上毛新聞(2月16日)に一新塾OG野田香里さん(映画監督)!

上毛新聞(2月16日)に一新塾OG野田香里さん(映画監督)が掲載されました!

<上三原田の歌舞伎舞台を撮影 映画監督 野田香里さん 手作りの伝統芸能 後世に>
『渋川市赤城町の「上三原田の歌舞伎舞台」の舞台操作技術などをまとめた映像作品の制作が進んでいる。昨年11月、5年ぶりに行われた公演で、事前の会場設営や研修風景、当日の舞台操作などを記録、後世に伝える同市の取り組み。撮影や編集を担当した映画監督、野田香里さんに、作品への思いや今後への期待を聞いた。・・・』



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『ユメキッズ』 〜子どもを軸に地域を活性化〜加藤善幸さん(一新塾35・37期)!

今回は、一新塾第35期・第37期生の加藤善幸さんのメッセージをお届けいたし
ます。ビジネスマンとして活躍してこられた加藤さん、次代の子ども達に
より良い社会を残すために少しでも社会に恩返ししなければとの強い思いで、
川口市の地域の現場に飛び込み「ユメキッズ」プロジェクトを始動しました。
加藤さんの地域をフィールドでの挑戦をお伝えさせていただきます。

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 塾生活動レポート
              『ユメキッズ』
          〜子どもを軸に地域を活性化〜

                 一新塾第35・37期 東京本科 加藤善幸

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●これからは社会への恩返しの人生にしたい!

 私の幼少期は喘息がひどく、当時、家族は死を覚悟していたといいます。
 でも本人にはあまり自覚がなく、これまでは恩恵を受けるだけでなにも
恩返しをしていない人生を送っていました。

 しかし、東日本大震災や友人の死がきっかけとなり、このままではいけない、
自分自身の生き方を変え、次代の子ども達により良い社会を残すために少し
でも社会に恩返しをしなければと強く思うようになりました。


●でも、何をどうやって?

 気持ちだけが焦り、モヤモヤばかりが募っていた時に、一新塾を知り思い
切って門をたたきました。入塾後は何度も人生の振り返りを行いました。

 振り返りの中で、小中学校と人の目を気にして波風を立てないように生きて
きた自分が、高校時代にケンカ覚悟で友達に自分の意見をぶつけたときに、
それをみんなに受け止めてもらえたこと、それによって“自分の意見を主張
しても大丈夫なんだ。うまくいくんだ。”と自分の考え方が変わったことを
思い出しました。

 「思い切って動けば 願いが実現する」その経験によって自分が大きく成長
してきたことを再認識しました。

 一方、小学生になる娘も少し離れた幼稚園に通っていたこともあり、地域
との関わりが少なく同年代の友達が近所にいない状況で、引っ込み思案な性格
が父親としては気になっていました。

 これらをうまく結びつけることができないかと考え、私の経験を子ども達
にも経験してほしい、さらにその行動が社会を良くする動きに結びつけば社会
への恩返しにもなると考え、一新塾の仲間と、居住地である埼玉県川口市で
ユメキッズを立ち上げました。


●ユメキッズのビジョン

 地域のみんなが知り合いで、輪の中心に子どもがいる。
 そんなビジョンの実現を目指して、子どもが一歩を踏み出す機会の提供、
その行動が地域貢献につながる場の提供をしていきます。

 長期的には、地域の方々が地域の問題に対して、「あれをこうすれば
できるんじゃないか?」、「我々とあそこが組んだらできるんじゃないか?」
と自発的に行動を起こし、自分たちでなんとかしちゃう地域を目指します。


●社会や地域、そして娘が抱える課題

 現代は、町内のつながりや地域交流が希薄になったとよく言われます。
 地域住民の多くは家庭・学校・職場以外のコミュニティにはあまり関わりを
持っていない状況です。

 同様に自分の娘も地域との関わりが少なく、新しいことには尻込みして
チャレンジをためらう場面をよく見てきました。

 その解決策の1つとして子ども会がありますが、すでに習い事で忙しい、
他が提供するイベントの方が魅力的に映る、といった理由で参加希望者が
少なくあまり活発ではありません。

