さて、今回は、今年の5月に卒塾された第24期生の迫博司さんよりメッセージをいただきました。第24期で迫さんが立ち上げ、7名の同志と現場主義で協働し取り組まれている「こどもたちのエコスクール」プロジェクトの1年を振り返っていただきました。

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■■■■ 塾生活動レポート
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■■         『 こどもたちのエコスクール 』
■■      〜一新塾でのプロジェクト活動を振り返って〜
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■■■■                      一新塾第24期 本科
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  第24期生の迫です。在塾中の2009年8月に「こどもたちのエコスクール」を立ち上げ活動を開始しました。

  私たちのチームの成果は、人の繋がり、人の和です。何があっても、想いを発信し、歩き続ける。そうすると必ず想いを共有できる方、サポートしていただける方に必ず出会うことができる。この確信を得ることができたこと、そして仲間の和が成果です。

●入塾の想い 日本トップクラスのエンジニア?

 入塾時、私は、大手建設会社の設備設計課長でした。勤続19年、先進的なサステナブル建築の設計を行い、度々、学会から賞を頂き、その成果を国際会議で発表してきました。私には、自分の専門性においては、日本のトップレベルで仕事をしているという自負もありました。ただ、どんなに優れたサステナビリティの高い建築をつくっても、社会的に普及しないことに、限界を感じていました。19年でどれだけの建物をつくれたか。これから20年でどこまでできるのか、と。

 中学校の設計を頼まれた時、学校から「エコスクールの設計をお願いします。 新校舎は、勉強に集中できるように、全て冷暖房完備でお願いします。」と。 違う!学校には夏休みがあるのです。 自然通風や建物配置を工夫すれば、 冷房なしでも快適に過ごせるのです。また、どうしたら涼しく、また、温かく 快適に過ごすかは、こどもたちが自分たちで考えることが大切なのに、室内温度が28℃になるまで我慢。28℃を超えたらエアコンをつけてよい。などと決めつけることも間違っている。そんな中、もやもやした気持ちで一新塾の門を叩いたのです。


●1人で見知らぬ学校訪問

 チーム名「こどもたちのエコスクール」。
(1)こどもたちに建築と環境・エネルギーの知恵と工夫について授業。
(2)こどもたちが自分たちの学校を、自分たちの知恵で省エネ化。
(3)削減した水光熱費で、こどもたちが社会問題解決。         
考え方は、分かりやすいものです。

 私は、チーム結成前のお盆休みに、地元の新宿区の小学校へ行きました。その学校は、校庭の全面芝生化を新宿区報に掲載された学校でした。私は、校庭の芝生化の実施が進まない現状の中、芝生化を実現したこの学校には、きっとよいリーダーがいると考え、「芝生見学させてください」と言ってアポなしで訪問したのでした。素晴らしい学校でした。副校長先生とお話し、私たちが入りこむ必要のない学校でした。

 よい学校は、私たちの活動を必要としていない。一方、保守的な学校は、「いい話ですね。検討してみます。」と言ったきりで、話がすすまない。3校訪問し、我々の提案を採用してくれる学校はありませんでした。

●二度目の一新塾合同合宿と学校

 チームを立ち上げ、メンバーは、隔週のチーム打合に、忙しいながらも、参加し意見をしてくれました。ただ、一緒に活動を共にしてくれる学校が無いことには・・・。
私は、何かの気づきを求めて2回目の一新塾合同合宿に参加しました。出会いは、ここにもありました。「昨年から行っている中野エコマップの活動に、エコの専門家がいない。協力して欲しい。」とOBの大島さんから話があったのです。早速、エコマップの活動を伺い、昨年エコマップを実施した新渡戸文化学園と打合を開始しました。学校は即決で連携していくことを決めて頂きました。

●最年少メンバーから一喝

 チームメンバーは、20歳台〜大先輩まで、まったくキャリアの違う8人が集まりました。私が、資料をつくり皆にレビューをする。でも、授業のコンテンツつくりとこどもたちへの訴えについては、私の中では、かなりぶれていました。モザンビークでこどもたちに英語を教えて帰国した若手の女性メンバーにも、モザンビークの話を語って欲しいと考えていました。
でも、彼女から一喝されました。「皆、迫さんの話を聞きたくて集まっている。迫さんが話さないでどうする。」と。さらに、森嶋さんからは、「迫さんがこどもたちに語らず、誰が語る?」と言われ、自分がやってきた建築と環境・エネルギーの想いや知恵と工夫を語ろう。と気持ちが固まったのでした。

