もう10年前になるが、
当時、一新塾の塾長であった大前研一さんから政策提言指導の講義で、
こう言った。(大前氏は一新塾創設者です。)

「コンサルタントは
 馬鹿にされないレポートを書くというのでは飯は食えない。
 政策提言はコンサルタントに似ている。

 自分を追い込んで、そういうところまで言い切っていいのかと。
 言い切るというのは非常に大変なことだ。」

さらに、大前さんはこう続けた。

「マッキンゼーで新人教育のときに『リサーチ会社になるな。
 リサーチャーになるな』とよく言ったんだよ。
 コンサルタントというのは、
 最後の一言が言えるかどうかがコンサルタントだと。
 色々調べて何が正しいかを気にするのがリサーチだと。
 この二つは違うぞと。

 『今日の天気は曇りのち晴れ、ところにより雨。
  雨の確率は32パーセント。』
  と答えるのは、リサーチャー。
 
  コンサルタントは、
  『社長、今日は傘はいりません』あるいは
  『社長、今日は傘を持ってかないとひどい目にあいますよ』
  と言うかのどちらかなんだよ。

  政策提言もこれなんです。
  要するにね、雨の確率なんかより、傘はいるのか、いらないのか!」


実際、この“言い切る”ことはなかなかできない。
これは、曖昧な表現を好む日本人の特徴だと思う。
“言い切る”ためには、覚悟が必要なのだ。

一新塾では、”言い切る”政策提言で道が開いた事例がある。
「ふるさと納税」だ。
住民税の約1割を上限に、現在住んでいる自治体から故郷の自治体に
納められるようにする制度である。
この「ふるさと納税」の政策は、2002年に、一新塾の教室でネーミング
吉田博則さんをはじめとする一新塾生が“言い切った”ものだ。

ふだん収めている税金を自分たちを育んでくれた“ふるさとに納税”
することで、故郷を活性化させることができないものかと考えた。
所得税を納めるようになった個人を育てたのは個人のふるさとである。
人間形成、技能修得の大切な時期を過ごしたふるさとへの恩返しの
意味もある。
当時は、個人の所得税の一定割合を個人が育ったふるさとの都道府県に
納税するという新税制度を発案し「ふるさと納税」とネーミング。
中央集権を打破し「地域主権」を実現するための新しい税財政の実現
のトリガーになると信じた。

2002年10月より、一新塾生有志(様々な職業の塾生たち)で
議員会館に通い詰め、与野党の地方分権に関心のある国会議員47名の
一人ひとりの事務所をたずねて説明して回った。
ところが、議員の方々からは
   「これは難しい!従来の税の考え方を超えているから」
と何度も言われた。

HPをつくり発信した。
一新塾編著の本「今のニッポンを変えろ!」でも発表した。
その時の合言葉は、
「良いと思ったことは、会って会って会って伝えて伝えて伝えよう!」
少々かたちは変わったが、その後、いろいろな人たちがこのコンセプト
に共感し、推進し、具現へと向かわせた。

やはり、覚悟を持って“言い切る”ことが国を動かすのだ。

当時の一新塾の仲間は皆、別々の職業を持ち、バックグランドも違う
者同士だったが、「ふるさと納税」のビジョンに共感して動いた。
このことは、一市民だからこそ、の道の拓き方だったと思う。





日本では、長らく経済活動至上社会が続いてきた。
年金、医療、福祉、環境、教育の問題を先送りしても、経済に資源を集中させてきた。
経済至上主義を貫く原則は、「競争」。

企業の中でも家庭の中でも、「競争」が激しくなった。人を押しのけても競い合う。結果として人のつながりが切れ孤立してしまう。このために、私たちはどこに行っても、頑張れば頑張るほど孤立し分断されてしまう不安定さを常に抱えることとなった。さらに、その不安から身を守るために、権力・能力・富を競い合って求めることとなる。しかし、この負のサイクルでは、どこまでいっても不安は消えません。自分と他人はますます切り離されるのだ。

そもそも経済活動の目的はなんであったのか?
個人の幸福に向かうものではなかったのか?
豊かな地域コミュニティに寄与するためのものではなかったのか?
国の繁栄と豊かさに寄与するものではなかったのか?
さらに、世界全体の調和に貢献するものではなかったのか?
とすれば、個人にとっても、企業にとっても、地域にとっても、国にとっても、世界にとっても、それを貫く一本の軸があるのではないかと思います。
個人に大切なことは企業にも大切。企業に大切なことは地域にも大切。地域に大切なことは国にも大切。国に大切なことは国際社会にも大切。

本来の目的に立ち戻れば、そこに競争原理はありません。
あるのは、補完関係、協働、そして、調和。

今こそ、新しい原理原則が求められている。