 親としても地域に関わることは自分の負担が増えてしまう、かえって面倒
なことになるとさえ思われており、親の姿勢が子どもに影響し、子どもも
積極的に関わることが少なくなってきているようです。

 そのため、子どもは様々な人が協力して作り上げていくようなコミュニティ
を経験することが少なく、人は支えあって生きていることを実感しにくい社会
になっているのではないかと思います。
 

●自分が変わらないといけない

 ビジョン実現のために一新塾において講師の目標実現に至るまでの実践内容
を聞き、また講座では行動を起こすことの重要性をこれでもかと学び、これまで
思うだけで行動に移していなかった自分が変わらなければならないことを痛感
しました。

 そして、自分は幼少期の助けられた命と今日こうして生きていることに感謝し、
恩返しのために思ったことは行動に移していこうと決意しました。


●考えると行動するでは大違い

 ビジョンは固まりました。そして自分が変わり、動くことでプロジェクト
を進めようと決意を決めました。しかし、頭ではわかっていながら、
「うまくいかなかったらどうしよう」と考え込み、何かと理由とつけて行動
を後回しにしがちでした。そんな時に一新塾の仲間から支えられたり、檄を
飛ばされたりと、背中を押してもらうことがしばしばありました。

 そのおかげで、ほぼ0だった地域との関わりを拡げることができ、停滞する
ことも、失敗イベントもありましたが、地元の商店街の中にビジョン実現を
目指すための拠点を見つけることができました。


●ユメキッズ活動計画

 地域で出会った方々に支えられて「ユメキッズ」は、川口市芝地区にある
「縁joy和ッショイ工房」を基地として活動をスタートすることが出来ました。

 プロジェクトの一つ目は、「×ユメキッズ プロジェクト」。
 様々なパートナーと連携し、子どもを軸としたイベントや勉強会を開催し、
子どもたちの自主性や達成感、地域貢献活動を行います。

 二つ目は、「地域活性化隊 プロジェクト」。
 「地域活性化隊」を結成し、隔週日曜日に、テーマ設定から課題案実行まで
を子ども達自らで考え、実行する場を提供しています。


●今後の目標

 以下が、いま、私たちが考えている「今後の目標」です。

 1年後:地域活性化隊の継続開催。参加者が友達を連れてきてくれるように。

 3年後:川口市で活動が認知される。他地区でも同様の取り組みが始まる。

 5年後:全国規模で活動が紹介される。コンサル活動も始まる。

 10年後:地域で子供を育てる仕組みが定着する。地域の人同士で新たな動きが出る。

 このような成長イメージを考えています。
 

●さいごに

 活動は始まったばかり。成果はまだわずかですが、活動を続けることで、
娘がユメキッズの広報担当としてチラシの作成・配布や友達を誘って連れて
くようになり、地域との関わり方が変わってきました。

 今では、娘に引っ張られて活動を行うことさえあります。今後も小さな一歩
を積み重ねて、少しでも社会に恩返しができるように行動を継続していきます。
ありがとうございました。
  
WEBページ:http://yumekids1110.wix.com/index

■一新塾38期体験セミナー予約スタート!
 志を生きる方程式をお伝えいたします。

『行政的安全か? 島民意識的安全か?』〜火山噴火の島、口永良部島〜

 今回は、一新塾第30期生の稲川憲司さんのメッセージをお届けいたします。
岐阜県大垣市出身で、東京でのサラリーマン時代に一新塾第30期に入塾された
稲川憲司さん。一新塾で出会った山地竜馬さんの呼びかけで、2013年3月に
鹿児島の離島、人口150人の口永良部島を初めて訪問します。それがきっかけと
なり、稲川さんは2013年6月〜2014年5月の1年間、口永良部島に移住されました。
昨年5月、口永良部島で火山が爆発的噴火。その後も、島民の皆さんの応援を
ずっとされています。

