇気が必要なことが分かっていたから。

第七回  3月27日 小学生2名
第八回  4月3日  小学生2名
第九回  4月10日 小学生4名
第十回  4月17日 小学生7名
第十一回 4月24日 小学生6名
      ・
      ・

♪そーっと覗いて見てごらん♪

開校から半年たって、現在は毎週平均5,6人の小中学生が勉強に来るようになった。
地域の方もボランティアスタッフとして4人加わってくれて、
子供達はそれぞれ、思い思いの時間を過ごしていく。

黙々と勉強する子も、お菓子を食べにくる子も、スタッフに甘えにくる子も、
友達と遊びにくる子も、ずっと話していたい子もいる。みんな自然体だ。

この子たちが、いつか心が不安定になってしまった時、
自然と寄り添える距離に、私はいたい。
私じゃなくとも、地域の身近な大人が、
心の痛みに気づいてあげられる距離にいてほしい。


♪誰が生徒か先生か♪

私は今、子供達からたくさんの元気をもらっている。
一緒に励んでいる同志も、地域のスタッフの方も、
子供達と一緒にいる時の笑顔がとても素敵だ。

いつか子供達の通学路に、寄り道できる「めだかの学校」が、
立ち話しできる身近な大人が、たくさん溢れるコミュニティにしたい。

様々な大人の背中は、子供達にとって、きっとたくさんの夢の種となる。
子供達から夢や元気をもらえる大人もたくさんいるはずだ。
そして、このつながりが多くの笑顔を生んでいくと、私はそう信じている。
一新塾のモットーは“現場主義”。“現場主義”を一新塾流に定義すれば、「自分の人生」と「社会の現実」を交じり合わせて問題解決に挑むことです。 現場に足を運び、対象者と出会うことで、既成概念が砕かれます。対象者の 痛みと希望にどこまでアクセスできるかが、新しい地域創造の原動力となります。

今回は「大阪」地域科の現役生で、ふるさとの東かがわ市の魅力創造をテーマに奮闘中の小路千広さんのメッセージをお届けします。
「まず自分が砕かれる。」
「自分とコアメンバーが砕かれる。」
「自分とコアメンバーと現場の人が砕かれる。」
現場に足を運ぶたびに、同志の輪を広げプロジェクト活動を深化させています。

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■■■■ 塾生活動レポート
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■■       『 東かがわ魅力創造プロジェクト、進行中! 』
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■■■■                 一新塾第25期「大阪」地域科
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 私はふるさと再生をテーマに、2010年1月、「東かがわ魅力創造プロジェクト」を立ち上げました。人口減少と少子高齢化が進む日本の地域の中でも、特にその傾向が著しいふるさとに対して何かできないか。これまで社会のために何かをするという気持ちも経験もなかった人間ですが、現場視察を重ね、まずは地域のお宝を見つけて情報発信をしていきたいと考えるようになりました。
これまでのプロジェクトの歩みを報告します。


●ふるさとのために何かできないか

 四国香川県の東端に位置する東かがわ市は、2003年、市町村合併により誕生 した人口3万5千人の小さな市。私のふるさとです。主な産業は、手袋産業(全国シェア90%)、漁業(安土池はハマチ養殖発祥の地)、農業。近年、少子 高齢化が進み、1年間に生まれる子どもの数が100人を切り、年間300〜400人のペースで人口が減少しています。

 私は高校卒業まで地元で過ごし、進学のために大阪へ出て以来30数年間、ふるさとにはほとんど関わってきませんでした。田舎で埋もれるのは嫌、華やかな都会で暮らしたいという地方出身者の典型です。現在は神戸に住み、企業広報誌などのライターをしています。

 これまで仕事だけしかないと思っていたわけではないけれど、気がつけば50代半ばになり、夫もいない、子どももいない。何も残していないことを反省し、一市民としてこれからの人生、一つぐらい社会に役に立つことをしなければと思うようになりました。そんな時にあるメルマガで目にとまったのが、一新塾の案内です。ちょっとハードルが高そうだけど、他責、他力本願の自分を変える最後のチャンスと思い、飛び込みました。そして、自分のテーマを探す中で見つけたのが、ふるさと東かがわ市の再生でした。


●現場を繰り返し訪れて分かったこと

 1月に参加した地域科の京都合宿でプロジェクトを立ち上げたものの、東かがわ市のことはほとんど知らず、まずはメンバーの越智さんと二人で現場を見に行くことにしました。

 1回目は2月、ネットで東かがわ市の情報を調べ、主な観光地と施設をぶらぶらと見学。2回目は3月、東かがわ市の観光振興とまちおこしを進める東かがわニューツーリズム協会の女性職員、高橋さんに活動内容をヒアリング。実家へ寄って、弟夫婦とその友人や近所の人に東かがわ市の現状を聞きました。

 2回の現場視察を通じて、東かがわを活性化するためには、地元のお宝を見つけ、それを観光資源にして他の地域から人を呼び込むことではないか。そのためには、行政やニューツーリズム協会まかせではなく、地元の人が主体的に考えて行動することが重要だと考えました。しかし、そんなこと誰でも気が付くし、今までもやってきているはず。なぜ、うまくいってないのだろうという疑問がわいてきました。

 そこで、5月、大阪地域科の定例会で一新塾の皆さんに外部から見た東かがわ市を見ていただくとともに、地元の人たちの考え方を知る意見交換会を開くことにしました。4月の下見を経て、5月下旬の土日、1泊2日で「東かがわ魅力創造プロジェクト」の現場視察を実施。1日目は、引田味めぐりと東かがわニューツーリズム協会・井上事務局長へのインタビュー、手袋資料館見学の後、夜は東かがわ市企画課、東かがわ市商工会の人や私の家族、知人などと意見交換会を開催。2日目は、四国八十八カ所奥の院、輿田寺を見学した後、総括をして解散というスケジュールでした。


●地域のお宝と人にまつわる情報を発信

 5月の東かがわ市の現場視察を通じて分かったのは、地元からの情報発信が少ないことと地元の人たちの危機意識が薄いということでした。

 情報発信については、イベント開催やマスコミ・近隣行政への働きかけなど、 従来の手法にとどまっており、ブログや動画配信など新たしいメディアを活用できていないこと。

 また、地元の人たちは将来に対する不安感を持っているけれど現状の生活には困っていないため、地域おこしは行政任せ、首長任せで自ら主体的に動こうとしていないこと。

 そのなかで、まず情報発信をしていくことが重要と考えて、ブログを立ち上げることにしました。

 過疎が進む山村で主婦グループが開発した猪肉の加工品、無農薬野菜のメニューを提供する農家レストラン、地域の歴史を掘り起こし方言の研究をしている郷土史家など、まだあまり知られていない地域のお宝や地元で活動する人々を発掘し、それらにまつわる物語を通して、東かがわの魅力を発信していきたいと考えています。また、地域の人々と都市の人々を結びつけて、地域経済の振興につながるコーディネイト役を果たしていきたいと考えています。