●こどもたちと環境教育の授業

  今年の活動は、
 (1)建築と環境・エネルギーの授業
 (2)鍋横商店街の実情説明
 (3)鍋横商店街の街歩き取材
 (4)こどもたちによる鍋横商店街のエコ化提案             
    することになりました。

  チーム活動も、授業コンテンツの作成、一新塾での授業リハーサル、新渡戸文化学園での授業リハーサルを経て、こどもたちのエコスクールの第1回の授業を6月に行いました。そして、7月に鍋横商店街をこどもたちがエコ化するための取材を実施しました。私も授業後、こどもたちの商店街歩き取材に同行しました。

 授業は、私にとっても、とても面白いものでした。伝えたいことをしっかり話しました。しかし、たった1コマの授業と街歩き取材で、こどもたちに何を伝えられたのか。私は、不安でした。授業後、担任の先生からは、「こどもたちは、今日の授業で何かを感じた生徒、街歩きの時に何か思い出す生徒など色々です。」と。私は、「そうか、気づきにも、色々な場面があるのだ。どれだけ多くの気づきの機会を用意できるかが大切なのだ。」と、気づかされました。授業後の生徒の質問も、様々でした。その中の1人に、何か気づきのあった生徒も確かにいました。「気がついたこと。できることは、自分で実行する!」と授業の最後に強く話した後、次の授業で、1人の生徒に変化があったところを発見しました。一番、嬉しい瞬間でした。

 9月には、いよいよこどもたちの考えをまとめ、商店街へプレゼンテーションします。どんな提案ができるのか、楽しみです。
このたび、卒塾生の方より、メディア登場のご連絡をいただきましたので、
ぜひ、共有させてください。

【もくじ】■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 (1)NHK総合テレビに澤登和夫さん(21期・23期)が出演!
 (2)NHKラジオに柳川直子さん(11期)が出演!
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(1)NHK総合テレビに澤登和夫さん(21期・23期)が出演!
   9月16日(木)18:10〜19:00 「首都圏ネットワーク」
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一新塾第21期・23期生で、「うつ蔓延社会をうつ円満社会に!」を
ビジョンに「株式会社ありがトン」を起業された澤登和夫さんより
ご連絡をいただきました。

明日9月16日(木)のNHK総合「首都圏ネットワーク」にテレビ
出演をされるとのことです。

●以下、澤登さんよりいただいたメッセージです。

21期、23期のさわとんこと澤登和夫です。
カウンセラーとして活動しつつ、
さらに多くの力を結集して「うつ円満社会」を創るために
NPOうつサポーターズを来年4月に立ち上げる予定です。
それに向けて、活動しています。

さて、
NHKの首都圏版で、月曜日からこんな特集をしています。
「ミドルエイジクライシス〜30代 ひずみ世代の今」
http://www.nhk.or.jp/shutoken/project/mc1/index.html
30代は、「他の世代に生まれたかった」という人が3人に2人いるそうです。30代は、10人に4人が「他の世代より損をしている」と思っているそうです。みなさんは、いかがでしょうか?

明日9月16日のNHK総合
「首都圏ネットワーク(18時10分〜19時:首都圏のみ)」
では、「30代の自殺」が、テーマになります。

その中で、私が出演させて頂きます。
以前そういう行為をしようと思った人として、
そして、今カウンセラーとして、辛い思いをしている人に向き合っている立場として。

首都圏以外の方も、たぶん放送日の翌日くらいから、
下記のHPで放送内容が見られると思います(たぶん、PCのみです)。
http://www.nhk.or.jp/shutoken/project/mc1/lineup/index.html
番組を見て、感じたことを教えて頂ければとても嬉しいです。

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(2)NHKラジオに柳川直子さん(11期)が出演!
   9月16日(木)「ラジオビタミン」、AM11時5分頃
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一新塾第11期生で神奈川県愛川町で、かつての愛川町の一大産業と
して栄えたほうき作りを”復活”させようと奮闘されている
柳川直子さん(「まちづくり山上」代表)よりご連絡をいただきました。

