今回は、横浜市の自治体改革のフロントランナーとして、奮闘されている9期(2002年卒)の片桐紀子さんです。2002年当時、アメリカで日本語の語学教師をされていた片桐さんは、地元の横浜で新市長が誕生したニュースを知り、「こうしちゃいられない。自分も既成組織にとらわれない新しい政治をつくりたい。大きな政治の変革に自らかかわりたい。」と感じられ、帰国。
組織も知名度も一切ない中で地域に飛び込み、わずか4ヶ月で横浜市会議員に初当選。現在、二期目で日々、地域で奮闘中です。
それでは、片桐さんの熱きメッセージをお届けさせていただきます。

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■■■■ 塾生活動レポート
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■■      『きっと明日は今日より幸せな社会になっている 』
■■■       〜「横浜英語村」事業の政策提言、実現!〜
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■■■■■□       一新塾第9期 横浜市会議員 片桐のり子

平成15年の統一地方選挙で当選させていただき、横浜市政に携わって6年半が過ぎた。一期目は「とにかく地域に馴染まなければ・・・」と我武者羅 に地域活動をしていたように思う。元旦を除いた364日間、連日、陳情等の処理に追われる日が続き、直接議会に関わる活動ではない仕事が9割を占めているようで、心のどこかで矛盾を感じつつ「自分の使命は何か?」ということを振り返る間もなく月日を重ねてしまっていたように思う。

二期目に入ると、精神的に少し余裕ができた。「ふと我に返った」と言った方が良いかもしれない。市会議員は福祉・教育・経済・道路・下水道・・・と、全てをこなす「何でも屋」でなければならないが、一方、各議員の経歴やバックグラウンドによって強い分野があり、それぞれの知識・経験を活かした活動や提言をしていくことも非常に重要であると思う。


●小学校英語教育

さて、私の場合、教育分野を専門としており、一期目からの公約の一つに
「小学校からの英語教育の実施」を提言してきた。

横浜は今年で開港150周年を迎えた国際都市でもあり、早くから国際理解教育という名称で異文化理解の教育が小学校で行われている。しかし、英語教育となると、他都市に遅れをとっており、英会話塾や私立校に通わせるほど経済的に余裕のない家庭の子どもは外国語を学ぶ楽しさや必要性に気付く機会すら与えられないとの不満も寄せられていた。

私立校への進学率が高まる近年、公教育においても今日のグローバル時代に合わせた外国語教育の充実は急務である。議会での質問などを通して、早期英語教育の実施を訴え、結果として、横浜市では全国に先駆けて、小学校英語教育(活動)が始まることとなり、公約は実現する運びとなった。

今年度から、市内全小学校の1年生より外国語活動(英語教育)が実施され、今後は小中9年間一貫の英語教育カリキュラムを推進していく。


●「英語村」事業の提言

近隣アジア諸国では、国や自治体が英語教育施策に重点を置き、真剣に取り組んでいる。

日本と同様に英語熱の高まる韓国では、小学生からの英語学習が盛んで、英語圏への親子留学が流行となっている。家計に大きな負担がかかり、各家庭の収入格差によって子どもの教育にも差が出てしまうという懸念から、政府は子ども達が格安で英語学習・異文化体験ができる宿泊型国内留学施設「英語村」を数箇所設置した。ここはディズニーランドのようなテーマパーク型の施設で、一歩入ると外国を訪れたかのような建物が並び、英語村内では全て英語でコミュニケーションをとるようになっている。また、ここは英語教員の研修施設としても利用されている。

確かに横浜でこのような施設を作ることは難しい。しかし、短期間、会場や
施設を借り、「英語村」の場面設定を整えて実施することは可能だ。


●提言が実現!

平成21年夏、2日間にわたり、小学校高学年を対象に初めての「横浜英語村」が開催された。外国人講師と英語漬けの一日を過ごす体験的学習に、募集定員の4倍をこえる応募があった。

英語村では、児童はパスポートを使って入村審査を通過した後、12カ国16人の外国人講師と英語を媒体としてゲーム・ダンスや英語村通貨を使っての買い物を体験し、英語によるコミュニケーションの楽しさ・大切さを学んだ。積極的に英語で会話をする姿勢が養え、今回の実施が効果的かつ反響も大きかったことから、来年度は予算を確保し、募集人数を増やして開催することが決定した。


市長から提出された議案を承認する機関である地方議会では、議員の立場で公約達成と言うのはむずかしい。しかし、地方議員であっても提言を行い、それを実現に導くことはできるのだ。

