『和田中の1000日』、一新塾OGの西条美智枝さんが監督として
撮影された映画です。


1月21日、監督の西条美智枝さんと、一新塾OBで沖縄の中学校で
[よのなか]科を実践され、現在、高校の数学の先生である東濱克紀さん
のご協力で、一新塾生向けに『和田中の1000日』の試写会&ワークショップ
を開催いたしました。


当日は、沖縄から東濱さんに駆けつけていただき、
壁が訪れても、その都度、体当たりでぶつかって乗り越えて、
学校と地域をつなげる教育に挑んできた東濱さんの人生を
語っていただきました。
そして、「学校と地域をつなげるために自分ができること」を
テーマにワークショップを行い、アクションプランを議論し合う
機会となりました。


●映画『和田中の1000日』作品紹介


記録映画 公立中学校に風穴をあけたあの藤原和博改革が甦る!!
03〜07年度『和田中の1000日』第一部


教育に関心のある方必見!!
生徒数が減少し統廃合の対象にされうるような杉並区の和田中学校に
2003年、東京都で初めて民間人校長 藤原和博さんが着任しました。
『和田中の1000日』は、その藤原校長が在任中の和田中の記録です。


映像記録を許されたのは、はじめ、3年生対象の[よのなか]科と校長室、
体育館での行事等でしたが、それだけでも目をみはるような改革が次から
次に繰り広げられていきました。


第一部は、今ある学校に(地域の)大人の力をプラスして学校の足腰を
強くするという藤原さんの改革(改革の一部)とは、いったいどういう
ことなのか、なぜ、よのなか科に大人を参加させるのか、ナナメの関係って
何なのか、大人と中学生が出会うと何がおこるのか、その根幹に触れる
エピソード集つまり、改革の種の部分の紹介です。


https://readyfor.jp/projects/wada1000days

  今回は、一新塾第27期と第29期で『宮古諸島つかさ応援プロジェクト』
で奮闘された橋本弥生さんのメッセージをお届けします。


 東京から約2000kmに位置する宮古諸島。
 この島との出会いによって、橋本さんの気持ちに変化が起こり、現場主義
での行動を促された歩みがありました。宮古島の問題を日本全体の問題と受
け止めたうえで、よそ者である自らに何ができるのか、正面から真摯に向き
合われた橋本さんの思いと挑戦がまっすぐ胸に響くメッセージです。


 卒塾後も橋本さんのチャレンジは続いています。
 ぜひとも、じっくりご覧ください。
 
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   塾生活動レポート

          『宮古諸島つかさ応援プロジェクト』
   
                 一新塾第27期・29期 本科 橋本弥生

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 先月の11月4日(日)は一新塾第29期の卒塾式でした。第27期で
プロジェクトを立ち上げ、29期ではOBOGコンサルティングコースにて
アドバイザーとしてお越しいただいた卒塾生や講師の方々に支えられつつ
地道にやってきたことを、当日は2分間という短い時間ではありますが、
塾生や理事の前でプレゼンさせていただきました。自分の可能性をひっぱり
だして下さった森嶋さんと、一新塾という今の日本に最も必要だと思える
学びと実践の場に心から感謝と敬意を表します。


●伊良部島との出会い


 私のような全くのよそ者が、何故沖縄の離島の問題に関わることになっかを
説明させて頂きます。


 このプロジェクトの現場である伊良部島を初めて訪れたのは、リーマンショック
で世界経済が打撃を受け、日本もその影響を免れない状況だった2008年です。
同じお金を使うなら、海外ではなく、日本だ!と思い、海が大好きな私は、
透明度が高いと言われる沖縄の離島を選びました。白い砂、透き通ったような
青い海、波打ち際からすぐの所から色とりどりの熱帯魚が泳ぎまわり、食べ物
は力強く、空気はおいしく、正直いって期待以上でした。


 その後1年に1度しか取れない1週間休暇なのに、2年3年と、迷わず宮古
に行こうとしている自分に、なんでこんなに惹きつけられるんだろう?と思い、
色々調べてみることにしました。すると、伊良部島が聖地だということがわかり
ました。


●伊良部島の問題は日本全体の問題


 私は日本人として、日本の文化を身につけたいという思いから、「道」の
つく華道(師範)・茶道(8年)・合気道(1年)・空手道(3年)など修業
しました。そして、あらためて、こんなすごい文化を育む日本に生まれてきた
ことを、誇りに思う様になりました。


 3年目に伊良部島に行った時に、地元の人から、聖地や御嶽を守っている
「つかさ」が後継者不足の問題に直面しているが、どうしたらいいだろうか、
と尋ねられました。この時、自然や祖先に感謝を捧げる宮古諸島の文化、
「つかさ」のこの問題解決は、宮古島だけの問題ではなく、日本全体の問題
だと受けとめました。地元の文化への敬意や自信が薄れている社会は、過疎を
始め様々な社会問題の原因の様な気がしたからです。


 自分の生活もままならないのに、地域の為に奉仕している「つかさ」は、
地域の「和を尊び」「自然に感謝する」心を守り続けています。私は、
「つかさ」の文化は、日本人が忘れかけている大切なものだと思っています。


●御嶽(うたき)存続の危機


 沖縄県宮古諸島では、「御嶽(うたき)」といって、本土でいう神社のよう
な場所、祖先神を祀る場で、地域の祭事の中心施設があります。ここで神事を
行う「つかさ」という役割の人達がいて、島の中にある聖地(パワースポット)
や、「御獄」を守っています。ただ、つかさの役割は、厳しい制約や、長時間
の拘束などがあり、かなりの負担が本人・家族にかかります。例えば、髪を3年
切ってはいけないとか、島を3年出ては行けない(親類に不幸があってもダメ)
とか、5日間御嶽にこもりっぱなしでなくてはならない神事もあります。一方、
わずかながらでる補助金も、神事に必要なお線香やお神酒を購入して終わって
しまいます(逆に足りないくらい!)。


 こうして、徐々に後継者になる人が減ってきて、地域によっては神事ができ
なくなって、閉じてしまった御嶽もあるそうです。いったん閉じてしまうと、
掘り起こしから始めなくてはならないので、今以上に大変な作業になってしま
います。


●よそ者に何ができるのか?