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 塾生活動レポート

        『行政的安全か? 島民意識的安全か?』
          〜火山噴火の島、口永良部島〜

                   一新塾第30期 東京本科 稲川憲司

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●2015年5月29日

 2015年5月29日、ひとつのニュースが日本中を駆け巡りました。鹿児島の離島、
人口150人の口永良部島で火山が爆発的噴火をしたのです。(噴煙は火口から
高さ9千メートルまで達しました。)実は、口永良部島、噴火の凡そ1年前まで
僕自身も島民で有りました。一新塾での現場研修がきっかけで、2013年6月〜
2014年5月の1年間、期間限定移住をしていたのです。

※一新塾ニュース2013年12月29日

 火山噴火のあった2015年5月29日は、統一地方選挙出馬の1ヵ月後。敗戦後の
虚脱感で満ち満ちていた中、衝撃的なニュースを目の当たりにしました。


●現場訪問

 全島避難、島民全員が屋久島(口永良部島は行政区としては世界自然遺産の
島、屋久島町に属しています。)へ避難してから、僕が現場訪問出来たのは8月
と9月のそれぞれ数日間でした。既に避難所から仮設住宅等へ島民の皆さんが
移動された後でした。1年振り以上に島民の皆さんと再会しましたが、様々な
ご不自由な中、屋久島・日本中の皆さんからの支援に感謝されていました。
口永良部島は元々、地域の結びつきが強く、屋久島とも地縁/血縁/経済で強く
結ばれています。災害の甚大さと比して、避難時の混乱が比較的少なかったのは、
そのような地域力/島民力による賜物だと思います。


●島民の皆さんの本当のストレスは何だったか?

 長引く避難生活で島民の皆さんの本当のストレスは何だったのでしょうか。
勿論、生活上の様々な物資の不足、不便はあったと思います。しかし、僕が
思うに、島民の皆さんに本当のストレスになったのは、行政的安全を押し付け
られることへの抵抗感であったように思います。

 火山噴火は、確かに甚大な災害です。しかし、そこは火山島という災害可能性
のある伝統の中で生きて来た島民の皆さん。(これまでもちょこちょこと火山
噴火はあったのです。)島民意識的安全では、山が噴火の際は逃げ、ある程度
収まったら島に戻り生活を営めばいい、火山と共に生きている、ということなの
です。

 ところが、現代は、先鋭化・短絡化するマスコミかの批判の目に晒されている
からか、行政が一律紋切型の安全判断しか出来ない時代。島民の皆さんの伝統的
な安全感覚が尊重されない行政対応が、今回、僕が最も考えさせられた点でした。
(一時的な帰島許可をなかなか出せない行政対応に業を煮やしたある親子は、
全島避難指示の中、自らの漁船で家畜の救出に向かってしまいました。)


●お正月を口永良部島で迎えて

 その後、幸いにも火山活動が収まって来、2015年12月25日に一部地域除く避難
解除がなされました。僕は、会社の休みを利用して、年末年始を口永良部島で過
ごすことが出来ました。新岳噴火の土石流で、「緑の火山島」だった山肌は削られ、
この半年間の大雨による土砂崩れが、港から湯向集落への道のりにあちらこちら
に散見されました。

 今回の火山爆発だけでなく、台風など自然災害と常日頃向き合ってきた島民の
皆さん。火山噴火からの復興と言っても、日常の中で、ぼちぼちやって行くかと
言う感じです。

 元旦夜は、島の漁師ヨットマンに伊勢海老を食べさせて貰い、個人的には十分
に楽しんでしまった口永良部島再訪となりました(笑)

 帰途には屋久島の仮設住宅にも寄りました。夜の仮設住宅はまだまだ灯りが
消えることが有りません。口永良部島の最大集落である本村集落は、ご高齢の方
中心に 帰島の準備にご苦労されている方も少なくないとか。


●口永良部島応援のお願い

 今回の口永良部島の噴火で、僕は行政対応の限界を改めて感じさせられました。
最早、誰かが悪い、何かが悪いではなく、行政であるが故の行政の限界の露呈・・・ 
そんな中、屋久島町有志の方々の多くの応援、また、島内外で口永良部島を盛り
立てようとする市民力には本当に勇気付けられます。

