先週の7月7日一新塾の講師には、ザ・レジェンド・ホテルズ&トラスト株式会社代表取締役CEOの鶴岡秀子さんをお迎えし、「『伝説のホテル』の社会貢献構想」をテーマにご講義いただきました。

「伝説のホテル」とは、泊まることで世界に貢献できる“社会貢献構想”をコンセプトにしたホテルです。しかも、世界トップクラスのデザイナー、建築家による豪華なホテルで第1号が、2011年にいよいよオープン予定です。
これまでまったくホテル業界での経験がない「コネなし、経験なし、金なし」の状態から夢を具現化する道をつけてしまったのが講師の鶴岡秀子さんです。

10歳の頃から起業家になると決めていた鶴岡さん。
ショップ店員、コンサルタント、ベンチャー企業経営で活躍してきた鶴岡さん。「飛行機も向かい風が吹かなければ飛び立てない」と、どんな試練も夢を実現するパワーに転換してしまう天国体質の鶴岡さん。
こうした鶴岡さんだからこそ、これまで誰もつくったことのない、
泊まることが=誰かの役に立つことに通じるホテルの構想が生まれ、
いま、多くの協力者の力を得て、ホテルのオープンも間もなくです。

私が特に印象に残っているのは、鶴岡さんがホテルを通じてコミュニティを生み出したいとのお言葉でした。従来のホテルはプライベートを尊重するため宿泊客同士が出会うことは意図していませんが、こうした価値観を180度転換し宿泊客同士の出会いがあるホテルは新鮮な驚きであり魅力を感じるものでした。2011年のオープンがとても楽しみです。
6月30日の一新塾講義には、一新塾OBであり、株式会社くつろぎ宿代表取締役社長の深田智之さんにお越しいただきました。今回のテーマは「旅館再生と地域再生〜会津東山温泉」。

深田さんは旅館再生に携わる前に、高知県須崎市にあるグリーンピア土佐横浪(大規模年金保養基地)を運営、2年で黒字化に転換させました。

次なる深田さんの挑戦が会津東山温泉での地域再生ファンドを活用しての破綻寸前の三旅館の同時再生でした。

かつて竹久夢二や与謝野晶子も愛した東山温泉ですが、最盛期には旅館数33を数えた温泉街もバブル崩壊で買収や合併が相次ぎ、温泉への入込み客は92年の約81万人から、06年は約42万人に半減してしまいました。

そんな苦境も跳ね除けて、深田氏は、徹底的なコスト削減を図り、3館の特色を色分け。わずか1年半で黒字を達成、3年余りで再生を完了させました。

「グリーンピア土佐横浪の再生」と「東山温泉の旅館再生」の現場で挑戦し続ける深田さんだからこそ、熱き情熱に包まれる講義となりました。

『何が何でもやり遂げる!』
『熱意は負けない!』
これまでにも増して、深田さんの熱さを感じました。
東山温泉の旅館再生と地域再生のために、新しい風を注ぎ込むエネルギーの源泉は、まさに、人生賭けて志を果たさんとの深田さんの姿勢であったと思います。

さらに、お客様に対して親身に大切におもてなすご配慮はもちろんのこと、スタッフ一人ひとりに対しても、仕入先の一人ひとりに対しても、親身にまごころをもって関わられ、一人ひとりの可能性が引き出されるために力を注いでいることが伝わってまいりました。

深田さんの熱き姿勢が、スタッフの志に火をつけ、関係者に火をつけ、次から次へと連鎖していったのだと思います。
財政破綻した福島県泉崎村を元気にするため、東京日本橋から泉崎村までの220キロを、泉崎村をPRしながら行脚されていた一新塾第23期生の松澤章さんが、6月26日、見事に220キロを踏破され泉崎村に到着されました!