 では、よそ者の自分達に一体何ができるのか? プロジェクトは「まず現場!」
という一新塾のポリシーのもと、とにかくみんなで現場に行きました。現場では、
御嶽と聖地の視察、つかさとの対談、そして、チームから御嶽でお線香をあげさ
せていただく機会をもつこともできました。


 伊良部島が初めてのメンバーの一人が、「確かに宮古諸島はバカンスでくると
ころじゃないですね」という感想をもらしていたのが、(1回目の自分と比べて
も)すごく印象的でした。 


 あくまでも、我々は応援、という後方支援に徹しようということが視察をとお
して導き出したことだったので、解決策は、島内と全国での「つかさに関する
情報」の共有と、「金銭面の援助」を目指す事にしました。 


 情報の共有は、島民サイド向けに、伊良部島の素晴らしさを外部の声を通じて
伝えることと、つかさの大切さを呼び掛けることを、これをラジオや新聞、HP
ブログを通じて伝えていきます。また現場では、「つかさお茶会」を開催し、
つかさ同士の意見交換を行っています。


 首都圏サイドには、自分自身、宮古諸島が聖地だとは知らなかったこともあっ
たので、情報を載せたHP・ブログを作成することにしました。


 ◎ホームページ  http://irabujima3.jimdo.com/   
 ◎ブログ     http://d.hatena.ne.jp/irabujima/


 金銭面では、ふるさと納税がつかさの援助に直接繋がるような枠組み作りを
地元の人と作っているところです。また、都内では「つかさ応援お茶会」を
開催して、宮古諸島の文化を知ってもらい、寄付金も募っています。


 今月12月22日(土曜)には「つかさ応援クリスマスパーティ」を開催し、
伊良部島出身の方に東京に来て頂き、初めて島の外部の人に公開される伊良部島
の豊年祭(ゆーくい)の写真を見てもらいながら、解説してもらうことになって
います。


●文化への敬意と自信があふれている社会へ


 人々が仕事や生活に追われ余裕になくなった社会は、高度経済成長がもたらし
た成果主義の負の一面ですが、日本にはお金では評価されないでいるものの、
根っこで多くのボランティアの人達が日本を支えています。尊いものに再び日
があたるような、例えば陰で支えているボランティアの人が正当に評価され、
報われるような社会になるよう、自分ができる目の前の問題解決を地道に続け
ていきたいと思います。

 

今回は子ども虐待予防をミッションに日々、奮闘されている佐藤孝典さん
のメッセージをお届けします。


佐藤さんは2009年11月に一新塾第25期に入塾。「子ども虐待予防
プロジェクト」を立ち上げ3名の同志と共に、育児家庭、児童養護施設を
訪問しながら現場主義で活動を実践。2010年9月には、インターネット
を通じて知り合った過去に虐待を受けた虐待被害者の兄弟との出会いを
きっかけにシンポジウム「『虐待の真実』〜もう、ほっとけない。今私たち
にできる第一歩」を開催。虐待被害者と一般市民が共に「虐待予防」に
ついて意見を交わす貴重なシンポジウムとなりました。


卒塾後もますます志を邁進されている佐藤さんのメッセージ、ぜひとも
じっくりお読みください。


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   塾生活動レポート

  『子ども虐待を減らす為に、市民が主体的に動く社会をつくる!』

          一新塾第25期 本科 子ども虐待予防プロジェクト
                            佐藤孝典
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●市民は実態を知らない


いまの日本社会では、子ども虐待相談件数が6万件を超える現状に対して、
一般市民はその対応の方法を知らないでいる。介入できるのは専門家だけで、
特別な家庭の問題だと考えられている。


一般市民が知っている事・知れる事と言えば、“児童相談所”が子どもを
守る役割を担っていて、その組織が機能していないという報道。


子ども虐待の問題は、メディアからの情報が主で、暴力や死亡事件など過激
で表面的な事柄だけが一人歩きする。根本的な原因には家庭の貧困や孤立など
あるにも関わらず、児童相談所の問題だけがクローズアップされ、市民一人
ひとりが、自分自身も関わりのある問題だということを認識することが難しい。
どうしても他人事なってしまう。


●子どもは耐え忍んでいる


以前私は、ある場所で実の親から虐待の被害を受け傷つく少女に出会った。
彼女は自分の被害を決して外部には話そうとせず、自分が傷ついても自分で
やったことだと嘘をつき続けた。いや、嘘をついたというよりも、少女自身
が親から被害を受けている事実を受け止めることが出来なかったと言うべきか。


もしあなたが、自分の大好きな親が、自分自身を傷つけているという現実を
理解したとしたら、その現実を、あなたはどのように受け止め、どう行動
できるだろうか?