*島民有志の「えらぶ年寄り組」運営の口永良部島ポータルサイトでは、
 避難状況についいて有用な情報発信をして頂きました。

*ここ数年、口永良部島に通い続ける名古屋のNさんは、リストバンド
 「応援島ス!口永良部島」を販売し、売上金を口永良部島の復興のため
 に寄付しています。http://ouenshimasu.com/


明るい水産業を創る」プロジェクト〜「わかめの種付け体験(秋)」「わかめ収穫体験(春)」

 大阪地域科の25期白川光弘さんからお便りをいただきました。

白川さんは、塾生時代に立ちあげた「明るい水産業を創る」プロジェクトをその後も地道に続けています。


「現場視察」から始まった岡田浦漁協の方との交流。毎年秋に「わかめの種付け体験」、年が明けた3月には「わかめ収穫体験」を、「明るい水産業を創る会」の仲間とともに実施しています。

その活動が、南海電鉄関係のウェブマガジン「SUI」に取り上げられました。

記事をどうぞご覧ください。

http://www.nankai-sui.jp/okada/151223_025/


『出会いと別れと痛みがもたらした変化【脳脊髄液減少症】』

 一新塾にも、脳脊髄液減少症の痛みをずっと抱えながら社会起業家として活躍しているOBの方がいます。知的・発達障害児の育成現場での相互の学びを目指すNPO法人両育わーるどを設立した重光喬之さんです。

重光さんが当事者同士がゆるやかに繋がれる場を目指して、ご自身が痛みと共に生きる体験を記事にされています。


■プラスハンディキャップ
『出会いと別れと痛みがもたらした変化【脳脊髄液減少症】』

塾生活動レポート「子どもの未来創造支援プロジェクト」!

今回は2012年5月から2014年5月の2年間、一新塾で学ばれた峰松めぐみさん
に卒塾後の活動報告をいただきました。

2012年8月、一新塾で「子どもの未来創造支援プロジェクト」を立ち上げた
峰松さん。忙しい仕事と両立させながら浦安を現場に奮闘。プロジェクトで
描いた企画を浦安市中央公民館に持ち込み2014年8月「うらやす子ども起業塾」
をスタートされました。

浦安の子ども達と共に歩んだ2年間の「うらやす子ども起業塾」のご経験
をもって、ますます志を前進されている峰松さんの挑戦をお届けさせて
いただきます。

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塾生活動レポート

「子どもの未来創造支援プロジェクト」

一新塾第30期・32期 東京本科 峰松めぐみ

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●「自分だって、やればできるんだ!!」

私が目指す社会は、子どもたちが将来への夢を語って実現に向けて
行動できる社会です。

「自分だって、やればできるんだ!!」
「一歩を踏み出せば願いは実現するんだ!!」
「将来こんなことをやってみたい!!」

と目を輝かせて笑顔になる子どもたちが増えれば、笑顔と希望にあふれた
社会が創られていくと私は確信しています。

私が現場としているのは、縁あって4年前から住んでいる千葉県浦安市です。
浦安の子どもたちが地域のために行動し、自分たちの考えたことを実現して
いくことにより、浦安市民たちが笑顔になります。そして、チャレンジする
ことの楽しさを知った子どもたちが大人になった時、夢と希望のバトンは
その子どもたちに受け継がれて浦安に主体的行動の連鎖が広がっています。


●将来のためにどのように行動して良いかわからない

しかし現状としては、子どもたちは計り知れない潜在能力を持っているはず
なのに主体的な行動を起こすことができていません。

「将来やりたいことがない」
「将来のためにどのように行動してよいかわからない」

このような言葉を発する子どもたちが多くいます。

私が現場とする浦安市は東京ディズニーリゾートをはじめ埋め立て事業に
よって、近年急激に人口が増えた町です。朝夕の通勤ラッシュ時には駅周辺
に多くの人が集まっていますが、主体的に地域での活動に参加している人は
ごく少数です。