明日9月16日(木)のNHKラジオ「ラジオビタミン」に出演される
とのことです。出演時間はAM11時05分頃〜12分頃までの予定です。
 今回は一新塾「大阪」地域科の現役生、三浦浩史さんのメッセージをお届けします。
 三浦さんは理学療法士として20年のキャリアを重ねられたリハビリの専門家です。業界に新しい風を注ぎ込むべく「リハビリテーションネットワーク」の実現に向け挑戦しています。病気・障害・高齢であっても社会の中で自分の役割を持ち、人生を謳歌できるように支援する仕組みです。これからの時代に切実に求められるサービスです。
三浦さんの熱きメッセージ、ぜひ、じっくりご一読ください。

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■■■■ 塾生活動レポート
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■■       『リハビリテーションネットワークを目指して』
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■■■■                   一新塾第25期「大阪」地域科
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「リハビリテーションネットワーク」とは、病気・障害・高齢であっても社会 の中で自分の役割を持ち、人生を謳歌できるように支援する仕組みです。大阪 に、小さくとも本当の社会的復権ができるリハビリテーションセンターの設立と支援システムの構築を目指しています。

 例えば、50歳で脳の病気をしたとき、1年くらいで歩けるかどうかは理解できても、仕事など「社会で生きるために自分ができることやできないこと」を理解できず目標を失うことが多々あります。これは自分には何ができて何ができないかをはっきり教えてくれる専門家がいないためです。仕事をするためには、体が動けばよいというものではありません。判断力・集中力・周りを気遣う想像力など多くの判断力が必要です。これらの能力を専門家で判断し書面化することでまず理解していただきます。

 その上で、車椅子利用の方が通学路や公園の見守りをしたり、地域の掃除をしたり、具体的にできる地域ニーズや仕事などのマッチングとその事前訓練と調整を行い、人生を謳歌してもらいたいのです。障害があってもできることは沢山あります。その方がもっている可能性を地域の中で生かすことができる社会になることを望んでいます。


●社会の現状と課題

 今、皆さんが脳の病気になり障害が体に残ったとしたらどのように人生を送りますか?

 大阪市では、障害手帳を取得されている方が約15万人います(人口比5.6%)。手帳を取得しない軽度の障害の方や高齢のため体が思ったように動かない方々を含むと約72.5万人(人口比27.5%)がいます。

 50歳の働き盛りで脳卒中になり、リハビリを懸命に行い日常生活はできるようになったが、復職できず何を目標に生きていけばわからなくなっている人がいます。こういう方々の多くは自宅に閉じこもったり、懸命に回復を願い、リハビリ(機能訓練)を10年以上も継続される方もいます。

●根本原因 「無理しないでゆっくりして」から「さぁやってみよう」へ

a)社会にある原因
 「病気・障害・高齢という心身の変化があっても、人には可能性がある。そして社会の中にその人の役割がある」といつも感じています。されど、共に暮らす地域の人々を見回しても、病気・障害・高齢の方は擁護対象であり、守るべきという概念で充満しているように思います。この思いが可能性にチャレンジする人の壁になりやすいのです。

b)本人と支援者の中にある原因
 治らない病気や障害が残る病気といわれたらほとんどの方が「絶望」的な印象を持つと思います。しかし、病気や障害があってもできることは残っています。残った能力を使って自分の可能性にチャレンジできるメニューのようなものがあれば気持ちのベクトルは前向きになるのではないでしょうか?