果たして、自分自身を被害者だと認め、自ら助けを求めることが出来るだろうか?
実際、多くの子どもは自らSOSを出す事ができず耐え忍んでいる。自分の傷ついた
気持ちを隠し、親を傷つけない(刺激しない)よう配慮し、今のギリギリの関係
が壊れないように行動している。


このような子どもの置かれた状況の共通点は【孤立】していることだ。
家族以外に信頼関係を築く機会が少なく、自分と親との世界しかない。自分の
置かれた状況が当たり前の家庭環境だと信じ込み、被害を受けるのも自分が悪
いことをしたからだと思い込まされている。


少女に出会った当時の私は、少女の被害を見抜けなかった。もっと早く気付い
てあげられたはずなのに、気付けなかった私自身には後悔の気持ちしかない。
だから私は自分を含めた大人が、もっと子どもを守る目を養い、子どもの被害
を未然に見抜けるようになりたいと考えるようになった。


●私の行動


私自身、彼女に出会うまで子ども虐待問題に無関心な大人のひとりだった。
無関心は恐ろしい。目の前に問題があるにも関わらず、その問題が目に入らない。
傷ついた子どもに気付くことが遅れてしまった。自分のせいで子どもが傷つく
ことを防ぐ事ができなかった。この出来事への後悔が今も自分を動かしている。


私は、一新塾で出会った仲間と共に、虐待被害当事者や、第一次情報を持つ
専門家を招いての講演会を行った。児童虐待に関する一次情報を一般市民に伝え、
市民一人ひとりが主体的に問題解決を考えられるようになることを目指した。


私たちの講演会の内容にショックを受けた人達が、また仲間となり共に私の
住む東京三鷹の地域で活動をするようになった。


次に、仲間と共に、子どもが自己肯定感・基本的信頼感を育める家庭・学校
以外の居場所を作ろうと考え、東京都三鷹市で「鷹の子の部屋」という居場所
活動を月1回ほど実施している。三鷹市の職員とも恊働して、孤立しかけて
いる子どもを対象に学習やゲームを通した、つながりのサポートをしている。
毎回8〜10名が参加しボランティアで参加する地域のおとなと学びや遊び
を通じて交流をしている。それを経て、子どもと大人との間に、相談事ができる
ような信頼関係も築きつつある。


●子ども虐待を減らす為に、市民が主体的に動く社会をつくる!


私たちが目指すのは、子ども虐待が無くなること。
子ども虐待を未然に防ぐ為には、子どもも家庭も孤立させないこと。
子どもが安心して居られる居場所をつくりたい。親も安心して子育てができる
ようなコミュニティをつくりたい。


そのために、子ども虐待減少を願う同志とのつながりの輪を大きくして、これまで
日本にあった不適切な子育ての文化(虐待/暴力等)の連鎖を無くせるよう、
地域で地道に活動を続けている。


子ども虐待を減らす為に、市民が主体的に動く社会をつくる!
そのために主体的市民を中心とした虐待予防運動を推進していきます。

★一新塾31期2012年11月4日開講!説明会開催中!
 →http://www.isshinjuku.com

 今回は一新塾第28期大阪地域科の林正彦さんのメッセージをお届けします。
 林さんは小学校教諭として、そして現在は小学校特別嘱託員として、
 長年、教育現場に携わってこられました。

 
「子どもの自尊感情を如何に高めるか」をテーマに昨年5月に一新塾に
 入塾され同志と切磋琢磨された林さんは今年3月にNPOを立ち上げ、
 子どもたちのために奮闘中です。


 志を生きる林さんの熱きメッセージをお届けさせていただきます。


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    塾生活動レポート


        『「いじめ」から今の教育を考える』
   〜αプロジェクト「自尊感情を高める教育プロジェクト」〜


          一新塾第28期「大阪」地域科 小学校特別嘱託員
                             林正彦
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●私は存在していいの?


「私は存在していいのでしょうか?」この言葉は、あるゲームの交流広場での
言葉である。本人は中学の女子でクラブ活動のとき無視され「つらく死にたい」
とあった。無視は自分の存在を否定されることであり、私は生きる価値がある
のだろうか、と思ってしまったのである。


 それに対するレスは好意的で自分の体験を踏まえての応援ばかりであった。
まだ捨てたものでもないな、とその時は思った。


 それから数年過ぎて・・・


●現実は


連日いじめ、自殺の報道がされている。その内容は暴力中心であるから犯罪
である。犯罪はまだ相手が特定され立件されやすいが、難しいのが書き込みや
メールで相手が誰だか分からないことである。「気持ち」を教えて8年過ぎた
が一番心に残るいやな言葉は「死ね、消えろ」である。


●死ね、消えろ・・・


私自身、十数年前に「死ね、消えろ、林」と教室に落書きされたことがある。
それを見つけたときの心が震えたショックを今でも忘れられない。私の場合
誰が書いたのかは分かったが、誰が送ってきたのか分からない「死ね」メール
を受け取ったら怖くて次の日から学校へは行けなくなってしまう。これが普通
の感覚であろう。


直接言われるなら対処の仕方もあるが、それが誰から送られたか分からない
メールなら心が重くなってしまう。テレビで報道されていたが、学校裏掲示板
が各学校でもあるのなら、本気で調べる必要があるし社会問題である。