子どもたちの行動範囲も「家庭、学校、習い事」の域を出ず、視野が広が
りません。高学歴の両親をもつ家庭で育ち、さまざまな習い事に通い詰める
新浦安に住む小学5年生の女の子は「親戚の子たちは楽器のコンクールで賞
をとったりしているけど自分は賞を取ったことがない。」と「コンクールで
賞をとったことがない=自分は出来の悪い子」という思い込みを抱えていま
した。また「水泳を習っているので水泳の選手になりたいなあと考えたり
しているけど、他にもなりたいものがいくつかあって迷っている。」とも
言っていて将来のために具体的にどのように行動して良いかわからないで、
もがいている様子でした。


●大人が子どもの意志を否定する

さまざまな原因が考えられますが、現状の根本原因のひとつに
「子どもたちが主体的に行動できるような場が少ない」ことが挙げられます。

現場の子どもたちを見ていつも驚かされますが、子どもたちは大変好奇心
旺盛で、大人が場を用意してさまざまな経験をさせてあげればどんどん吸収
していきます。ですので、現状として子どもたちが積極的に行動できていな
いのは決して子どもたちに行動できる能力がないからではなく、能力を活かす
ことのできる環境がないからです。

そして、もうひとつ大きな原因は「大人が子どもの意志を否定する」ことです。
これに気付いたのは現場でとある女の子が発した「どうせ、私が何言っても
大人はダメって言うんでしょ?」という言葉でした。確かに現実を考えなけ
ればならないときもある。でも、最初から否定していては子どもの可能性は
伸ばせません。まずは子どもたちを信じてあげることが必要なのです。


●これまでの人生

「なんで私はこんなバカなんだ
なんで私はこんなに無能なのだ
なんでこんな人間なんだ」

これは、私が中学3年生の時に学校や習い事で評価されなかった日に書いた
日記です。当時、漠然と報道記者になりたいという夢はあったものの引っ込み
思案で人前で話すことが苦手だった私。周囲と自分を比較しては「自分は何で
こんなダメな人間なのだ」と心の底でいつも苦しんでいました。


●転換のきっかけ

私の努力を決して認めてはくれないと思っていた母親から、大学3年生の時
に興味のあった新聞社でのインターンシップ先を自ら開拓した時に「あなたの
頑張りには感心します」というメールが届いたことや、メディアサークルの
幹部として千人規模のイベント運営を成功させた体験により、自分の可能性を
少しずつ信じることができるようになっていきました。そして、自分の殻に
閉じこもらずに一歩を踏み出せば、夢は夢で終わらずに形になるのだということ
を知りました。


●新しい自分

周囲の人と自分を比較せず、ありのままの自分で生きていきます。
私は決して物事を器用にこなせる人間ではありません。しかし、もともと
才能に満ち溢れていて完璧に物事をこなせる人間などほとんどいないと思います。
不器用でも、あきらめなければ夢は叶うのだということを自らの生き様を持って
伝えていきたいと思います。


●うらやす子ども起業塾

ビジョン達成の手段として「地域社会全体で子どものチャレンジを応援する場
を創る」と在塾中2年間に渡りプレゼンで言い続けていましたが、仕事と両立
しながら子どもを集める方策がわからず実現への道は困難を極めました。

しかし、私が在住する千葉県浦安市の職員の方や私のビジョンに共感して
くれた仲間たちの協力を得られたことにより、昨年2014年8月に浦安中央公民館
にて第1回目の「うらやす子ども起業塾〜失敗を恐れずLet’ challenge〜」を
開催することができました。この起業塾では、小学5年生〜中学生を対象に
「浦安の人たちを笑顔にする」をミッションに自分たちで会社を作り事業を
行ってもらいます。

第1回目はかき氷の中にアイスを入れてトッピングしたアイデア商品を売る
「Japan Smile Cool」と駄菓子とクイズを組み合わせた「なつかし屋」が設立
されました。好評を得て、今年の夏休みに第2回目を開催しました。1回目の
時は、講座時間が間延びしてしまったため時間を短縮して実施しましたが、
時間内に納めようと大人が介入しすぎてしまい子どもたちが納得のできないまま
進んでしまってモチベーションが下がってしまった子が出てしまったことは
大きな反省でした。まだまだ試行錯誤の最中ですが、昨年参加した子どもたち
が夏の講座が終わった後も地域でのお祭りなどでの出店を重ねるうちに、
「浦安で起業したい」「起業塾のような講座を運営してみたい」と少しずつ
将来の夢を語ってくれるようになったことは大きな一歩です。

■一新塾「市民プロジェクトコース」
http://www.isshinjuku.com/curriculum/course03.html




一新塾OBの齋藤哲さん12日(土)NHKスペシャルに!