もちろん、この英語教育の推進についても、私個人で実現できたわけではなく、他会派議員も含めた多くの方々の応援があり、実施レベルに落とし込む作業をしてくれる行政や、予算執行に議会の承認を得たからこそ実現したものである。「誰が実現したか」「どの議員の功績か」なんて、そんなことはどうだっていい。大切なのは、少しずつでも実現に近づき、そして、私たちを取巻く社会・環境が 昨日よりも一歩前進していくことだ。

時間はかかるが達成感もある。日々の陳情処理も大切だが、同様に、今後も提言実現に向けて頑張っていきたいと思っている。
さて、今回は、富士市の自治体改革のフロントランナーとして、奮闘されている一新塾14期(2005年卒)の岡村義久さんです。塾生時代に多文化共生チームのメンバーとして行動する中で、地元富士市の問題に目覚め、現場主義を生き始めることとなりました。
それでは、岡村さんの熱きメッセージをお届けさせていただきます。

●紙のまち富士市

「田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ」
百人一首でおなじみの歌人、山部赤人が、わが街富士市に歌を残してくれました。富士市は平成20年11月に隣町富士川町と合併し、人口26万人の静岡県第3番目の都市です。東京から新幹線で1時間15分あまり、富士山の伏流水を利用した紙・パルプ業が盛んな地域で全国でも有数な「紙のまち」として知られています。


●一新塾との出会い

40歳を前にして閉塞感と焦燥感のある毎日を変えたいと思いました。まずは自分が変わらなければいけないと感じました。好きなこと、つまり、心に正直に生きようと思いました。政治にかかわりたいと思いました。しかし、政治について何も知らない自分がいました。インターネットで検索していると一新塾のHPを見つけました。説明会に参加しました。
森嶋さんの熱意ある講義に感動し、思い切って飛び込みました。


●頭の回転が速い仲間たち

今考えると、14期のメンバーはとても刺激的でした。入塾中に市長選挙に挑戦する仲間。それから、講義が終わってからの質疑応答、同じ話を聞いているのに次から次へと話が膨らんでいく、その頭の回転の速さに驚きました。大学卒業以来、紙・パルプ業界でしか生きていなかった狭い自分を見つけました。世の中は確実に動いていました。


●市議会議員を目指す

一新塾での学び・経験は間違いなく肥やしになりました。しかし、学んで終わりではない。実践すること。それが必要だと思いました。卒塾後すぐに富士市議会議員補欠選挙があり挑戦しました。一新塾から多くの仲間たちが応援に来てくれました。結果は落選でしたが多くの勇気や励ましを頂き、人の温かさを知りました。その挑戦は無駄ではありませんでした。その1年半後、本選挙では地元の応援を取り付け当選させて頂きました。


●「フィルムコミッション富士」を立ち上げる

議員として最初の取り組みはフィルムコミッションを富士市に立ち上げることでした。今から、2年前の富士市にはフィルムコミッションがありませんでした。一新塾で前澤理事の講義を聴講して以来、富士市にフィルムコミッションを絶対に定着させると決意していました。工業都市として歩んできた富士市が紙・パルプ業から脱皮を模索し、観光産業に目を向けはじめている矢先のことです。

しかし保守的な経営者層からは、富士市は工業都市、観光産業とは何事だ。
という声もあり、行政も腰が重く慎重でした。それならば実績を先に積もうということで仲間を募り「ロケ応援団!フィルムコミッション富士」を始めました。「かるた小町」というテレビドラマを皮切りに、昨年は「赤い糸」という映画の誘致にも成功し、また、今年に入ってはNPO法人化とともに行政から補助金も出るようになりました。その上10月には「東京DOGS」、11月には「交渉人」などゴールデンタイムの作品の支援もさせて頂きました。これからエンドロールのクレジットは要チェックですよ。


●「鳥取方式による校庭の芝生化」

次に今、私がいちばん力を入れているのが校庭の芝生化運動です。
昨年末にたまたま見たテレビ番組で、鳥取方式による校庭の芝生化運動をされているニール・スミスさんを知りました。番組を見た瞬間「これだ!」と思いました。そこには出来ないと思い込んでいた校庭の芝生化が出来る。といった夢のような話がありました。実は私が小学校3年生の頃、母校富士市立丘小学校は、一度校庭を芝生にしたことがあります。ですから裸足で芝生を走り、転げまわった経験があるのです。しかし、当時の芝は子どもたちの踏圧に耐え切れず1年も持たず剥がれてしまいました。その思い出が蘇ってきました。5月末、早速ニールさんに会いに鳥取まで行き、ティフトン芝による校庭の芝生化の現状を視察しました。
そして議会で質問をして当局から、地域住民の協力を条件にモデル校的にやってもいいという話になりました。