●いじめ予防教育


クラス集団では必ずトラブルが発生する。一番多いのはさり気なく使ってし
まうことで相手を傷つけることである。それの積み重ねで大きな「いじめ」へ
と発展する。


小学校低学年から子どもも教師も「感性を磨く」必要がある。同じように、
気になることを言われた時、自分はどうするのか?いろんな選択があるが、
自分が納得して選ぶことができることを知る教育を受けることである。例えば、
無視する、その場から離れる、何か言う、ケンカする、話を変える、誰かに
相談する、学校を休む 「いろんな方法があり、どれを使ってもいいのだよ」
と教え、その中から意識的にそれを選択していく。誰でも、そうしながら大人
になっているのだよ、と教えることで安心感を与える「いじめ予防教育」が
今必要である。


●現在、取り組んでいる教育


8年間、今の学校で道徳や総合の時間を使いながら「気持ち」を教えてきたが、
その基本は「自分を大切にし、相手を大切にする」ことである。自分には価値が
あり、良いところがたくさんあって自分のことが好きと思う。同じように相手に
も価値があり大切にする、内容である。


この授業は人権委員会として行っている。私とクラス担任がT・Tを組みロー
ルプレーなどを通して自分が感じたことを表現し、人とのつながり方を学んで
いる。一例として、1年生の1学期のプログラムはこのような内容である。


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  ≪1学期≫
   1年
   1H・・・気持ちとは何かを知る。


   2H・・・感じたことが言える。
        ◎「今、どんな気持ち」の絵を見て気持ちを言う。
        ◎「上手な聞き方」「あいさつ」のロールプレーで感じたことを言う。


   3H・・・とげとげ言葉*1(いやな言葉)と「大切なこと」*2の確認をする。
        ◎とげとげ言葉と気持ちを言う。
        ◎その気持ちを使ったロールプレーをする。
        ◎大切なことの確認をする。


   4H・・・ふわふわ言葉*3(嬉しい言葉)は相手を大切にしていると知る。
        ◎「今、どんな気持ち」の絵を見て気持ちを言う。
        ◎ふわふわ言葉を言う。
        ◎良いところがないと思っている子のいいとこ探し。


  *1 とげとげ言葉:「あほ」「ぼけ」「死ね」等、心が痛くなる言葉
  *2 大切なこと:『自分の気持ちは言ってもよい。でも人を傷つける言葉や態度はダメ』
  *3 ふわふわ言葉:「うれしい」「ありがとう」等、心があたたまる言葉
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●一新塾に入り目的であったNPOを一年後に作った。


私が勤めている小学校は経済的にしんどい家庭が多く、就学援助(給食費、
学級費など無料になる)を受けている家庭は、今年44%であった。母子家庭、
父子家庭も増えており「若者の賃金を上げる」政治が今必要とされる。


また「親に叩かれる人」と聞くと1〜6年ほぼ半分の子が手を上げる。叩かれる
ことで自尊感情は更に低くなる。


そこで、入塾一年後、今年3月に仲間9人とNPOを立ち上げた。NPOができ
たのは、やはり「志」である。入塾して「何故するのか」「何故あきらめないのか」
「何故自分なのか」自分に問いかけ「志」を高める。その結果自信を持って
「NPOを作ろう」と仲間に訴え作ることができた。それは一新塾のおかげで
あり一新塾に感謝しております。


私がNPOを作った目的は、
(1)今、私がしている教育を検討し広めていくこと、
(2)親に「きつく怒らなくても子育てはできるよ、」と講習会を開くことである。
 11月に学校、PTA共催で2回の講習会を開くことになった。
これを機会に広げることができればいいな、と思っている。

一新塾第12期・22期「名古屋」地域科卒塾生の宮田久司さんは、
震災直後から宮城県東松島市に入り、被災地支援に取り組まれてきました。
昨年11月には美濃加茂市役所を退職し、独立。引き続き、被災地支援の
活動に尽力されています。
このたび、宮田久司さんの取り組みが、1月29日の『中日新聞』中濃版
にて紹介をされました。


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2012年1月29日『中日新聞』中濃版より


■東日本大震災から10ヵ月「中濃からの被災地支援」
 熱意で続く多彩な活動


 東日本大震災から十カ月がたった今も、全国の個人や団体が被災地の支援
活動を続けている。さまざまな手法で思いを届けている中濃地域の人たちの
活動を追った。


 昨年十一月に美濃加茂市役所を退職した宮田久司さん(二九)=可児市=は、
年末年始の十二日間、宮城県東松島市の仮設住宅の集会所に寝泊まりしながら、
住民有志の観光構想「小野駅前郷プロジェクト(PJ)」をまとめる手伝いを
した。


 宮田さんは東松島市の避難所で炊き出しなどのボランティアを経験し、住民
らと知り合った。市内には景勝地や海水浴場として知られる奥松島があり、
観光と地域づくりを両立している白川郷をヒントに構想を練った。行政で観光
振興に関わった経験も生かし、観光案内所やツアーガイド、観光マップ作りを
進め、仮設住宅から奥松島を全国に発信する計画を形にした。


 今月十三日には地元ボランティア「RQ被災地女性支援センター」や学生団
体「みまもり隊」の協力で、特産品開発に向けた料理教室も行われた。宮田さん
は「あくまで主体は住民。そこに応援者が少しずつ手助けすることで、復興に
つながる」と話す。(以下略)