 【一新塾OBの齋藤哲さん12日(土)NHKスペシャルに!】 

齋藤哲さんは32期卒塾生、認知症をテーマに「オムソーリ・プロジェクト」を立ち上げられ(2013年)、地元で活動されています。

このたび、NHKスペシャルで市民と専門家で介護危機をテーマに語り合う「市民」に齋藤哲さんが参加されています。

◆NHKスペシャル 私たちのこれから〜介護危機〜 12月12日(土) 21:00〜

シェアハウスの「ウェル洋光台」オーナー代行の戸谷浩隆さん(一新塾OB)

 一新塾OBの戸谷浩隆さん。シェアハウスの「ウェル洋光台」オーナー代行として、「シェアハウスにあるべき概念やサービスをゼロにした」ことで、こんなに素晴らしいコミュニティを生み出されています。


JICA50周年の式典

 JICA50周年の式典にお招きいただき出席させていただきました。
一新塾には、これまで、毎年数名の青年海外協力隊出身者の方に入塾いただき、大いに活躍いただいていることがきっかけで、JICA関連のみなさまと協働する機会を時々いただいております。式典では、協力隊経験者であり一新塾OBでもある河内毅さん(公益社団法人中越防災安全推進機構地域防災力センター長)が、ご自身の体験を振り返られ、多くのことを学び育ててもらった途上国の人々への謝意、そして協力隊の経験を今後、社会に還元していく決意を力強く述べられました。


「グッドモーニング仙川!プロジェクト」〜誰もが自分の街のキャスト(出演者)になれるまち〜一新塾第34期 東京本科 児島秀樹さん

今回は、今年5月に卒塾された児島秀樹さんのメッセージです。
児島さんは大変多忙なビジネスマン。上京してから、地域に仲間はいませんでした。
入塾後、一大奮起して、朝5時半からゴミ拾いを毎日欠かさず続けます。
地域に仲間が続々と増え、活動が着々と育まれて、ミツバチプロジェクトに!
児島さんの志を生きる挑戦をお伝えさせていただきます。

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塾生活動レポート

「グッドモーニング仙川!プロジェクト」
〜誰もが自分の街のキャスト(出演者)になれるまち〜

  一新塾第34期 東京本科 児島秀樹 

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●地方出身者は東京に居場所がない

受験戦争の中で、より偏差値の高い高校、大学に進学することが子どもの
役割だと信じ、大学進学とともに上京、就職、結婚、マイホーム購入と人生
の階段を駆け上がってきました。

しかし会社員として毎日の仕事と家庭の往復の繰り返し、このままの生活
でよいのかと疑問を感じるようになりました。気に入って住み始めた調布の
仙川という街ですが、10年経っても街のことを何も知らないことに気付き
ました。街には友達もいません。

これまで仕事や会社のことばかり考えてきたし、週末は別の街まで遊びに
出かける日々だったから当然の結果だったのです。


●転換のきっかけ

平成24年6月24日 仙川の街に大量の雹が降り積り、街はパニックに
なりました。これは大変だと思い、街の人たちと一緒になって無心で雹を
かき出しました。このとき自分の街を守っているという心地よい感じを覚えました。

ふと街を見渡すと、駅前や公園がゴミだらけであることに気付きました。
誰が掃除をしているのかと思いましたが、誰もしている様子はありません。
ならば、自分がやろうと決心します。それから一年間、一新塾を卒塾するまで
毎朝続けました。出社前の朝5時半から30分間です。これだけでも駅前は
見違えるようにキレイになりました。