●私立たかおか幼稚園の園庭の芝生化に成功

そんな中、私の提案をすぐに聞き入れてくれた幼稚園がありました。私の子どもたちがお世話になった幼稚園でした。理事長である渡辺さんが、提案するやいなや、熱意が伝わったらしく、ご自分でいろいろと調べついには、一ヶ月後の7月中旬には、ポット苗を仕入れし、園児や保護者、地域の皆さん、市の教育委員会関係者などと一緒に植えました。水遣りなどの苦労を渡辺理事長が率先してやられ、その甲斐もあり、9月の末には芝生の園庭で運動会を行いました。今後は地元の小学校の芝生化を進めるために、もうひと踏ん張りです。


●「行け!」と心が命じた

忘れもしない入塾説明会の時、変わらなきゃと思っている自分に「行け!」と心が命じたことを今でも覚えています。今思えば、その頃自分が人生の転換期であることをうすうす自覚していたのだと思います。一新塾との出会いが間違いなく新しい扉を開けてくれました。学んだこと、出会った人、今となってはみんなすごい刺激でした。きっと、あなたもそんな経験をするはずです。
11月25日は、25期がスタートして最初の講義でした。
『逆境が創造の原点〜株式会社葛巻町の挑戦』をテーマに
前・葛巻町長の中村哲雄氏にご講義いただきました。

中村氏も、
「最初だから塾生にエンジンがかかるよう気合を入れます!」
と仰っていただいてのスタートでした。

「ミルクとワインとクリ−ンエネルギ−のまち」として、
日本でもっとも元気な町の一つである葛巻町ですが、
元気溢れる葛巻もかつては、農業も産業も振るわず逆境の時代
もありました。
しかし、逆境が創造の原点!
逆境の中での奮闘で、たくさんの知恵が生まれ、
ゼロからの改革が成し遂げられました。

“気づき”がなにより重要。
気づいたことを本当に実践したかどうかが、分かれ目。
と、説く中村氏。

●情報量が仕事の質を決定する、人生を左右する!
●つま先一つでも先を歩けば、人や情報が集まる
●現場視察はいく前に報告書を書け!

葛巻には、人を育む風土が根付いています。
中村氏にもベンチャーマインドをしっかり叩き込んでくれた先駆者
がいました。そして、今、町長を引退された後も、鈴木町長はじめ
後進のみなさんを支えているメンバーシップに感動いたしました。

一人の人間が行動を起こすことの意味。
そのことが、どれだけ可能性を拓くことが出来るのか、
それを実感させていただいた講義でした。
11月8日、23期・24期・25期の3つの期が一堂に会して、
125名の新しい同志をお迎えして、卒入塾式を開催しました。

15周年を経て、セカンドステージに突入して初めて迎える節目。
一人ひとりが自分の根っこを深く掘り下げあう場が生まれました。

「節目は、人を成長させる!」

チームプロジェクトを通じて、全ての塾生が自分の殻を打ち砕き、
新しい一歩を踏み出せたことを実感する機会となりました。

「このメンバーがいたからこそ、リーダーが大きな成長を果たせた!」

自らの志を生きるリーダーシップ。
他に志を生きさせるメンバーシップ。

この二つが響き合ってこそ、自分たちの成長とプロジェクトの進化が
起こるのだ、ということが突きつけられた場でした。

現在、金融危機によって経済の在り方を、政権交代によって政治
のあり方を、根底から考え直すことが求められていますが、
日本変革の本丸は、やはり私たち自身の変革だと思います。

私たち市民が自ら意識改革を果たして、社会創造のプレイヤー
として目覚めることができるか、真の民主主義、真の地方自治の担い手
になれるか、いよいよ時代から試されるときなのだと思います。

同志との切磋琢磨と協働で、道を切り拓いていきたいと思います。


【当日の塾生プロジェクトの発表】

24期、23期の一新塾生チームが日頃のプロジェクトの取組みを
プレゼンテーションし、思いの限りをぶつけました。

■24期中間発表(2009.5入塾〜)

     (1)「隣の仏様プロジェクト」            
     (2)「こどもたちのエコスクール」          
     (3)「笑顔と夢を運ぶサンタクロースプロジェクト」  
     (4)「地域振興―伝統工芸、食、興業などを中心に探る」
     (5)「『地方分権による地域の活性化と雇用創出』実現」
     (6)「東京の方々に辺野古を伝えようプロジェクト」   
     (7)「Axeジャパン!プロジェクト」        
     (8)「いなぎ里山プロジェクト」          
     (9)「多文化共生で日本を元気に!」         
     (10)「マイノリティと社会をつなぐプロジェクト」     
     (11)「予防医療市民プロジェクト」          
     (12)「医療特区で日本を「世界の病院」に!」     
     (13)「REAL VOTE」             