★写真入りの新聞記事はこちらのブログでご覧いただけます
 →http://onoekimae.exblog.jp/14586231/
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 一新塾第12期・22期「名古屋」地域科卒塾生の宮田久司さんは、
震災直後から宮城県東松島市に入り、被災地支援に取り組まれてきました。
昨年11月には美濃加茂市役所を退職し、独立。引き続き、被災地支援の
活動に尽力されています。
このたび、宮田久司さんの取り組みが、元旦の『岐阜新聞』朝刊の特集記事
「支える手」にて紹介をされました。


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2012年1月1日『岐阜新聞』朝刊より


■新年特集「支える手」
         『可児ー東松島「白川郷」構想』


 大津波で市街地の多くが浸水した宮城県東松島市の仮設住宅。大みそかの
夜、美濃加茂市役所を辞め、年末年始を被災地で過ごす宮田久司さん(29)
=可児市=の姿があった。「この町を自分たちの手でどう再建したいと思い
ますか」。被災者が自らの手で復興に向かおうとする動きを応援しようと、
彼らの声にじっくり耳を傾けていた。
 震災発生から2週間後に市職員として初めて被災地入り。市民から集めた
救援物資を東松島市に届けた。立場や利害を超え、長期的な支援が必要にな
ると、直感した。
 その後も仕事の休みを利用して、市職員有志や可児市NPO協会などと
連携し、炊き出し、物資の提供、地場産業に関する調査など何度も足を運んだ。
 在職中に進めた中国・大連市との経済交流を図る取り組みを具体化させる
ため昨年11月末、市役所を退職。引き続き、被災地での活動に力を入れて
いる。今回は12月28日から1月8日まで滞在の予定。(以下省略)


★写真入りの新聞記事はこちらのブログでご覧いただけます
 →http://onoekimae.exblog.jp/14305712/
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  沖縄本島から南西に約300km、東京から約2000kmに位置する宮古諸島の一つ
 伊良部島。この島に魅せられて、この島の問題に直面することで「何か力に
 なれないだろうか?」と東京で「伊良部島つかさ応援プロジェクト」を立ち
 上げた27期本科の橋本弥生さん。橋本さんの情熱に、それまで伊良部島とは
 縁のなかった賛同者が同志として集い、何度も現場に足を運びながらプロジェ
 クトを展開中です。
 このたび、橋本さんよりメッセージをいただきました。ぜひ、皆さんも橋本さん
 の熱き志、そして、日本人が忘れかけている大切なものに触れてみてください。


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■■■■  塾生活動レポート
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■■         『伊良部島つかさ応援プロジェクト』
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■■■■                      一新塾第27期本科
■■■■■□                         橋本 弥生


  先月、11月6日(日曜)は一新塾の卒塾式でした。
  一年前は、理事や塾生の前に立って、プレゼンすることになるとは思っても
 いませんでした。しかし、入塾後、チームメイトと出会い、みんなから叱咤激励
 され、「伊良部島つかさ応援プロジェクト」はスタート地点に立つことができ
 ました。この場を借りて感謝したいと思います。どうもありがとうございます!


●伊良部島との出会い


  何故、私のような全くのよそ者が遠い島の問題に関わることになったかという
 と、ひょんなことから伊良部島の「つかさ」の問題を知ってしまったからです。


  そもそも初めて行ったきっかけは、2008年夏、日本経済がこんな時に、
 海外旅行をする気にならなかったからです。スノーケルが大好きな私は、透明
 度が高いと言われる沖縄の離島を選びました。白い砂、透き通ったような青い海、
 波打ち際からすぐの所から色とりどりの熱帯魚泳ぎまわっており、食べ物も力強
 く、空気はおいしく、正直いって期待以上でした。貴重な一週間休暇なのに、
 2回3回と、迷わず宮古に行こうとしている自分に、ふと、なんでこんなに素晴
 らしいのだろう?と思い、色々調べてみると、伊良部島全体がほぼ聖地だという
 ことがわかりました。


●何か日本の為に貢献したい!


  私は、外資系金融機関に勤めているのですが、ひとつのもの(お金)を奪い合
 うゼロサムゲームの1プレーヤーだけでいることに疑問を感じ、何か日本の為に
 貢献したい!と思っていました。 その神高い宮古諸島でなら、的確な人生の
 アドバイスをもらえるのではないか、と思っていたら、ちょうどそういう力を
 持った人と出会えたので、相談すると、逆に次のようなつかさの問題を相談され
 ることになりました。


●御嶽(うたき)存続の危機!


  沖縄県宮古諸島では、「御嶽(うたき)」といって、本土でいう神社のような
 場所、祖先神を祀る場で、地域の祭事の中心施設があります。ここで神事を行う
 「つかさ」という役割の人達がいて、島の中にある聖地(パワースポット)や、
 「御獄」を守っています。


  ただ、つかさの役割は、厳しい制約や、長時間の拘束などがあり、かなりの負担
 が本人・家族にかかります。 例えば、髪を3年切ってはいけないとか、島を3年出
 ては行けない(親類に不幸があってもダメ)とか、5日間御嶽にこもりっぱなしで
 なくてはならない神事もあります。一方、補助費といえば年間にたった10万円ほど
 で、神事に必要なお線香やお神酒を購入して終わってしまいます(逆に足りないくらい!)。


  こうして、徐々に後継者になる人が減ってきて、地域によっては神事ができなく
 なって、閉じてしまった御嶽もあるそうです。 いったん閉じてしまうと、掘り起
 こしから始めなくてはならないので、今以上に大変な作業になってしまいます。 


●日本人が忘れかけている大切なもの


  自分の生活もままならないのに、地域の為に奉仕している「つかさ」は、地域
 の「和を尊び」「自然に感謝する」心を守り続けています。 私は、「つかさ」
 の文化は、日本人が忘れかけている大切なものだと思っています。 宮古諸島
 全体で、つかさを支える雰囲気が島民の中でできており、つかさも精神的・経済
 的に満足し、後継者不足の問題が無くなれば、「つかさに選ばれると、生活が
 苦しくなって大変だ」という現実から、「つかさに選ばれても、生活が成り立っ
 ており、その上幸せだ」ということになります。


●よそ者に何ができるのか?


