26期生、100名を超える方々との個人面談を終えました。
一人ひとりが描く将来ビジョンを語っていただきました。そして、その実現に一新塾がどのように応援させていただくかを一緒に考える機会でした。また、ビジョン実現に向かうには、これまでの人生の歩みにこそ、そのヒントがあると思いますので、敬意をもって受け止めさせていただきました。

次のステップは、いよいよ「市民発のプロジェクト立ち上げ」に向かいます。一新塾生が立ち上げるプロジェクトはミッション基軸です。リーダーが、自らの根っこを掘り下げ、『内なる動機』を鮮明にすることからのスタートです。

このタイミングで、ネットで購入した
『モチベーション3.0 〜持続する「やる気!」をいかに引き出すか』が届きました。ダニエル・ピンク著 大前研一訳の新刊です。

人間を行動に駆り立てるものは何か?
原始時代の生存本能に基づく〈モチベーション1.0〉。
サラリーマン社会でのアメとムチで駆り立てられた〈モチベーション2.0〉。
現代社会を駆り立てている『内なる動機』の〈モチベーション3.0〉。

『内なる動機』の〈モチベーション3.0〉!
これから26期生が立ち上げに向かう一新塾生のプロジェクトと同じと、
腑に落ちました。
7月28日の一新塾講師には、早稲田大学大学院公共経営研究科教授の
北川正恭氏にお越しいただきました。

北川氏は、三重県議会議員(3期)、衆議院議員(4期)を経て三重県知事(2期)に。三重県知事時代は、事業評価、情報公開など地方分権の旗手
として活躍してこられました。

その後、「マニフェスト」を提言し日本全国に普及する先頭に立ち、
2003年の統一地方選挙と総選挙に取り入れられました。
「マニフェスト」は、選挙を重ねる度に普及が進み、
日本の政治においてもすっかり根づいてきました。
PDCAサイクルで政策の質の向上にも一役買っています。

また、自治体業務改善の一環としてスピード開票実践「コンマ1秒の改革」にも力を注ぎ、ミクロの“ゆらぎ”がマクロを制するが如く「一点突破全面展開」で、ムーブメントを巻き起こし続けています。

今回の講義テーマは「『舞え!北京の蝶々』〜マニフェストで新しい民主主義を創造する」でした。

北川氏の改革に身を投じてきた人生を通じて、社会変革者としてのビジョンと揺るがぬ信念で邁進する姿勢に感動いたしました。
「今の時代は革命期!」と本気で覚悟するからこそ、ゼロベースで描くビジョンのリアリティが増し現実のものとなるのだと、腑に落ちました。
 
先週は、一新塾OBであり、一新塾理事であり、山梨県立大学教授の前澤哲爾さんの「地域プロデューサー養成講座」でした。

前澤さんは日本に初めてフィルムコミッションを実現させた立役者です。
1999年、本業の傍ら、映画やドラマなどの映像制作の撮影環境改善のための
公共機関「フィルムコミッション(FC)」を設立するために、活動を開始しました。2001年には、全国組織「全国FC連絡協議会」を設立。8年間で全国101ヶ所にフィルムコミッションを誕生させる大ムーブメントを起こしました。

この取り組みは、
「サラリーマン時代に仕事の合間をぬっての活動でも、これだけ出来る!」ということも実証してくれました。
さらに前澤さんは、自らのミッションを「映像を使った地域再生」と打ち立て、まったく縁のなかった山梨のフィールドに飛び込み、地域の現場に軸足を置き「地域プロデューサー」として、映像を活用したまちづくりを実践されています。

今回の講義では、PLAN→DO→SEEのなかでも特に“SEE”を学んだ講義だったと思います。
5年ごとに人生の転機を迎えた前澤さん。節目節目で、自分自身の人生の意味を振返り、深く掘り下げ、これまでの自分の殻を脱皮して、さらに高い次元の挑戦に挑む。これを繰り返す。自らの人生のを振返り『脱皮人生』と名づける前澤さん。私たちも「脱皮人生」で前進してまいりたいと思います。
先週の7月7日一新塾の講師には、ザ・レジェンド・ホテルズ&トラスト株式会社代表取締役CEOの鶴岡秀子さんをお迎えし、「『伝説のホテル』の社会貢献構想」をテーマにご講義いただきました。