 治療と同時に当事者へ「自分に何ができるのか・できないのか、練習すれば何ができるようになるのか、社会の中にできることはあるのか?」などを明確に提示していないため本人も希望を見出せないのです。

 また、当事者は、病気・障害を持つことで自分の気持ちの整理など人生の大きな分岐点を迎えます。大きな心の変化が日々続きます。この心の変化と社会復帰にはかなりの相関関係があります。大切なのはその変化の中で前向きのベクトルを周りへ表現したとき、そのタイミングで、周りが一緒に進もうと共感し後押しできるかどうかです。

c)病院や老人保健施設にある原因
 現在の病院や老人保健施設のリハビリの流れでは「日常生活の復帰」を目標にしています。そこで社会復帰する生き方を見つける支援はなかなか行われていないのが現状です。

●今までの自分

 私は、鳥取県倉吉市という人口4万人の小さな町で大きくなりました。自然を相手に遊び、怪我ばかりしていたように思います。ただ、中学時代には祖母が寝たきりになり、母親が介護と仕事(商売)を両立し、一時は家庭崩壊を迎えました。このころに医療への道を進むこととしました。大阪市の国立のリハビリの専門学校へ入学し、とても厳しい3年間(経済的にも貧困学生であり、同時に勉学も厳しいものでした)が自分の思考方法と探究心そして強さを教えていただいたと思います。

 私は、理学療法士として20年間仕事をしてきました。もともと自分のミッションとして「どんな病気の人も治療できる理学療法士になりたい」と考え、3箇所の病院を渡り歩きました。

 国立病院で難病のリハビリを行い、リウマチなど治らない病気に立ち向かう若者や野球好きな人そして脊髄(背骨の中の神経の束でここに病気が起こると「足が動かない」「排泄がわからなくなる」などの体の障害が起こります)の病気により障害に立ち向かう20代の男女など多くの方々との出会いは障害を持つことを考える機会となりました。「どうしたら治るの?」「何で私がこんな病気に・・・」こんな言葉を日々聴いていました。

 ここで出会った20代の女性は、脊髄の障害で、首から下の手足はまったく動かなくなりました。2ヶ月間他の病院で入院し、寝たきりの状態で私は出会いました。20代での病気は、自尊心などの破壊を生みます。ただ、その中でも一緒にリハビリをしました。彼女は約1年かけて、手足に障害は残ったものの走れるようにまで回復しました。私は彼女にできることとできないこと、そして治らない障害をはっきり伝えました。足の感覚がないため、足に熱湯をかけても彼女は痛みを感じません。指で物がつまみにくいため(握ることはできるが)、紐を結ぶことができません。その中で彼女は生活の自立を目標に車の運転を再度練習し、車で買い物を自分で行うようになりました。以後、彼女は創意工夫を私に教えてくれました。

 その後、私は、医療法人でスポーツリハビリを行い、怪我からのスポーツへの復帰や逆に引退を見つめてきました。そして、別の医療法人で脳の病気の急性期リハビリを行っていました。脳のリハビリは、医師・看護師・リハビリスタッフ・栄養士など関係者が、早期から目標を共有し、その上で役割を明確にして、24時間の生活の中にリハビリ要素を組み込むことで効果を上げました。その後、介護保険が施行されることとなり、医療法人の業務で老人保健施設の立ち上げを行い、同時に介護支援専門員業務を兼務し多忙に仕事をしていました。

 社会情勢も変わり、リハビリ専門職も増加し、病院で治療しても社会へ戻る活動をされている専門職が極めて少ないことを介護保険で痛感しました。ここで「自分の役割は何か?」と考えたとき、病気や障害のある方が自宅で生活するためには在宅でのリハビリが必要だと考え、現在は社会福祉法人にて訪問リハを行っています。現在では、多くの介護事業と障害事業を運営していますが、何か自分の中で靄がかかっていました。
 どんな形であれ、生きるだけではなく自分の人生の役割を全うする生活を望んでいるのではないかと思い始めました。

●一新塾との出会い・・・そして、自分の中の化学反応

  昨年、自分の大きな人生の分岐点がきました。これから自分が本当にしたいことは何かを自分と向き合い始めました。そのときに一新塾に出会い、「自分の将来ビジョン」が映像として見えないという自分の思考の弱さを実感しました。ここで、「自分にできること」はわかるが「自分がしたいこと」が漠然としていることに気づき、初めて自分を白紙にできました。ここから一新塾での化学反応が始まりました。
 

●現在の活動、そして今後の方向性

  一新塾のカリキュラムで自分のビジョンを見つめ続けると、最近明確になることがありました。自分が20年間活動してきたことは、自分のミッション探究のプロセスであり、自分がやりたかったことだとに気づきました。また、この20年間の経験と人脈などのメンター力は、今後の自分のミッションの力になります。