  では、よそ者の自分達に一体何ができるのか? プロジェクトは「まず現場、
 現場第一!」という一新塾のポリシーのもと、とにかくみんなで現場に行きました。
 現場では、御嶽と聖地の視察、つかさとの対談、そして、チームから御嶽でお線香
 をあげさせていただく機会をもつこともできました。宮古島が初めてのメンバー
 の一人が、「確かに宮古島はバカンスでくるところじゃないですね」という感想
 をもらしていたのが、(一回目の自分と比べても)すごく印象的でした。 


  あくまでも、我々は応援という後方支援に徹しようということが3回の視察
 をとおして導き出したことだったので、解決策を、島内と全国での「情報」の
 共有と、現地での「組合」の結成の提案にしました。 


●つかさを始め、地域の人々、観光客、全国の人々がみんなハッピーに!


  情報の共有では、島民サイド向けに、伊良部島の素晴らしさを、外部の声を
 通じて伝えることと、つかさの大切さを呼び掛けることを、ラジオや新聞、HP
 ブログを通じて伝えていくことです。首都圏サイド向けには、自分自身、宮古
 諸島が聖地だとは知らなかったこともあったので、つかさがマナーを知らない
 観光客に困っていると聞いた時、彼らは「マナーを知らない」のではなく、
 ただ「そういった情報がない」とわかっていたので、情報を載せたHP・ブログ
 を作成することにしました。
 ◆ホームページ: http://irabujima3.jimdo.com/   
 ◆ブログ   : http://d.hatena.ne.jp/irabujima/


  組合の結成は、来年度の目標なのですが、全国につかさ応援の会員を募って
 会費を集め、年に1−2回伊良部の品物を送り、残りをつかさに寄付する、
 という仕組みです。 とりまとめは地元の人達でやって頂きます。


  このように、つかさを始め、地域の人々、観光客、全国の人々がみんなハッピー
 になれればいいなと、夢を抱いております。

 9月20日には、一新塾講師に湯浅誠氏(NPO法人自立生活サポートセンター・
もやい事務局次長・反貧困ネットワーク事務局長・内閣府参与)をお迎えし、
「現場のニーズをどう政策決定につなげるのか?」をテーマにご講義いただきました。


大学院の頃からホームレス支援活動を始めた湯浅氏は、2000年の頃から「貧困層が
増えてきているな」と感じたといいます。政府や大メディアは「生活が苦しくなった
のは自分たちのせいだ」という見方が強かった中、どのようにすればこの問題を多く
の人に分かってもらえるか。湯浅氏は「フードバンク」、「自立生活サポートセンター・
もやい」の立ち上げ、『本当に困った人のための生活保護申請マニュアル』出版など、
現場主義で具体的解決策に着手されてきました。


2008年の“派遣切り”で貧困問題が表面化。「真面目に働いていれば、貧困者には
ならない」との価値観が覆された中、今、湯浅氏は内閣府参与として現場のニーズ
を政策決定につなげるべく奮闘されています。
さらに、東日本大震災後は、被災地の復興支援にも尽力されています。


急激に変化する二極化する日本社会にあって、誰もが居場所と役割と出番がある
との社会ビジョンを熱く語っていただきました。


自己責任論においても、夢を見る条件をつくるのは社会の責任という
人間へのあたたかいまなざしが胸に染み入りました。


「他者の意見を受け入れる」「総体としての尺度を持つ」、
これまで見えなかった“見えないものを見る力”の大切さも胸に刻ませて
いただきました。


また、「活動家の3つの役割」も腑に落ちました。
〇個別対応する
〇世論に働きかける
〇政治に対して働きかける


湯浅氏からいただいた現場主義での社会変革の知恵を今後の活動に生かしてまいります。

 

   沖縄から日本の教育を変えるべく教育現場に飛び込み、奮闘されている
 卒塾生からの活動レポートです。
 東濱克紀さんは10年前、東京で大学生活を送っている時に一新塾に入塾。
 その後、ビジネスマンとしての奮闘を経て、沖縄に戻り、教育の道へと
 人生のレールを乗り換えました。
 東濱さんより、この10年の歴史が刻まれたメッセージをいただきました。


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■■■■  塾生活動レポート
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■■         『沖縄から日本の教育を変える』
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                           一新塾第8・10・20・24期
                                          東濱克紀


 「 私が一新塾を志望した動機は『主体的市民を育てる』という言葉に強く共感
  するところが大きかったからである。私はごく普通の大学生であるが、私の
  周りに関係する社会問題や、政治活動にもそれなりに関心がある。市民レベル
  での活動にも興味があるが、それが直接社会を変える原動力になっているよう
  に実感できることはなかった。
   市民一人一人がどのようにしたら社会をよりよく変えていくことができるのか。
  その方法手段を一新塾で学ぶことにより体得できるのではないか。その思いが
  一番の動機である。もう一つの動機は、大前研一氏がMITでの留学体験で
  一番学んだことである『とにかく自分の頭で考えること』をできるようにしたい
  と思ったからである。日本の教育では情報のインプット能力だけを評価して、
  アウトプット能力や情報を自分で判断する能力を鍛える訓練を行なっていない。
  一新塾に入学すればこの能力を伸ばすことが可能であるのではないかと思って
  いる。」


  上の文章は私が10年前(2001年4月)に書いた一新塾第8期の志望動機のレポート
 だ。当時の私は大学生で「日本の教育を変えたい」思ったが、具体的にどうしたら
 いいのかわからなかった。そんな私が一新塾を通じて出会った人達の力を借りながら、
 今は地元の沖縄の学校現場から教育を変える実践に取り組んでいる。私の10年間を
 振り返りながら、これからの10年の目標を宣言したい。


●教師は何をしたらいいのか?


