一新塾には、20代から60代まで、ビジネスマン、主婦、学生、フリーター、経営者、議員、官僚、ジャーナリスト、デザイナー、など様々なバックグラウンドの方が結集します。

最近は、舞台をビジネスから地域に移し変えて「第二の人生」を踏み見出そうという団塊世代の方々も増えてまいりました。
そして、世代を超えて同志と共に、協働してプロジェクトを立ち上げています。この世代を超えたコミュニケーションこそが、プロジェクト推進の大きな原動力となっています。

しかし、世の中では、“世代間断絶”という言葉をよく耳にします。これが最近では家族の中にも侵入してきています。それによって、最も確かで最も信頼の置けるはずであった家族の絆ですら危ういものとなってきています。

堺屋太一氏は、団塊世代論で“世代間断絶”を以下のように考察されています。

「 団塊世代の両親は大正世代。ようやく日本が工業化したとはいうものの、まだまだモノ不足で人余りで、生活に腐心した時代。
当然、モノを大事に長く使う。お袋の味、家庭医療、近所・親類付き合い
など教えを乞うことがたくさんで「生活の知恵」は誇りであった。そして、
貧しい物財と安価な人力をどう使うかのソフトウェアと地域コミュニティや親類縁者とどう付き合うかのヒューマンウェアが代々引き継がれていた。

また、姑は7分の親切と3分の意地悪が普通であった。
ところが、団塊世代が家庭を持つ70年代には、家庭電化で家事は自動化、衣服は使い捨て、食事はインスタント、買い物はスーパー。もう、姑のもつ「生活の知恵」は要らない。団地やマンション暮らしには近所づきあいもない。故郷を出た人は親類と顔を合わせる必要ない。
仕事の上でも、サラリーマンなら親の世代に相談する必要もなければ、
その意味もない。子どもは塾通いで、祖父母が躾ける間もない。

その一方、舅姑は、新しい生活に必要な知識と技能に乏しい。
自動車の運転もできなければ、電気製品の修理も出来ない。
パソコンも出来ない。使い捨てはもったいないと思うから家のなかは片付かない。これでは、舅や姑の権威が保たないのも当然。この結果、団塊世代は親とは別居。職場以外には帰属意識も相談相手も持たない職縁社会の核家族となった。団塊世代も気がつけば、子どもたちに自分が伝えることができることが何もないことに気づく。それが、現代である!」


親との関係を切ってしまった団塊世代。
その結果、思いもよらず、子どもとの絆も切れてしまいます。
もしかしたら、この現象は、日本の歴史初まって以来の出来事ではないのでしょうか。

これまで、企業戦士として、組織のミッションのために人生を賭して突っ走ってきた団塊世代が選択したライフスタイルがもたらした思わぬ副作用。
そして、卒サラして自由になった今、団塊世代の方が「第二の人生」を、
今度はどういったライフスタイルにデザインし直すのか。

日本の将来を左右する重要な鍵のひとつではないでしょうか。

 一新塾出身の社会起業家、深田智之さんは、現在、福島県 会津若松の東山温泉街の活性化に奮闘中です。
「くつろぎ宿」の社長として、地域再生ファンドを活用して、3軒の老舗の旅館を一括再生し、温泉街全体の活性化への最先端の取り組みが、この度評価され、国際的な起業家表彰制「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー ジャパン2008」のファイナリストに選出されました!
表彰式の様子など、こちらでご覧いただけます。
http://www.eoy.ne.jp/news/2008/entry1008_95.html
深田さんは、かつて、銀行系のシンクタンクを脱サラ起業して、毎年7000万円の運営赤字を重ねる年金保養基地「グリーンピア土佐横浪」のハコモノ再生に挑みました。
30泊8万円の長期滞在プランに地元の農業や漁業の仕事を手伝う体験メニュー、ホエールウォッチングや浮き桟橋の上での魚介類のバーベキューなど、地元の農業と漁業とのコラボレーションで続々とアイデア商品を生み出しました。
そして、利用者数30%増やして、なんと2年間で黒字化に実現した。ホテルの再生のみならず、地域まで元気にしてしまったツワモノです。
もし、あなたが新しい一歩を踏み出そうと思うのなら、
もし、あなたが社会を変えようと思っているのなら、
以下の3つのステップが必要だ。

一段階目は、自らのミッションを定めること。
二段階目は、定まったミッションを現実へと結ぶために、
  プランニングの技術を学ぶこと。
三段階目は、社会実験に挑むこと。

大切なことは、一段階目のミッションを鮮明にする段階でも
同志の存在がとても大きいことを知ることだ。

多くの人は企画書が完成しなければ他人に相談できないと
思っている。それゆえ、ミッションが定まるまでは一人で
悶々と悩んだり考えたりする。あえて人とは話をしない。
いわゆる、二段階目までは一人で行う人が多い。

けれども、実は漠然としたミッションであっても
ありのままを伝えることができれば、企画書が完成していなくても
切実感を共有できる同志であれば、必ず引き上げてくれる。