以下に、今後のプロジェクトの概要を記載します。

1)当事者の「私のできることパス」作成プロジェクト
リハビリテーションネットワークという仕組みを実行できるよう支援したいと思います。

  (1)対象者ができること・できないこと・可能性があることを明確にする
    評価指標の作成(これをパスとして使用)
  (2)多くの職業・地域活動の方々とネットワークを持ち、パスで分かる
    当事者のできることを地域で実行

評価の段階で具体的な参加項目を複数提示し、プログラム進行過程で絞りこむ。そしてGOALを目指すものです。

2)大阪南部にリハビリテーションセンターの設立プロジェクト
「リハビリテーションセンター」を作り、そこを地域の社会復帰ネットワーク拠点とします!この拠点には、多くの役割があります。

  役割(1):リハビリテーション(治療・訓練)の提供
  役割(2):「私のできることパス」の発行
  役割(3):職場復帰前訓練と社会復帰調整支援
  役割(4):商品開発並びに商品販売
  役割(5):福祉用具開発
  役割(6):地域役割マッチング支援
  役割(7):制度間のワンストップサービス
  役割(8):身体障害手帳の判定
  役割(9):地域への啓発活動
  役割(10):行政への働きかけ
      
これら大きなプロジェクトですが、10年かけて今後大阪市南部を中心に、都市型の社会復帰モデルを実行したいと思います。
9月9日の一新塾講師には、安藤哲也氏(NPO法人ファザーリング・ジャパン代表理事)をお迎えし「父親が変われば、社会が変わる!」をテーマにご講義いただきました。

“ファザーリング”とは、“父親であることを楽しもう!”という意味の造語。そこに込められたのは、“よい父親ではなく、笑っている父親に増えてほしい”というメッセージです。最近流行の“イクメン”とは、育児・家事を楽しめるカッコいい男のことです。

講師の安藤氏は「子育てパパ力検定」をはじめとする取り組みで、大きなムーブメントを起こし、仕事と生活を両立させ、父親であることを楽しみたい人たちを支援する活動を続々と展開されています。

父親が変わることで家族が変わり、地域が変わり、社会が変わる、
その大きな可能性をくっきりとイメージさせていただきました。

かつてはご自身も仕事一辺倒で、ワーカホリックのサラリーマンをずっとやっていたという安藤氏。もしかしたら、これまで父親の育児参加の価値に気づいた人はいたかもしれません。

しかし、安藤氏のように自らの気づきをこれだけ大勢の方に続々と連鎖させている人はいませんでした。自らが転換した姿勢を連鎖させ、新しい価値観を社会に浸透させている安藤氏の深い知恵に学ばせていただきました。

さて、今回は、今年の5月に卒塾された第24期生の勝見恭子さんのメッセージをお届けします。深く深く志の“根っこ”を掘り下げた末、2月から目黒区の社会教育館の一室で「めだかの学校」を始められた勝見さん。揺るがぬ思いで行動を積み上げる勝見さんの姿勢が胸に響くメッセージです。

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■■■■ 塾生活動レポート
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■■   『夢への一歩【笑顔と夢を運ぶサンタクロースになりたい!】』
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■■■■                      一新塾第24期 本科
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「あなたにしかできないことが、きっとある!」

今、毎日が辛いと感じている子供達にそう伝えたい。
今、生きがいが見当たらず、何かに挑戦したいともがく大人達にそう伝えたい。そして、少し前まで辛くてもがいていた過去の私にこう伝えたい。
「私は今、過去の経験があるからこそ、夢に向かえています」と。


1年半前、私の夢はつかみどころのない、大きな雲のようだった。
【笑顔と夢を運ぶサンタクロースになりたい】と、理由は説明できずとも、
ただその言葉だけが、自分が心から納得できる譲れない夢だった。

一新塾で、自分の志にとことん向き合っていく中で、
日々の身近なニュースが、私を駆り立てた。

・小中学生の不登校13万人
・うつ病通院者90万人
・介護殺人200件/6年
・自殺者数3万人
・虐待相談件数4万件

「心に痛みを抱えている人が、こんなにも沢山いる。
私は、その痛みを少しでも和らげられるようなそんな活動をしていきたい」
こう決意ができたとき、私はスタートラインに立てたのだと思う。