  私の大学時代の夢は、教師になることだった。教師になることを目標に大学へ
 進学した。自分が教壇に立ち生徒に数学を教える姿は具体的にイメージすること
 ができたが、何か漠然と不安に思うことがあった。
「いったい教師になって、私は生徒達に何を伝えることが出来るのだろうか?」
 大学を卒業してすぐに教師になることに不安を感じた大学3年生の頃、私は一新塾
 へ入塾した。


  一新塾へ入塾して、初めの講義は大前研一氏の「IT時代における21世紀維新
 への提言」だった。そこで私は大きな衝撃を受けた。大前氏は講義の中で、「高校
 の数2を教える先生は日本で一人いればいいことになる。」と言った。「インター
 ネット時代には一人の先生が二百万人の生徒を教えることができる。六十歳で定年
 退職したアメリカの国語の先生たちがインターネットで直接英語を教えてくれるなら、
 日本の英語の先生たちはほとんど要らなくなる。では、先生は何をしたらいいのか。
 今、文部科学省が考えなければならない最大の問題はこれなのだ。」


  また鈴木寛氏の講義では、「産業革命後のイギリスで生まれたマス・エデュケー
 ション型の教育を、日本は1900年から100年間やってきた。しかし情報社会においては、
 暗記力と再現力という能力は、さして重要な能力ではなくなる。教える側としては、
 学習指導要領じゃなくて、まさにインタラクティブでライブなコミュニケーション
 を子どもたちにどれだけとらせるかということが重要になってくる」という話を聞いた。


●主体的市民を育てるには何が必要か?


  刺激的な講師の話や一新塾で市民活動から社会を変えて行こうとする塾生の刺激
 を受け、私は大学を卒業してすぐに教師にならず一度社会で働く道を選んだ。その後、
 地元の沖縄に帰ってきて30歳で私立学校の教員になった。


  学校現場では数学を教えながら、「主体的市民を育てるにはどうしたらいいか」
 というのを考えている。また生徒が「とにかく自分の頭で考えること」ができる
 ように なるにはどうしたらいいのか常に試行錯誤の連続だ。


  昨年は地域のコミュニティ放送局と一緒に企画して、「中学校の生徒会選挙」の
 公開討論会をラジオで放送した。政治に無関心な若者が多いというが、それは立候
 補者の意見を聞いて自分達の代表を選ぶという経験をしたことが無いからだと思う。
 投票権のない中学生であっても生徒会長選挙で投票することはできる。選挙の立候
 補者は「学校を良くする為にどうしたらいいのか」とマニフェストを宣言し、生徒達
 はマニフェストと立候補者の熱意を基準に自分の思いを一票に託した。
 ▼どうする生徒会!? 会長選、8候補がラジオ討論(琉球新報)
   http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-170252-storytopic-7.html


  また学校と地域をつなげる実践の話が広まり、今年の元旦には「知事にプレゼン!
 〜沖縄の明日を描く若手たち〜」というテレビ番組に生徒と一緒に出演することが
 できた。学校現場での思いや生徒が感じていることを知事に直接提案した。生徒から
 仲井眞知事へ「中高生に向けた県内の優れた企業を紹介する広報誌を作ってほしい」
 という提案を行い、知事は「いいですね、すぐやりましょう!」と応えてくれた。
 実際に県の担当者が事業化へ動いている。
 ▼「知事にプレゼン!〜沖縄の明日を描く若手たち〜」
    http://www.goodjob-okinawa.info/page/797.html


●小さな一歩から


  私が地元の沖縄でできることは、とても小さなことだと思っている。10年前
 には「日本の教育を変えたい」と思っていたが、私の些細な行動がどれだけ
 周りを変えられるかはわからない。20代の10年間は自分で何ができるのかを
 迷い、自信を無くすことも多々あったが、ようやくスタートラインに立てたと
 思っている。これから10年間は学校現場で教師という仕事に打ち込みたい。
 今は目の前の生徒一人一人と可能な限り向き合い、少しでもキッカケを与える
 ことができればと思う。


  最後に私が10年前に一新塾での鈴木寛氏の講義で聞いた言葉を、皆さんに
 伝えたい。


 「いずれも非常に小さな一歩かもしれません。しかしパラダイムチェンジと
  いうのは、そういう小さなことから始まって、あるときハウリング現象を
  起こして社会が変わっていく。そういう意味では、大きな一歩ではないか
  と思っています。」

  一新塾では、塾生のミッション基軸で、毎年約40のプロジェクトが誕生
 しています。
 一新塾のプロジェクトは、市民の、市民による、市民のためのプロジェクト
 です。そして、このプロジェクトに自分の人生を注ぎこみます。身を投じる
 姿勢こそが、人を巻き込み社会を変革するエネルギーになるのだと思います。