「伝説のホテル」とは、泊まることで世界に貢献できる“社会貢献構想”をコンセプトにしたホテルです。しかも、世界トップクラスのデザイナー、建築家による豪華なホテルで第1号が、2011年にいよいよオープン予定です。
これまでまったくホテル業界での経験がない「コネなし、経験なし、金なし」の状態から夢を具現化する道をつけてしまったのが講師の鶴岡秀子さんです。

10歳の頃から起業家になると決めていた鶴岡さん。
ショップ店員、コンサルタント、ベンチャー企業経営で活躍してきた鶴岡さん。「飛行機も向かい風が吹かなければ飛び立てない」と、どんな試練も夢を実現するパワーに転換してしまう天国体質の鶴岡さん。
こうした鶴岡さんだからこそ、これまで誰もつくったことのない、
泊まることが=誰かの役に立つことに通じるホテルの構想が生まれ、
いま、多くの協力者の力を得て、ホテルのオープンも間もなくです。

私が特に印象に残っているのは、鶴岡さんがホテルを通じてコミュニティを生み出したいとのお言葉でした。従来のホテルはプライベートを尊重するため宿泊客同士が出会うことは意図していませんが、こうした価値観を180度転換し宿泊客同士の出会いがあるホテルは新鮮な驚きであり魅力を感じるものでした。2011年のオープンがとても楽しみです。
6月30日の一新塾講義には、一新塾OBであり、株式会社くつろぎ宿代表取締役社長の深田智之さんにお越しいただきました。今回のテーマは「旅館再生と地域再生〜会津東山温泉」。

深田さんは旅館再生に携わる前に、高知県須崎市にあるグリーンピア土佐横浪(大規模年金保養基地)を運営、2年で黒字化に転換させました。

次なる深田さんの挑戦が会津東山温泉での地域再生ファンドを活用しての破綻寸前の三旅館の同時再生でした。

かつて竹久夢二や与謝野晶子も愛した東山温泉ですが、最盛期には旅館数33を数えた温泉街もバブル崩壊で買収や合併が相次ぎ、温泉への入込み客は92年の約81万人から、06年は約42万人に半減してしまいました。

そんな苦境も跳ね除けて、深田氏は、徹底的なコスト削減を図り、3館の特色を色分け。わずか1年半で黒字を達成、3年余りで再生を完了させました。

「グリーンピア土佐横浪の再生」と「東山温泉の旅館再生」の現場で挑戦し続ける深田さんだからこそ、熱き情熱に包まれる講義となりました。

『何が何でもやり遂げる!』
『熱意は負けない!』
これまでにも増して、深田さんの熱さを感じました。
東山温泉の旅館再生と地域再生のために、新しい風を注ぎ込むエネルギーの源泉は、まさに、人生賭けて志を果たさんとの深田さんの姿勢であったと思います。

さらに、お客様に対して親身に大切におもてなすご配慮はもちろんのこと、スタッフ一人ひとりに対しても、仕入先の一人ひとりに対しても、親身にまごころをもって関わられ、一人ひとりの可能性が引き出されるために力を注いでいることが伝わってまいりました。

深田さんの熱き姿勢が、スタッフの志に火をつけ、関係者に火をつけ、次から次へと連鎖していったのだと思います。

先週は、一年前に入塾された24期生の卒塾式でした。
1年前に入塾されてから今日まで、密度の濃い一日一日が思い浮かびます。

「志を生きよう!」との思いをもって、一新塾の門を叩いていただきました。そして、一市民として、「社会の現実」に身を投じていただくことで、
プロジェクトが次から次へと生まれました。
社会変革者としての当事者意識が大きく育まれながら、同時に、
自らの根っこを掘り下げ、その意味を深めていく歩みがありました。