この時に、いかに自分たちが街のことを他人任せにしていて無関心だったか
ということにも気づきました。誰かがやってくれると思っていても、誰もやらない
のが現実です。ならば自分から動かなければ何も変わりません。同じマンション
の住民にも声を掛け、日々のことをブログで発信すると一緒にやってくれる
メンバーも少しずつ増えてきました。一新塾のチームメンバーも週末に始発で
仙川まで駆けつけてくれたお陰で、挫けそうな気持ちをなんども立て直すことが
できました。冬の朝は暗いし寒かったです。それでも何かが変わると信じて無心
でやり続けました。そして、いつかからこの街で毎朝やっているのは自分だけと
気づきました。少し自信がつきました。自分が変わる気がしました。


●新しい自分との出会い

卒塾して約半年、相変わらず街にごみはたくさん落ちています。
でも、あきらかに何かが変わりました。友達が増え、自分の居場所ができたような
気がします。何よりも自分が自信を持ち、街に出ることができるようになりました。
今は、仙川は自分の街だと胸を張って言えます。

厳しい父親に怒られないように振る舞い、常に失敗を恐れ続けた40年間。
自己表現できない妥協の連続の中で、自分の存在意義さえ見失いそうになって
いた自分が、誰からも頼まれていないゴミ拾いを続けることで、自分の居場所
を見つけ、自分を変えることができたのです。


●ゴミ拾いから緑化へ

ゴミを拾っていると、街のことがよく見えるようになりました。そして、
この街には花が少ないことに気付きます。住み始めたときにはたくさんあった
雑木林もどんどんマンションに変わり、街は殺伐としてきました。そして、
もっと花や緑をこの街に増やしていこうを決心しました。といっても、花の知識
はありません。チームメンバーがガーデンアドバイザーの友人を協力者として
紹介してくれたお陰で花の寄せ植えワークショップイベントを3回開催し、
その参加者と駅前や公園の花壇に花を植えることができました。これを継続する
ためには「街のガーデナー」を増やしていくことが必要と考え、自らも花の勉強
を開始し、ガーデナー養成のためのイベントも開催していきます。


●そして、ミツバチプロジェクト

花を植えて楽しむだけではもったいないと思っていたとき、花に集まるミツバチ
からハチミツが採れることを思い出しました。ゴミ拾い後のモーニング会の場で、
仙川で採れた天然ハチミツを地域の人たちと食べることができたらどんなに楽しい
だろうと思いました。今は、来年のミツバチプロジェクトのスタートに向けて
準備中です。美味しいハチミツをクリーンアップイベントの参加賞にしたいと考えて
います。ゴミ拾い、緑化、ミツバチで街も人も美味しく楽しく健康になれる活動を
これからも創っていきます。


●誰もが自分の街のキャスト(出演者)になれるまち

たかがゴミ拾い、されどゴミ拾い。簡単なことだからこそ、少し勇気を出して
参加すればだれでも街のキャストになれる。それまで受け身だった自分の人生が、
主体的に動くことで変わっていくことに気付きました。地方出身者は自分の街に
出番がないのではなく、そもそも出番は自分で創り出すものです。だから、街の
キャストになりましょう!


●一新塾での活動を振り返って

最初は、明確な目標もなく、何か自分の人生を変えたいという気持ちだけで
入塾しました。でも、価値観を共有できる同志の中で自分をさらけ出す安心感が
なんとも言えず心地よく何ものにも代えがたい時間でした。本当の自分を取り
戻すための気づきを与え続けてくれた一新塾には本当に感謝しています。


●今後の活動*

活動の原点である毎朝のゴミ拾いは、ずっと続けていきます。
その上で、3つの活動をやっていきます。

(1)クリーンアップ仙川!(ゴミ拾いイベント)

(2)せんがわ緑化部

(3)仙川ミツバチプロジェクト

この3つの活動が有機的につながり、相乗効果を生むような循環を創っていきます。
まずは、来春ミツバチプロジェクトをスタートさせることが最優先です。
そのための場所探しを進めています。

ゴミを拾い、花を植え、花が増えたらミツバチを。採れたハチミツでモーニングを。
これが「グッドモーニング仙川!プロジェクト」です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

*活動ブログ http://ameblo.jp/gmsengawa/ 
 
◆一新塾体験セミナー&説明会 東京(残りわずか) 10月17日・21日・24日)
 
http://www.isshinjuku.com/

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