■23期卒塾発表(2008.11入塾〜)

     (1)「Human Nature」                
     (2)「高齢者いきいきゆうゆうライフサポートPJ」   
     (3)「交流達人傾聴力道場よかと塾」         
     (4)「農 meets Design」              
     (5)「ネット&リアルで社会変革相互支援PJ」     
     (6)「アジア交流プロジェクト」           
     (7)「株式会社ありがトン」             
     (8)「実現バンク」              
10月26日の鳩山由紀夫首相の就任後初の所信表明演説。

「現在、鳩山内閣が取り組んでいることは、言わば、『無血の平成維新』です。今日の維新は、官僚依存から、国民への大政奉還であり、中央集権から地域・現場主権へ、島国から開かれた海洋国家への、国のかたちの変革の試みです。 」

「平成維新!」の言葉は胸にズシンと響きました。
この言葉は、一新塾にとって特別な意味を持ちます。

実は、昨日は、一新塾の開塾記念日。
ちょうど15年前の10月26日に一新塾の場が開かれましたが、その母体となったのが、政策提言型市民運動「平成維新の会」です。

「平成維新の会」が大前研一氏によって旗揚げされたのは1992年。
ゼロベースで、新たな国家運営のシステムを創り、日本を「生活者主権の国」に改めることを目指した政策提言型の市民運動の誕生でした。
ビジネスマン、経営者、シニア層、主婦、学生など、これまで政治や市民運動に縁のなかった、普通の市民が新しい国づくりの運動に続々と参加したことが新しい時代の到来を予感させました。このムーブメントの原動力は、まさに、「自分も新しい国づくりに参加できるんだ!」との目覚めの連鎖であったと思います。

その精神を一新塾が引き継ぎました。
改革という無から創造し、道なきところに道を切り拓く作業は、「主体的な市民」によってこそ可能である。この精神に則って、1994年、生活者主権の新しい国づくりに挑む、一新塾の社会変革実験がスタートしました。

なぜ、「主体的な市民」なのでしょうか?3つあります。
1つ目は、しがらみのない市民だからこそ、ゼロベースで社会ビジョンを描ける。
2つ目は、日々の生活の現場での実体験から来る知恵を有している。
3つ目は、縦割りやヒエラルキーを超えて、全ての人が同じ立場に立てる。

全ての人たちは組織人である前に一市民です。
だからこそ、ゼロベースで共通の社会ビジョンを描くことが出来ます。
また、様々な世代やバックグラウンドの人々が、個人の立場で、縦割り社会のタコツボを抜け出して集い、異質同士が交わることで、化学変化を起こします。そして、「仕事以外に市民の顔を持つことで自分も社会を創っていけるんだ!」と嬉々として、多様な仲間と縦横無尽につながり、社会の創造に挑んでいきます。しがらみから解き放たれ、個性を伸び伸びと存分に発揮する「市民パワー」が炸裂するのです。

「行政情報の公開・提供を積極的に進め、国民と情報共有すると共に、
国民からの政策提案を募り、オープンな政策決定を推進する」
 鳩山首相は所信表明演説でこのようにも述べました。

真の意味で「生活者主権の国」を目指すのであれば、政権交代したからと
いって、私たちが改革を政治に任せっきりにしてはダメです。
自らが主体的に、しっかり政治をチェックし、時には声を上げて、政策提言
していくこと、民主主義をしっかり機能させることが何より大切なのです。


ところで、今回で一新塾ニュースは400号となります。
9年前にスタートした「創刊号」を久しぶりに読み返して見ました。
2000年3月18日、政権交代の起こった台湾総統選挙視察のことを記させていただきました。

一新塾ニュース 4月25日号(創刊号)「台湾総統選挙」
http://www.isshinjuku.com/04i_hassin/merumaga/kn_000425.html
台湾の人たち一人ひとりが国の将来を真剣に考え、体を張って、一票を投じる姿に触れて、視察した一新塾有志13名全員が「民主主義とはこういうものか!」と頭でなく肌で実感させていただきました。

あれから9年。
日本でも政権交代が起こりました。

しかし、本当の新しい国づくりはこれからです。
私たち一人ひとりが国、地域、個人の未来を真剣に考え、主体的に行動するライフスタイルに転換してゆくことです。その新しい学びと行動の場をつくるのが一新塾のミッションです。
今後ともこの場で生まれた主体的市民ingの知恵をお伝えしてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。