ある時は、悩み、葛藤し、紆余曲折の歩みがありました。
しかし、志を果たす道を歩むとは、これまでの出会いや出来事の一つひとつが、何一つ無駄なことなく一つに結ばれていくプロセスであると改めて実感しました。同志と共に体験した、一つひとつの出会いと出来事は、志を育むためのかけがえのない大切な財産となるのだと思います。

この日、110名の26期生に、主体的市民の道を歩む同志として、
加わっていただきました。
いま、パラダイムシフトが起こっていますが、リーダーというカテゴリーにおいても大きな転換が起こっているのではないでしょうか。それは、カリスマリーダーの時代から一市民の時代へのパラダイムシフトです。

かつては、一部の限られた人たち、突出した才能や専門性を持つ人たちにリーダーとしての特権が与えられました。

しかし、いま、名もなき一市民でも、自らの志を鮮明にして、その志に身を投じることで、誰もがリーダーになれる時代となったことを、14年間、一新塾生の挑戦に立ち会わせていただくことで実感しています。
今でこそ、社会変革のフロントランナーとして、政治の分野で、社会起業の分野で、突出した活躍をしている一新塾卒塾生も、かつては、名もなき一市民でした。
一歩行動に踏み出すたびに、悩みも葛藤もありました。紆余曲折の歩みの中で、手探りで道を尋ね、同志との切磋琢磨で互いの志を鮮明にすることで徐々に道が開けていきました。

そもそも、私たちが生きるこの社会を礎としてずっと支え続けてきたのは、名もなき一市民の人たちの現場での汗と知恵です。その奥には、名誉や称讃などの野心から離れた純粋な志がありました。どんな困難な試練があっても真心をもって挑戦し、限りを尽くして生きる。その純粋な志は一市民の日々の生活のなかで脈々と伝承され続け、今も息づいているのです。
試練の時代、道なきところに道を切り拓く知恵の源泉は、まさにここにあるのではないかと思います。

明治維新、背後にあった私塾の存在。
「志を同じくする仲間と熱く語り合いたい!」
維新の志士たちは、同志を探し回って、同志がどこそこにいるとなれば、
“脱藩行為”をしてでも、同志に会いに行った。会えば、夜を徹して熱く語り合った。 そして、他に同志はいないのか、どこそこにいるぞ、となれば、また、藩を越えて 同志に会いに行った。

そして、いつしか、維新の志士たちのネットワークは3000名を超え、新しい国を開く ということがありました。その時、私塾は同志が繋がりあうための装置として機能しました。時を超えて、いま、世代を超え、縦割りを超え、同志が繋がりあう場として 一新塾の役割があるのだと思います。

「平成の松下村塾を目指す!」一新塾創設時の大前研一の言葉です。

江戸時代の末期、ペリーの来航によって、吉田松陰は浦賀を訪れていたペリーの艦隊を眺め、「日本を守るためには、まず外国を知らねば守れない」と、黒船に乗って渡米することをもくろみました。しかし、松陰の必死の懇願も通じず、アメリカ側は乗船を拒否します。

死を覚悟しての行動でしたが、結局、自首を決意し、松陰は野山獄に入牢されることとなります。その野山獄で出会ったのは、長い獄中生活で、いつ自由になるとも知れず、希望を捨て、表情もなく、まるで生ける屍(しかばね)となっていた11人の若者でした。

松陰は、死んだ目をした若者の一人にまず語りかけます。「欧米列強の国々が押し寄せるこの時代をどう受け止め、どう行動すべきなのか?生きるとはいかなることか?」限りを尽くして一人にとことん向き合い、あらん限りの情熱を注ぎ込み、共に立ち上がろうとぶつかっていきました。ついには、若者の胸の中では、埋もれてしまっていた志が揺さぶられ始めるのでした。
すると、その様子を見ていた他の若者が「私も学ばせてください!」と声を上げます。一人、また一人と加わって、いつしか獄舎は学び舎と化していきました。