行脚のきっかけとなった故小林日出夫前泉崎村長の墓前に無事の到着をご報告されたとのことです。松澤さん、本当にお疲れさまでした!
(松澤さんの今回のチャレンジの経緯は末尾をご覧ください)

このたびの松澤さんのチャレンジが「読売新聞」「下野新聞」に掲載されて
いますので共有させていただきます。
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東京・泉崎間を踏破 前村長の遺志継ぎ(6月27日 読売新聞 福島版)
 
東京→福島・泉崎村220キロ行脚 亡き村長の意志継ぎ、移住呼びかけ(6月23日 下野新聞)
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一新塾第23期「東京」本科卒の松澤章さんが、現在、財政破綻した福島県泉崎村を元気にするため、東京日本橋から泉崎村までの220キロを、泉崎村をPRしながら行脚中です。(6月19日に日本橋をスタート、6月26日到着予定)。

●行脚の予定
 国道4号線(旧4号)をひたすら北上
H22年6月19日AM10時 東京日本橋出発〜
       20日埼玉南部〜埼玉北部
       21日埼玉北部〜栃木県小山市
       22日栃木県小山市〜栃木県宇都宮市
       23日栃木県宇都宮市〜栃木県矢板市
       24日栃木県矢板市〜栃木県那須塩原市
       25日栃木県那須塩原市〜福島県白河市
H22年6月26日14時 泉崎村役場到着

21日午後、松澤さんと電話で話をしました。「日本橋〜泉崎村220km」と書かれたタスキをかけて現在、小山市を元気に行脚を続けています。

松澤さんは明日6月22日の14時〜の栃木放送ラジオ「みんなのラジオ」にラジオ出演されるとのことですので、取り急ぎ共有させていただきます。
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 6月22日(火)の14時〜 
 栃木放送ラジオ「みんなのラジオ」の番組内で15分程度
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松澤さんがご自身のブログに書かれている、このたびのチャレンジに挑むことになった経緯を共有させていただきます。

 〜〜以下、松澤さんのブログの引用です〜〜

【亡き村長との約束】
●泉崎村って? なんで歩くの?
 泉崎村は福島県の南部に位置する村です。
 バブル期び住宅団地や工業団地の造成を行ったが買い手がつかず、逆に莫大な借金を抱え財政破綻寸前の危機にありました。
 2000年2月、就任直後にそれを知ることとなった小林日出夫村長は事実を村民に公表。
 村民自らで借金返済をする道を選択します。小林村長自ら福島県から東京までの220km
 を歩く「財政再建行脚」を行い、村営の住宅団地の販売PRをしました。

 だが悲劇は突然訪れます。
 売り込みに奔走し、68億円あった借金を半分以下として、借金返済のめどがたってきた矢先、
 小林日出夫村長は、任期途中の2009年の9月18日に63歳という若さで急逝してしまいます。

●泉崎村との約束
 一新塾という私塾があります。NPO法人の政策学校であり、様々な講師を招いた講義を通して、官僚や政治家にすべてを任せるのではなく「主体性を持った市民」を輩出ことを目的としています。その一新塾が、小林日出夫村長との出会いの場となりました。

 いまでも残る小林日出夫村長のブログの記述
 http://blog.livedoor.jp/izumizaki/archives/51597688.html

 小林日出夫村長の辿った道のりを逆に歩き、泉崎村を応援をしたい。
 東京から泉崎村に歩いていって泉崎のよさを体験したい、様々な人に泉崎村を知ってもらい、元気になってほしいのです。
 泉崎村を心から応援するために歩きます。

 そして、twitterで色々とつぶやき、みんなとつながりながら220kmを旅したいと思います。
 そんな願いから「220km つながり行脚」と称して1週間かけ行脚を行います。
24期「大阪」地域科卒の森本栄美さん。4月に「えみこころ」を起業され、
“農山漁村の加工品”を“都市の商店街”で出張販売する活動を開始され奮闘中です。

このたび、森本さんより6月22日にKBS京都ラジオ出演されるとの
ご連絡をいただきましたので、取り急ぎ共有させていただきます。
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 6月22日(火)の午前7時15分〜 約12〜3分間
 KBS京都ラジオの情報ワイド番組「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」の
 「噺の朝ごはん」のコーナー
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森本さんには「一新塾ニュース第418号」にて、このたびのチャレンジにいたるドラマをつづっていただきました。