つまり、上記の3つのどのステップでも
切磋琢磨しあう同志がいることで何倍もの相乗効果が
生まれるということなのだ。

同志と出会えば、共鳴が起こり、シナジー効果によって、
一人のときには思いもよらなかった計り知れない可能性が
開けてくる。

それは、一新塾14年の歴史が証明している。

同志との出会いからすべてがはじまるのである。
もう10年前になるが、
当時、一新塾の塾長であった大前研一さんから政策提言指導の講義で、
こう言った。(大前氏は一新塾創設者です。)

「コンサルタントは
 馬鹿にされないレポートを書くというのでは飯は食えない。
 政策提言はコンサルタントに似ている。

 自分を追い込んで、そういうところまで言い切っていいのかと。
 言い切るというのは非常に大変なことだ。」

さらに、大前さんはこう続けた。

「マッキンゼーで新人教育のときに『リサーチ会社になるな。
 リサーチャーになるな』とよく言ったんだよ。
 コンサルタントというのは、
 最後の一言が言えるかどうかがコンサルタントだと。
 色々調べて何が正しいかを気にするのがリサーチだと。
 この二つは違うぞと。

 『今日の天気は曇りのち晴れ、ところにより雨。
  雨の確率は32パーセント。』
  と答えるのは、リサーチャー。
 
  コンサルタントは、
  『社長、今日は傘はいりません』あるいは
  『社長、今日は傘を持ってかないとひどい目にあいますよ』
  と言うかのどちらかなんだよ。

  政策提言もこれなんです。
  要するにね、雨の確率なんかより、傘はいるのか、いらないのか!」


実際、この“言い切る”ことはなかなかできない。
これは、曖昧な表現を好む日本人の特徴だと思う。
“言い切る”ためには、覚悟が必要なのだ。

一新塾では、”言い切る”政策提言で道が開いた事例がある。
「ふるさと納税」だ。
住民税の約1割を上限に、現在住んでいる自治体から故郷の自治体に
納められるようにする制度である。
この「ふるさと納税」の政策は、2002年に、一新塾の教室でネーミング
吉田博則さんをはじめとする一新塾生が“言い切った”ものだ。

ふだん収めている税金を自分たちを育んでくれた“ふるさとに納税”
することで、故郷を活性化させることができないものかと考えた。
所得税を納めるようになった個人を育てたのは個人のふるさとである。
人間形成、技能修得の大切な時期を過ごしたふるさとへの恩返しの
意味もある。
当時は、個人の所得税の一定割合を個人が育ったふるさとの都道府県に
納税するという新税制度を発案し「ふるさと納税」とネーミング。
中央集権を打破し「地域主権」を実現するための新しい税財政の実現
のトリガーになると信じた。

2002年10月より、一新塾生有志(様々な職業の塾生たち)で
議員会館に通い詰め、与野党の地方分権に関心のある国会議員47名の
一人ひとりの事務所をたずねて説明して回った。
ところが、議員の方々からは
   「これは難しい!従来の税の考え方を超えているから」
と何度も言われた。

HPをつくり発信した。
一新塾編著の本「今のニッポンを変えろ!」でも発表した。
その時の合言葉は、
「良いと思ったことは、会って会って会って伝えて伝えて伝えよう!」
少々かたちは変わったが、その後、いろいろな人たちがこのコンセプト
に共感し、推進し、具現へと向かわせた。

やはり、覚悟を持って“言い切る”ことが国を動かすのだ。

当時の一新塾の仲間は皆、別々の職業を持ち、バックグランドも違う
者同士だったが、「ふるさと納税」のビジョンに共感して動いた。
このことは、一市民だからこそ、の道の拓き方だったと思う。





日本では、長らく経済活動至上社会が続いてきた。
年金、医療、福祉、環境、教育の問題を先送りしても、経済に資源を集中させてきた。
経済至上主義を貫く原則は、「競争」。

企業の中でも家庭の中でも、「競争」が激しくなった。人を押しのけても競い合う。結果として人のつながりが切れ孤立してしまう。このために、私たちはどこに行っても、頑張れば頑張るほど孤立し分断されてしまう不安定さを常に抱えることとなった。さらに、その不安から身を守るために、権力・能力・富を競い合って求めることとなる。しかし、この負のサイクルでは、どこまでいっても不安は消えません。自分と他人はますます切り離されるのだ。

そもそも経済活動の目的はなんであったのか?
個人の幸福に向かうものではなかったのか?
豊かな地域コミュニティに寄与するためのものではなかったのか?
国の繁栄と豊かさに寄与するものではなかったのか?
さらに、世界全体の調和に貢献するものではなかったのか?
とすれば、個人にとっても、企業にとっても、地域にとっても、国にとっても、世界にとっても、それを貫く一本の軸があるのではないかと思います。
個人に大切なことは企業にも大切。企業に大切なことは地域にも大切。地域に大切なことは国にも大切。国に大切なことは国際社会にも大切。

本来の目的に立ち戻れば、そこに競争原理はありません。
あるのは、補完関係、協働、そして、調和。

今こそ、新しい原理原則が求められている。