松陰は、野山獄から出た直後に、叔父から松下村塾を受け継ぐこととなりました。ここで行われた、“突き抜けた教育”は、まさに野山獄で一人に魂込めて限りを尽くしてとことん向き合った中で磨き上げられたものだと思います。そして、幾多の維新の志士たちがここから巣立っていくこととなったのです。松陰は、一人を変えることからの社会変革の実践者でした。

この松陰の姿勢は、社会変革に挑みたいと志を立てた人たちに最も求められているものではないでしょうか。

応えたい対象者を一人に絞り込む。
具体的に誰に応えたいのか、徹底的に絞り込み、一人の人間に定めていきます。その人に会いに行き、話を聞かせていただき、その人に徹底的にアクセスしていくことで、問題の根源もビジョン(願う未来の現実)も浮き彫りになっていきます。そして、その一人に応えるために自らの志を鮮明にして限りを尽くして完全燃焼する。その熱が激しければ激しいほど、続々と他の方へと連鎖を起こしていきます。

社会が変わるとはそういうことだと思います。

4月15日には、一新塾に神奈川県の松沢成文知事をお招きし、
「神奈川から日本を変える!〜道州制・首都圏連合への展望」を
テーマにご講義いただきました。

松沢知事は、自治体首長の立場で、道州制推進の議論を牽引しています。自らのマニフェストにおいても「新たな広域政府『首都圏連合』を設置し、首都圏全体の政策を展開」すること、「130年経過した都道府県制から『道州制』に転換し、地域主権を実現」することを明記されています。

講義の冒頭では、松沢知事の人生の歩み、人生の転機など、
その都度、志を貫き壁を乗り越えてきたエピソードをいただきました。

そして、松沢知事が描く、道州制実現のシナリオ。
道州制とは、国は必要最小限のことだけ残し、国の権限を徹底的に
地域に委譲していく霞ヶ関解体論。だから国が描くことはできない。
だからこそ地域から声を挙げるべき、と強調されました。
また、国と300の基礎自治体の二層構造では国に大きな権限が
どうしても残ってしまうので道州制は必要との見解を示されました。

また、協働力の知恵は胸に響きました。
「協働力でつくられた条例はみなに守られ成果が上がる!」
受動喫煙防止条例の例を挙げていただき、反対の立場の人であっても
包み込むように、協働して道を拓かれた深き知恵に感動いたしました。

「地域主権の確立は鳩山政権の一丁目一番地!」との
鳩山首相の意気込みですが、現時点では“地域主権”の
動きはいまひとつで今後に期待したいところです。

このたび、昨年の一新塾講師であり、
2007〜2009年まで地方分権改革推進委員会事務局長を
担われた宮脇淳氏より新著を一新塾事務局に送って
いただきました。

『創造的政策としての地方分権』 宮脇淳著 岩波書店
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明治維新からはじまり民主党政権下での地域主権戦略会議
の立ち上げまで、地方自治・地方分権の歴史的な変遷の
ポイントを一つひとつその意味を紐解きながら、
脈々と流れる潮流を理解できます。

また、2008年のグローバル金融危機の顕在化以降、
資本主義・市場機能が根幹に組み込まれた日本社会で、
それを克服する創造的政策を支える最も重要な柱は
「強い民主主義」の実現であるといいます。

「強い民主主義」とは、中央集権の上からの民主主主義でなく、
下からの民主主義、下からの公共性の実現のことです。

全国どこでも「中央政府の視点」から必要と判断する最低限の水準を
達成することでなく、全国どこでも「地域の視点」から必要と判断する
最低限の水準を達成することを目指すことです。

グローバル化、少子化・高齢化の進展で、行財政の資源は限られる中、
地域社会を持続的に充実させるには、行政だけでなく企業、住民、NPO
などさまざまな主体が公共性を担う仕組みの構築が不可欠であると提言します。

ご関心ある方は、ぜひ!