26期生の木暮裕さんは、医師の立場から、市民との協働で社会変革に挑んで
います。昨年8月に「自助カルテ」プロジェクトを立ち上げ、5月の卒塾に
向け、日々、プロジェクトメンバーと切磋琢磨されています。
今回は、木暮さんが志を貫き社会変革に挑む物語をお伝えさせていただきます。


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■■■■ 塾生活動レポート
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■■  「『自助カルテ』で実現するやさしい思いやりに満ちた医療」
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                           一新塾第26期本科
                                   木暮裕


  理工学部在学中にプロボクサーになった。闘うことで充実し、何か行動すれば
 意味は自ずと生じると考えていた。しかしやっと勝ちとった勝利の後に残った
 のは虚無感だった。自分のための努力では、自分は救われないことに気がついた。


  そして練習中に負った鼻骨折の手術を受けたとき、医療のありがたさに感謝
 した。医者になりたいと考えるようになり、やっと医者になった。


  救命医療に従事し、スーパードクターになれると思って頑張って仕事をして
 いたが、モチベーションを保てなくなった。いわゆる燃えつき症候群だったと
 思う。私は挫折した。


  自分の時間を持てるように職場を変えたが、自分の生活に柱と呼べるものが
 ないことに気がついた。自分の中に空いた大きな穴。自分を満たすように試行
 錯誤していたが、ようやく気づいたのは人の役に立ちたいと切に願う自分が
 いることだった。そして、人の役に経つことで救われるのは自分だと気がついた。
  自分という資源を使って何が出来るのか?それを探るために一新塾に入った。


●「自助カルテ」プロジェクトを立ち上げる


  講義では、講師が描く理想と講師自身がやりぬく必要性を語ってもらえた。
 プロジェクトには明確なこの二つが必要なのだと理解した。そして何よりも
 変革者たるその人物の強さ、障害を乗り越える力に成功の秘訣があることが
 解った。


  “自助カルテ”という患者が自分で記入するカルテを用いて健康状態と将来
 像について再認識を促すというプロジェクトを立ち上げた。生活習慣病などの
 結果として生じる脳血管障害や心筋梗塞などにならないで生を全うすることを
 目的としていた。行政でやっている健康手帳となにが違うのだと思う方が多い
 と思うが、ここでの説明は割愛する。
 興味があればホームページを見て欲しい。 http://www.jijokarute.com/
 現在自助カルテを薄くして、無料で配布できるように企画中である。
(無料になったら東日本大震災被災地にも配れるか検討中)


  試作品を作り、患者に配ったところ、生活を変えてくれる人もいた。けれど
 も、とても変革をもたらすことはできそうもなかった。患者が自助カルテを
 使わなければならない積極的な理由が必要だと気がついた。医師が患者を導く
 ように自助カルテを使うように促す方法も必要だと考え、市の医師会雑誌に
 投稿し、自助カルテを用いて患者に主体性を持たせ、患者の意識を変えていこう
 と説いた。共感してくれる先生もいた。これからも積極的にアピールして行こう
 と考えている。


  しかしその一方で自分の患者は自助カルテを使い続けてくれている。主治医
 が患者に健康でいて欲しいと願う気持ちに応えようとしてくれる。そんな患者
 とのやり取りの中で、家族がコメントを寄せてくれるようになった。医者と
 家族で患者本人の健康を案じ、言葉をそえる自助カルテは診察のたびに新たな
 喜びがあった。


  患者と家族と医療者がみんなで繋がり、患者への思いで一つにまとまれたら、
 やさしい思いやりに満ちた医療が実現できるのではないかと考えた。まだうまく
 伝え切れていない。今後、広報などについて考えを深める必要があるのだと
 思っている。


●助けるべき対象者が明確になる
 

  病院と地元の町内会で健康セミナーを開いた。医療用コミュニケーション
 ツールの必要性と高齢者の入院で問題となる延命治療などについて話をした。
 参加者の強い関心を引いたのは死についての話だった。医者が死について語る
 ことは誤解を生みそうで避けようと考えていたが、医者にもっと死を語って
 欲しいと思う人が大勢いることを知った。


  そして最近、自助カルテを使って助けるべき対象者が明確になった。辛く寂し
 く死んでいく日本の高齢者だ。恵まれない人たちの話ではない。寂しく死んで
 いく老人があまりにも多いのだ。死ねずに苦しむ老人たち。親の死というリスク
 を取れない家族。自分らしく死ぬことを貫けない個人。この人たちに暖かな死
 を迎えさせることが自助カルテの使命だと気がついた。
  わたしの理想とする死は、「天寿を全うし安らかに家族に見守られてわが家
 で迎える死」だ。共感する医療も家族の絆も病気に対する自助意識も全てがこの
 幸せな死ともよべる温かな死に集約される。これからの人生をかけて医師として
 死をかたり日本人が幸せに死ねるように尽力していきたいと思う。


  プロジェクトをはじめて7ヶ月半。本当に試行錯誤の連続だった。現場で砕かれ
 メンバーとともに思案、企画しここまでやってきた。チームと書くと形式的で
 抵抗がある。理想を同じくする仲間、同志。真剣に向き合い切磋琢磨していく
 同志とともに自分も成長していきたいと思う。 

  大げさに聞こえるかも知れないが、一新塾に来て自分は本当に変わったと思う。
 自分を生かすことが出来るようになった。感謝の気持ちをこの場を借りて伝えたい。
    
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