●過去の自分に向き合う

しかし、それからの「一歩」がなかなか踏み出せなかった。
どこに向かえばいいのか分からず、幾度となく舞い戻った。
「私は一番最初に、『誰に』笑顔と夢を運びたいんだろう。」

自問自答する中、インターネットを通して
私は、理由なく心が動いてしまう子供を見つけた。

「何で生きているんだろう」と誰にも相談できず、
掲示板に思いを吐き出す小学生。
自分の過去と重なる子供だ。

小学生の頃の思いを、私は今まで心の奥深くに閉じ込めていた。
「消えてしまいたい」と思っていた日々。
毎日が辛くても誰にも本音を話せず、
常にイイコでいようとしていたこと。
心の中ではSOSを出していたのに、
外に出す勇気が、心を許せる相手がいなかった。

私は、過去の自分に向き合うのが、何よりも怖かった。
今でも、私自身が本音を、過去の経験を奥深くにしまいこんで、
建て前で生きていることに気付かされたくなかった。
過去の自分と今の自分は違うんだと思いたかった。


チームを立ち上げて、何もできなかった半年間。
過去の自分から逃げていた半年間だった。

しかしその半年間が教えてくれた。
自分が変わることでしか、社会は変えられないのだと。
私が過去の私自身を好きにならなければ、
過去の私と同じような環境にいる子供達に、
自分自身を好きにさせることはできないのだと。

そして、私の強みは、辛い心の痛みに共感できること。
過去の経験があるからこそ、今救いたい子供達の気持ちに
しっかり寄り添うことができるのだと。

だからこそ私は今、本当の自分自身で、子供達も本音を話せる場所、
SOSを発信できる場所をつくりたい!


●「めだかの学校」

入塾から半年後。私はやっと、夢に向かって一歩を踏み出すことができた。
子供達に寄り添うことを心に決め、目黒区の社会教育館の一室を借りて、
無料の自習サポート教室「めだかの学校」を始めた。

「めだかの学校」は、子供たちが親の許可なしで来れるように、
無料で、図書館と同じ建物で開催。
友達と一緒じゃなくても来れるように、土曜日の午前中に開催。
全て、過去の私が助言してくれた。

開校して1カ月半、「めだかの学校」には誰も来なかった。
第一回  2月13日 参加者なし
第二回  2月20日 参加者なし
第三回  2月27日 参加者なし
      ・
      ・
第六回  3月20日 参加者なし

でも、私はもう舞い戻らなかった。
過去の私なら、新しい場所に参加するのは、
大きな勇気が必要なことが分かっていたから。

第七回  3月27日 小学生2名
第八回  4月3日  小学生2名
第九回  4月10日 小学生4名
第十回  4月17日 小学生7名
第十一回 4月24日 小学生6名
      ・
      ・

♪そーっと覗いて見てごらん♪

開校から半年たって、現在は毎週平均5,6人の小中学生が勉強に来るようになった。
地域の方もボランティアスタッフとして4人加わってくれて、
子供達はそれぞれ、思い思いの時間を過ごしていく。

黙々と勉強する子も、お菓子を食べにくる子も、スタッフに甘えにくる子も、
友達と遊びにくる子も、ずっと話していたい子もいる。みんな自然体だ。

この子たちが、いつか心が不安定になってしまった時、
自然と寄り添える距離に、私はいたい。
私じゃなくとも、地域の身近な大人が、
心の痛みに気づいてあげられる距離にいてほしい。


♪誰が生徒か先生か♪

私は今、子供達からたくさんの元気をもらっている。
一緒に励んでいる同志も、地域のスタッフの方も、
子供達と一緒にいる時の笑顔がとても素敵だ。

いつか子供達の通学路に、寄り道できる「めだかの学校」が、
立ち話しできる身近な大人が、たくさん溢れるコミュニティにしたい。

様々な大人の背中は、子供達にとって、きっとたくさんの夢の種となる。
子供達から夢や元気をもらえる大人もたくさんいるはずだ。
そして、このつながりが多くの笑顔を生んでいくと、私はそう信じている。